縛りつけてでも
「王子様」
執務室にやって来たキエリの様子は明らかにいつもとは違っていて、仕事をしていたフェリクスとコンゴウは顔を見合わせた。
フェリクスが恐る恐るキエリに尋ねる。
「キ‥‥キエリ、どうしたんだ。そんなに怒って」
「お話があります。今すぐ」
「は、はい‥‥」
キエリがこんな風に怒るところなどコンゴウもフェリクスも見たところがなく、キエリにすごまれると言い訳などできずフェリクスは大人しくキエリについていった。
キエリはフェリクスを自分の部屋に連れていき、お互いソファに真正面に向かい合って座った。
しかし、キエリはすぐに話しだすわけではなく、じっとなにか考え込んでいる。
(キエリが怒っている? いったい何に? もしや、俺のやったことがバレたのか!?)
フェリクスは自分のしてきたことがキエリにとっては順番違いであることは重々承知していた。
していたがどれもキエリのためになると信じてのことでもあるし、それが自分の欲望を優先してしまっていたという矛盾があることも頭では理解していた。
「フェリクス様」
「はい‥‥」
怒っていたはずのキエリから深い悲しみがあふれだしてきて、顔が暗く表情が沈んでいく。
「ゼノから聞きました。噂を流したことも、わざと一緒に凱旋したことも、家庭教師さんをどうしてつけたのかも、監視をつけていることも」
フェリクスは、心臓をぎゅっと握りつぶされるのではないかというほど苦しくなった。
額から嫌な冷や汗がつたう。
(くそっ、ゼノ殿か‥‥どうにかして口止めするべきだった! キエリをこんな顔にさせるために俺はしたのでは‥‥)
「キエリ‥‥説明させてくれ」
フェリクスは立ち上がり、キエリの前に跪くと、キエリに手を伸ばすがその手はゆったりとだが払いのけられた。
フェリクスにこの世が終わってしまったのではないかというほど絶望的な衝撃が走った。
これがキエリからの初めての拒絶だったからだ。
「フェリクス様、わたしは噂のことも凱旋のことも終わったことですから怒っていません。家庭教師はむしろ楽しいですし良かったです。ただ‥‥」
「わたしを見張るために監視をつけたというのはどういうことですか‥‥」
キエリの綺麗な宝石のような瞳がフェリクスを睨むとフェリクスの心臓がどくんとはねた。
隠していたことがバレたこともその原因のひとつでもあるがそれ以上にキエリに嫌われたら耐えられないという気持ちがフェリクスの心を占めていた。
フェリクスに酷い頭痛が襲ってきて、視界が歪んで吐き気さえわいてきた。
「わたしは‥‥」
「駄目だっ!! キエリ、お願いだ‥‥嫌わないでくれ。俺の前から、いなくなるなど言わないでくれ‥‥」
キエリの言葉を遮って、フェリクスは見せたくないほど情けなくキエリをすがるように抱きしめた。
声は震えていて、キエリをからだがひとつになってしまうのではないかというほど痛くきつく抱きしめる。
「ぅん‥‥くるし、待ってくださいっ‥‥きいて」
「聞きたくないっ、キエリから嫌いになっただなんて聞き入れられないっ!」
「キエリがいなくなる?‥‥無理だ。無理だ耐えられない‥‥‥それなら、いっそ‥‥」
フェリクスがキエリを抱いたまま立ち上がった。
キエリは少しじたばたしたが、それで逃げることを許すほどフェリクスの拘束は甘くなかった。
そして、キエリの部屋にあった戸棚に手をかける。
(この戸棚、どうしてか鍵がかけられて開かなかったやつだ)
キエリが不安を感じながらフェリクスが何をするのか見ているとフェリクスはポケットから鍵を取り出してその戸棚を開いた。
キエリに戦慄が走った。
戸棚の中には重苦しい鎖と人のからだの自由を奪う枷がしまわれていた。
「フェリ、クス様‥‥どうしてそんなものがわたしの部屋にあるのですか?」
感情がこみ上げてきて、キエリの声が震える。
それに名前をつけるとしたら恐怖だ。
「俺のキエリを逃がさないようにするためだ」
「でも‥‥だからって」
キエリは声がかすれて肩が震えていた。
しかし、フェリクスの行動は止まることなく、戸棚から枷と鎖を取り出した。
鎖を引きずりながら寝室へと向かう。
「フェリクス様っ、お願い、止まって!」
「‥‥‥」
「おねがい‥‥‥こわいです」
キエリはもう恐怖でフェリクスの顔を見ることができずに、しがみついて恐怖に耐えようとしたがぽろぽろと涙が零れ落ちてきた。
キエリのすすり泣く声をきいてもフェリクスの歩みが止まらなかった。
キエリは寝台にそっと下ろされた。
行動自体は乱暴ではないもののこわいという感情がキエリのからだを縛り付けた。
「お前は泣く姿も美しいな」
フェリクスはそう言って、キエリの頬をなぞり唇を重ね合わせた。
甘いはずの言葉も口づけも今は不安を募らせるばかりであった。
フェリクスの表情が見えているはずなのに、認識できないでいた。
「キエリ、俺は前に言ったな。放してと言っても放さないと‥‥これからもずっと俺の傍にいてくれ。多少不自由はさせるができる限りのことはしよう」
「愛してるよ」
フェリクスがキエリの足首を掴み愛おしそうに形をなぞって口づけを落とした。
重い足枷が迫ってくる。
(ちがう‥‥ちがうの、フェリクス様と一緒にいたい、でもこんなの‥‥)
(でも、これがこの人を安心させる形なの? これが、正しい、の‥‥?)
キエリの意識まで暗く沈んでいきそうになったその時。
「ゼノちゃんパ――――ンチ!」
「ごふっ!?」
突然現れたゼノがフェリクスの頭をおそらく魔力を込めて思いきり殴りつけていた。
「ゼノ!?」
殴られたフェリクスは気絶したようで床にぱたりと倒れ込んでぴくりとも動かない。
キエリは心配のあまり急いでフェリクスを仰向けにして息を確認するとちゃんと生きてはいるようだった。
「んっふふ、だから言ったでショ? 鎖でつながれるって、いやぁでもマジでやるとは‥‥これは愛と呼ぶには重すぎるわね」
「‥‥‥ごめん。ありがとう」
「んふふ、どういたしまして」
キエリは、胸が苦しく締め付けられながらも優しくフェリクスの頭を撫でる。
「‥‥どうしてかな‥‥あんなことしなくとも、わたしはフェリクス様から離れたりしないのに‥‥それを伝えたかっただけなのに‥‥ずっと一緒にいたい、のに‥‥」
「それとも、それでも受け入れるべきだったのかな‥‥フェリクス様がそれで安心できるなら‥‥」
「きっとわたしが不安にさせるようなことしてしまったんだ‥‥だから、こんな‥‥」
キエリの喉が震えて、瞳から雫が零れ落ちる。
「キエリはどうしたいの?」
「わ、たし‥‥?」
「そうよ、その男の考えなぞアタクシにとってどうでもよくてよ。アナタの気持ちが知りたいわ。どうしたい? どうなりたい?」
「わたし‥‥」
人形として存在していたキエリは、特段に自分のしたいことを口に出すのが弱かった。
遠慮ばかりして、自分のことは後回しにしてしまうという性格がキエリに自分の欲を口に出す妨げをしていた。
(わたしがしたいこと‥‥)
(フェリクス様ではなくて‥‥わたし自身が‥‥したいこと)
ゼノはいつものおしゃべりすぎる口をしっかりと閉じてキエリの返事を待っている。
「‥‥っ‥‥」
キエリは息を吸い、細く吐き出す。
「わたし、フェリクス様とちゃんと幸せになりたい‥‥」
「こんな不安な気持ちにさせずにすむように、安心させてあげたい‥‥」
「じゃあ、このまま大人しく鎖につながれて一生お部屋の中で可愛がられるつもり?」
「違う。他の方法を探すよ。お互いが安心できる、大切にできる状態を探し出せるまで話し合うつもり」
決意を固めたキエリは、まっすぐ澄んだ水色の瞳でゼノを見つめる。
ゼノはやれやれといった様子でため息をついたが優しく少しだけ微笑んだ。
「うんうん、ちゃんとすらっと言えるようになってきたじゃない? この間なんてどれだけかかったことか‥‥」
「んじゃ、そんなキエリちゃんに朗報です」
「朗報?」
「おそらくこのオウジサマ、まだ呪いが完全に解けておりません!! いんやぁ、キエリが相変わらず魔力を送ってたからおかしいなとは思っけど、さっき殴った時にバッチリ気付いちゃった」
「え!? どういうこと?」
ゼノがかがみこんでフェリクスのからだをぺたぺたと触りだした。
手に光が宿っていて、魔力を使って呪いのことについて調べているようだ。
「王子様がかけられている呪いに興味なかったから、詳しく見てなかったのよね」
「なるほど‥‥この子かけられた呪いって、見かけだけじゃないのね。むしろ、心の方が重要だわ‥‥」
「それにこれ、呪いが‥‥更新されてる? しかもこれ、意図的に隠されてるわ‥‥いったい誰がこんなこと? ふふーん‥‥つまり、繋がりを切らないといけないってことね」
キエリが心配そうにフェリクスとゼノを交互に見る。
「ゼノ‥‥フェリクス様の呪いはまだ解けてないって‥‥またわたしの魔力を渡したら解けるの?」
「多少は良くなるでしょうけど、それは根本的解決にならないわ。元を絶たないと」
「呪いの元ってこと?」
「そうよん。この呪いをかけた張本人。そいつをどうにかしないとその張本人とこの王子様の呪いは解けないわ。詳しくは後で話したげる。今はさっさとずらかるわよ」
ゼノは起き上がって、キエリの腕を引っ張り上げた。
「はぁーあ、王子様を殴っちゃってこりゃ大犯罪者になっちゃったわ。んふふ、でもスリルがある方がアタクシ好きよ♡」
「ゼノ‥‥本当にごめんなさい。わたしのせいで」
「いいのよん、だってアナタはアタクシの娘だものちゃんと親が守ってあげないとネ」
ゼノは、まったく気にしていない様子でぱちりと片目を閉じた。
「アナタこそ大犯罪者の娘よ。すんごい肩書ついちゃったわね」
キエリは気にしないといったように首を横に振ると、ゼノは優しく微笑んだ。
「ゼノ、助けてもらってばかりだけど、フェリクス様の呪いを解くのを手伝ってほしい」
「んふふ、アナタのためだったら喜んで」
「ありがとう。そうだ、行く前に書置きだけ残させて」
「いい、いい! どーせききやしないんだから!」
(本当に正気でいるかどうかわかんないし、そしてぇ、なによりせっかくキエリと二人で遊べそうなんだもん! ちゃんと説明なんてしたらついてきそうだもの)
ゼノが手を横に振ったがキエリは不安そうに眉が八の字になった。
「でも一言くらい書置きしておかないと‥‥」
キエリが便箋をもってせめて一言でも書こうとしたが、気絶していたフェリクスの瞼がぴくりと動いた。
「や、やばっ! 不意打ちだったからうまくいったけど、アタクシ真正面からなんてごめんよ! 行くよ、キエリ!」
ゼノが急いでキエリの手を掴んで、くいっと手首を回すとキエリとゼノの姿は部屋から消え去った。




