あなたの隣
フェリクスと無事恋人になって、うきうきと浮かれていたキエリだったがフェリクスと一緒にいるために立ちはだかる壁は厚く高い。
キエリは勉強に礼儀作法に、学ぶことが山積みで日々がとてつもなく忙しくなった。
「はい、ここでターン」
「はいっ」
数日後に迫ったお披露目会は、フェリクスのみではなくキエリも同時に皆の前にお披露目されることになる。
フェリクスの恥にならないようにキエリは必死に家庭教師カラエムの授業に食らいついた。
しかし、やると決めてあとは突き進むのみとなったキエリの行動力と気力はすさまじい。
「はぁ‥‥はぁ、カラエム先生もう一度お願いします」
「い、いえ、今日はここまでにしましょう。動きもいいですし大丈夫でしょう」
「そうですか?」
「だっ大丈夫ですわ! あとは自信をもって背筋を伸ばしてください」
「はいっ」
キエリは、何度も踊りの練習を行った後とは思えないほどさっぱりとした笑顔だった。
一方、カラエムはある日を境にやる気をグンと何倍にもひきあがったキエリにたじろいでいた。
「カラエム先生、次は歴史の授業でしたよね?」
「きょ、今日はもう自習にしてください‥‥」
「わかりました。では、また明日お願いします」
にこりと微笑んで礼儀正しくお辞儀をした後、キエリは時間が惜しいというように駆け足で部屋をでたがカラエムに「キエリ様! 淑女が走ってはいけませんわ!」と叱られて「ごめんなさーい」という返事が廊下の遠くから帰ってきた。
「はぁ‥‥まったくもう、私まではしたなく叫んでしまったわ」
カラエムが疲れたからだを椅子に座らせる。
「家庭教師は増やす予定よね‥‥早めてくれないかしら? あの子の勢いがすごすぎる‥‥読んできてと言った参考書はすぐ読み込んで頭に入れてくるし、踊りだってセンスがある」
「礼儀作法はまだまだだけれどね‥‥でも、あの子には愛嬌があるから貴族たちに悪い印象は残さないでしょう‥‥」
用意しておいたお茶をすすり、ほっとひと息つく。
「にしても、あの子本当に人間? 学びの吸収する速度が異常だわ‥‥ま、いいことだけど」
キエリは自習と言われたので本を読むことにした。
外で本を読むほうが気持ちがよさそうだと考え、庭園のベンチに座り本を開く。
「キーエリっ!」
「わぁ!」
急に後ろから何者かに思いきり抱き着かれたかと思えば、魔女のゼノだった。
「キエリってば元気ぃ? おべんきょ頑張ってんのね、えらい!」
キエリを豊満な胸でぎゅーっと抱きしめてキエリの頭をくしゃくしゃにするようにほおずりした。
キエリは唐突なことながらも抱きしめられるのは好きなので困ったように笑った。
「もう、いつもわたしのこと見てるのだから、元気かどうかゼノにはわかるでしょ? 元気だよ」
「んま、アタクシだってほとんど人間よ。眠りたいし、他の研究だってしたいもの。だから、ずーーーっとアナタのことを見ているわけではなくてよ」
「そうなんだ」
「んま、でもこの間キエリがあのオウジサマとちゅっちゅいちゃいちゃしてたのは見てたわよん」
「ちゅっちゃ!?」
キエリはゼノの語彙の選択があまりにもふざけすぎて、驚きのあまり手に持っている本を破りそうになった。
「まったく‥‥よくやるわよ。王妃なんてめんどそうなのに」
「王妃は確かに大変だけど、頑張るよ。心配してくれるの?」
「心配するわよぉん。だってアナタはアタクシにとって娘みたいなものだもの」
ゼノはひょいと魔法でとんでベンチを乗り越え、ふわりとキエリの隣に座った。
「アタクシ、考えたのよねぇ、どーしてアナタがこんなに気になるのか」
「そもそも、アタクシがアナタを使ってやってみたかった研究というのは人間を作ること。そのためにアナタを研究して、肉体を与えたのだけれど」
「これってある意味子供を作ったのと同じじゃない? 方法は違うけれど、ある種の特別な絆がアタクシとアナタに出来上がったのよ! うんうん、そうだわ、きっとそう!」
ゼノはひとりでずらずらと素早く言葉を並べていって、キエリの入る隙間など与えなかった。
「だから、アタクシのことはお母様とお呼びなさい! それとも、ママン? それとも、母上?」
キエリにやっと話す番が巡ってきた。
「ゼノがいいな、呼びやすいもの」
「それもまたよし!」
(お母様か‥‥わたしにはお父様しかいなかったから。なんか嬉しい、かも)
キエリが少しだけそんなことを考えて微笑んでいるとゼノがぐいっと肩を引き寄せてきてまた頭にほおずりする。
「うーむ、可愛い娘の頭はほおずりしがいがあるわ‥‥んん?」
「どうしたの?」
「やっぱりおかしい‥‥キエリ、最近魔法使いとか魔女とかと接触した?」
「魔法使い? クイナは魔法は使えるけど」
「んーん、あの坊やじゃないわ‥‥なんか嫌な雰囲気‥‥冷たく纏わりつくような。んま、ちょん切っちゃいましょ」
ゼノが手のひらに魔力を込めると光がゼノの手に集まる。
キエリの額に手を重ねて魔力をおくり込み始めた。
「んえー? なにこれ? キエリ、あのオウジサマ以外にストーカーにでも狙われてる?」
「ちょっと! あの人はストーカーなんかじゃないよ!」
キエリがゼノをキッと睨みつけて怒りを露わにしたが、ゼノはキエリの返事を聞いているのかいないのか魔力をおくることに集中している。
キエリは、いつもお茶らけているゼノがいつになく真剣なことに不安を覚えたがゼノはしばらくするとキエリから手を離した。
「ん、いーんじゃない? もう、キエリは可愛いんだから気を付けないとこれ以上変な男を増やさないでね」
「だから、あの人はそんなんじゃないってば!」
「そぉーお? だって、キエリを国民に浸透させるために噂を流したり、キエリを王妃にする気満々で家庭教師つけたり、しかも、このあいだ‥‥王子様とお付き合い始めたくらい?からアナタ監視つけられてるわよ。お城から出たらすぐに王子に伝わるように」
「え? どういうこと?」
ゼノがにんまりと笑う。先ほどとは違う人を貶める魔女の笑みだ。
「不思議だと思わなかった? アタクシが確かに王子様にアナタの魔法のことは伝えたけど、こんなこと知れるのは限られているでショ? しかも、それを王都のみーんなに伝わるように噂を流させるなんてできる人間は一人じゃない」
「んま、ぽっとでの素性のわからない平民の娘より、呪いから王子を救った奇跡の女性の方が国民からしたら好印象よね」
「一緒に王都に戻って来た時の姿なんて美男美女のお似合いカップルだったわよ。国民は思ったでしょうね。呪いから救い出した神秘的な女性と美しい姿を取り戻した王子は恋に落ちたのだと」
「きゃっ、ロマンティック! 素敵な物語ねぇ‥‥でも、本当はそのときアナタたちはお付き合いなんてしていなかった。ただの王子様の片思い‥‥」
「その片思いが暴走しちゃって、噂だの、アナタに断りもなく家庭教師をつけるだのしたのよ。それもこれも、アナタを王妃として迎え入れると決めていたから‥‥勝手にね」
キエリはゼノの早口に言葉をはさむ余地がなかったのではなく、今度ははさまなかった。
じっと黙りこくってゼノの顔を見つめていた。
「でも、まだ間に合うわ。鎖でつながれる前にアタクシがアナタを逃がしてあげてもよくてよ」
「逃がす‥‥?」
「そ、アタクシと一緒に旅に出てみない? 世界は広いわよ。見たことがないものもいっぱい。楽しいこともいっぱい」
「どう?」
ゼノが誘惑するようにキエリを横目で見て、にんまりと笑う。
しかし、ゼノの思惑は虚しく砕け散り、キエリはすぐに横に首を振った。
「ううん、いかない」
「ちょっと! 判断するの早くなぁい!?」
「だって、わたしの居場所はあの人の隣だから、それは何があっても変わらないよ」
ゼノは呆れたように息を吐いて、空を仰いだ。
「でも、人の考えは変わるものよぉ」
「わたしも今は人間だから?」
「そ」
「‥‥変わらないものもあるってわたしは信じたい」
「ふぅん、それもいーんじゃない?」
キエリはベンチから立ち上がって、ぐっと本を握りしめた。
「教えてくれてありがとうゼノ。ちょっとあの人とお話ししてくる」
ゼノはひらひらと手を振って走るキエリを見送った。
「はーぁ、もう、親離れなんて寂しいじゃない」




