元気をだして
グイスに連れられてきた「オトナのお店」というのは酒場だった。
昔からあるのか、看板は年季が入っている。
「よっ! みんな飲んでるかー?」
グイスがにかっと笑いながら呼びかけると酒場にいた客のほぼ全員がグイスに注目した。
「グイスじゃねーか! やっぱ帰ってきてたんだな。今日はジャックといっしょじゃねえの?」
「王子様が元に戻ってよかったな!」
「あんらーグイスちゃん、このあいだはあっちのお店に来てくれてありがとね♡」
グイスと仲がいいのであろう客たちがグイスを取り囲んでもみくちゃにしていく。
グイスもそれに慣れているのかやめろと言いつつもすごく笑っている。
キエリはその輪から少し離れたところでそのもみくちゃを見ていると、客の数人がキエリの姿をじっと見つめる。
すごく色気のある女性があっと声をあげた。
「ちょっと! グイスちゃん、この人ってもしかして王子様と一緒に馬に乗ってた、あの噂の人!?」
「噂ってなんだ?」
噂についてグイスもキエリも初耳で二人は首を傾げた。
「あら、噂の本人が噂を知らないの? あなたって魔法で王子様の呪いを解いたんでしょう? 呪いを解いた美女と救われた美男! 二人は必然的に惹かれあう‥‥ロマンティックねぇ‥‥」
女性たちはうっとりとしたようにため息をもらした。
キエリは、いつの間に、しかもゼノと自分、そしてフェリクスしか知らないかと思っていたことが何故王都で噂になっているのかと、驚きでからだが固まった。
「えっ!? キエリ、そうなのか?」
グイスも驚きながらキエリに尋ねてきて、嘘をつく必要もないのでキエリはこくりと頷いた。
「わたしの魔力を王子様にあげることで呪いが解けたってゼノが言ってた。隠すつもりはなかったんだけど、でも、あまり自覚もなかったから」
「ふーん、そういうもんなのか」
女性や他の客らがキエリに興奮気味に詰め寄ってきた。
「それで! どうなの!?」
「ど、どうってなんでしょう?」
「そんなの恋人生活に決まってるじゃなーい! やっぱり、情熱的? キャー毎晩甘い言葉を囁かれちゃったりして!」
「恋人!?」
きゃっきゃしながら話を一方的に膨らませる女性たちにキエリはどう説明しようかと困り果てた。
(あぁ、やっぱり一緒に馬に乗ってみんなの前にでたりしたから勘違いされてる!)
(かんちがい‥‥そう、だ。わたしとあの人の関係ってなんだろう?)
「はいはい、キエリにそんなからむな! おっさん、腹減ったからめしめし! キエリも腹減ったろ?」
「へ? あ、うん‥‥」
キエリは、ぼーっとしていた思考がグイスのおかげで帰ってきた。
グイスが不服そうにする女性たちを散らばらせてキエリの手を引いて席に座らせた。
「なによ! まさか、王子様の恋人じゃなくてグイスの恋人? 略奪愛!?」
「んなわけあるか! オレの好みはもっとでてるとこでたやつだ!」
そんなことを言いながらグイスは胸の部分で手で大袈裟なくらい大きく弧を表した。
キエリはグイスにけなされた気がして、少しむっとしながらグイスの手の甲をつねってやった。
「はいよ、おまち!」
キエリの目の前にはドカッと酒と大きなエビの塩焼きや焼き立てのパンに魚のマリネなどたくさんの海鮮料理が並べられた。
キエリが食べきれるのかと心配するほど、どんどん置かれていくがグイスは気にせず料理を皿にとって料理を口にほおばっていく。
すると、お邪魔しまーすといって他の客たちがキエリたちの席に座って、一緒に料理を食べだした。
その客もグイスの友達のようで、グイスと客たちは談笑しながら料理を食べていく。
「そうだ。お前は酒は遠慮しとけよ」
「え? なんで?」
「お前が飲んだくれたら、誰が飲んだくれたオレを連れて帰るんだよ」
何という理由だとキエリは思いながらもグイスはキエリの目の前に果物のジュースを置いて、酒を自分の目の前だけに置いてしまった。
「ほら、うまいぞ。どんどん食え」
「うん」
キエリもお皿に料理をとって、食べ始めた。
酒場のようだが料理はとても美味しくて、エレドナの料理にも引けをとらないほどであった。
キエリは、食べることに随分慣れ、食べ物に対する好みも出てきた。
(美味しい! このお魚のやつ好きかも‥‥あの人もお魚料理が好きって言ってたな。あの人はもうご飯食べたかな? 王都に来てから一緒にご飯を食べてないや‥‥)
(寂しい‥‥な)
料理がおいしくて少し軽くなったかと思った心がゆっくりと沈んでいく。
隣に座っていたグイスはちらりとキエリを見ると、ふと立ち上がり、酒場の奥に客をかき分けて進んで行った。
「ちょいとごめんよ」
グイスがたどり着いたところには、大きな布に隠され、佇んでいるピアノがあった。
グイスがその布を勢いよく取り払って、慣れた手つきで演奏の準備を始める。
椅子に座って、軽く確かめるように弾き、音に耳を傾ける。
「ん、音ズレなし。おっさんありがと!」
振り返ってグイスが満面の笑みで店主にお礼を言うと、店主はぐっと親指をたててにこっと笑った。
グイスがにこっと笑って鍵盤の上に指を添える。
指が鍵盤の上を踊るように跳ねはじめると、聴いている人達を元気づけるような明るく心躍る曲が流れ出した。
酒場の客たちがグイスの曲に聴き入って自然と笑顔になり、明るい気持ちが伝わっていく。
キエリは、曲が耳に届くと心がほっと温まった。
(この曲、グイスが元気出してって言ってるみたい。あはは、グイスに不安な気持ちバレちゃってたんだ‥‥)
(あの人とちゃんと話そう。もしもばっかり考えてバカみたい‥‥ちゃんと話さないとわたしの気持ち‥‥)
「ほらほら! お嬢ちゃん立って立って! せっかくグイスが曲弾いてるんだから踊らないと損よ!」
キエリは、ここに来た時に話しかけてくれた女性に手を引っ張られて席から立ち上がった。
周りを見るとみんな楽しく踊っていて、キエリもつられてみんなといっしょに踊って騒いだ。
「グイス、グイスったら、起きて」
「んごご‥‥」
グイスは本当に飲んだくれてしまって、机に突っ伏して深く眠ってしまった。
「もう、どうにかしてお城までグイスを連れて行かないと‥‥そろそろ帰らないと、王子様も心配するよね」
キエリがグイスに肩を貸して立たせようとしてみるが、やはり男性を支えるのはキエリには大変でグイスを支えるというよりかは背中にのっけて、引きずっていくことしかできなかった。
(う‥‥これでお城までもつかな‥‥)
その様子を見て、店主が苦笑する。
「キエリちゃん、無理に運ばなくていいよ。どうせそろそろ迎えが来るから」
「迎え、ですか?」
すると、酒場に一人の男性が入ってきた。
背が高く、フードを羽織っているがその隙間から見えたさらっとした茶髪と顔が見えた。
知らない人のはずなのに、その瞳にキエリは見覚えがあった。
店主がにこりと笑ってその男性に手を振る。
「やぁ、お迎えご苦労さんジャック」
「毎回すまないね店主さん」
ジャックと呼ばれた男性はまっすぐキエリたちのもとに向かってきた。
「おい、グイス帰るぞ」
「おおん‥‥たのんら」
グイスの生返事をきくとジャックは困ったように少し笑った。
キエリは失礼かとは思いつつも、じっとジャックの顔を見つめた。
こっそりと小声で囁く。
「あの‥‥間違ってたらごめんなさい。王子様、ですか?」
ジャックは、驚いたように眉が上がったが、にこりと優しく微笑み、小声で囁く。
「よくわかったね。そう、魔法で少しだけ姿を変えたんだ。あまり時間はもたないけどね」
「さ、グイスは俺がおぶるから帰ろうか」
フェリクスはグイスを手慣れたように背負って支払いと店主にお詫びを言ってキエリと一緒に酒場をでた。




