寂しさは我慢して
次の日の朝。
「よし、それじゃあそろそろ城に行くかね。非番だけど、久しぶりに皆に挨拶したいし」
「あ、わたしも行きます」
キエリとエレドナが家から外に出るとなんと家の目の前に豪華な馬車が止まっていた。
「なっ、なんだいこれは!? って、こりゃ王宮の馬車じゃないか?」
馬車の御者がキエリたちの前で恭しくお辞儀をした。
「おはようございます、キエリ様。お迎えに上がりました」
「ぉ、おむかえ?」
「はい、殿下の命です。城に来られる際に大変だろうと心配なさっていましたよ」
「そ、そうですか‥‥」
「だぁー‥‥坂は大変だけどそんなに距離もないってのに」
御者がエレドナに一通の手紙を渡した。
「エレドナ殿、殿下からお手紙を預かっております」
「手紙だって?」
エレドナが封を開けて、手紙の内容を確認する。
キエリは、人の手紙は勝手に見てはいけないかなと思って目を背けていたが、しばらくするとエレドナの大きなため息が聞こえてきた。
「まったく‥‥幼いころから殿下のことを見ていたけれど、こんな一面があったなんてねぇ‥‥」
手紙をポケットにしまって、諦めたようにまたため息をついてエレドナはキエリを申し訳なさそうに見る。
「キエリ、どうやら殿下はどうしてもお城に滞在してほしいってさ。どうしたい?」
「王子様がですか?」
キエリはエレドナと御者に少し待っててほしいと伝えて、急いでエレドナの家に戻った。
そして、しばらくするとキエリは荷物を全部持ってエレドナの家から出てきた。
「エレドナさん、わたしお城で滞在させてもらいます。お泊りとっても楽しかったです! ありがとうございました」
キエリは、深くエレドナに頭を下げた。
エレドナはキエリが行きたいというのなら止める理由がないので、優しく微笑んでキエリの肩をぽんぽんと叩いた。
「そうかい、そうかい、お城が嫌になったらいつでもまた泊まりにおいで」
エレドナの優しさがずっとキエリの心を温めていて、嬉しくてキエリはにこりと花のような笑顔を咲かせた。
「じゃ、あたしもついでに乗せてもらおうかね。いいでしょう?」
「もちろんにございます」
御者がキエリの荷物を預かって、馬車の扉を開けて二人を馬車に乗せた。
キエリが馬車の窓から外の景色を眺める。
(わたしってものすごく寂しがり屋だったんだ‥‥たった一回夕食を一緒に食べなかっただけでこんなに寂しいなんて)
(んー‥‥さすがに、我慢できるようにならないと‥‥)
キエリは、また城に行けばフェリクスや他の友人たちに会えると思うと心が躍る反面、自分でも驚くほどの寂しがりな性格がそう思わせるのかと思うと苦笑いがこみあげてきた。
フェリクスや皆に会えるかなと意気揚々と城に向かったはずのキエリは、現在なぜか授業を受けている真っ最中であった。
「この国の交易には魔道船が使われていて、通常の船よりも早く安全に‥‥」
キエリは、城につくと早々に家庭教師にカラエムという女性がつけられて勉強部屋へと引っ張られていった。
そこからはずっと、オレオール国についてや隣国について、礼儀作法や語学など幅広い勉強が始まった。
キエリは、文字は読めるようにはなったもののカラエムの授業は速度が速く、量も多く、授業に必死になってなんとかついていった。
唯一の救いは、キエリが新しいことを学ぶのがとても楽しく感じられることであった。
(学ぶのってやっぱりすごく面白い‥‥でも、どうして家庭教師なんて。これは、お仕事ではさすがにないし‥‥確かにいろんなことを学べばできることは増えるけど)
(あの人は‥‥わたしにどうしてほしいんだろう?)
キエリの心に不安がかすめたがとにかく今は目の前のことに集中した。
「今日はここまでです。お疲れさまでした、キエリ様」
「今日は、ということは、明日もあるんですよね?」
「もちろんです。何事も一日にしてならず、これからキエリ様には立派な‥‥んんっ、そう、素晴らしい人材へとなっていただきます」
カラエムが何かを言おうとしたが、言葉が途中で不自然に止まり、ごまかしたようにしか見えなかった。
「‥‥今日はありがとうございました、カラエムさん」
キエリは心にできた引っ掛かりをカラエムにぶつけるよりも、他に尋ねるべき人がいると思い、勉強部屋をあとにした。
キエリは、心にもやがかかり、違和感を感じながら城の廊下を歩いていた。
(あの人と話さないと‥‥)
キエリは、城にたくさんいる使用人に迷わないように何度も道をたずねながらフェリクスのいる部屋へと向かった。
しかし、仕事をしている使用人たちと話すにつれてキエリの足が重くなった。
(ここでもわたしは必要ない‥‥もうたくさんの使用人さんたちがきれいにお掃除して、お料理もして、きっと他のこまごまとしたお仕事だってやってるよね)
(わたしが入り込む隙なんてなかったんだ。だから、あの人はお勉強するっていうやることをわたしにくれて、優しくごまかしてくれたのかも‥‥)
キエリの足が完全に止まってしまった。
心臓の部分に手を添えれば、不安な鼓動が伝わってくる。
(‥‥どうしよう。怖い‥‥役立たずだって、いらないって言われたらどうしよう)
(わたし、あの人にまで捨てられたら‥‥わたし‥‥)
キエリの暗い記憶がよみがえる。
雨の日、無造作に袋に詰められて捨てられた日を思い出すと足元から崩れてしまいそうに感じた。
「きくのはまた今度にしよう‥‥」
キエリは、フェリクスのいる部屋に行くのを止め、くるりと踵を返して立ち去った。
キエリに用意された部屋は可愛らしい白色と水色を基調とした家具が配置されていて、キエリはなんだか自分のためだけに用意してくれたのでは錯覚してしまう気がした。
クローゼットにはさらに新しい服や靴がしまわれていて、部屋に置かれていた手紙に『キエリへの贈り物だよ』と書いてあったので嬉しかったがこんなにたくさんもらっては毎日変えても何日かかるのかとも思った。
それと、部屋の探索をしていると鍵のかけられている不思議な戸棚があった。
気にはなっても、こじ開けるわけにはいかないのでそれはそのままにしておいた。
部屋に戻ったキエリは、一人ソファに寝そべっていた。
(今日は一緒にご飯食べてくれるかな‥‥)
時計をぼーっと見つめていると妙に時間が長く感じられて、どうしようもなく不安になっていく。
夕食の時間にやっとなって、キエリがソファから起き上がると扉がノックされた。
(あの人かな?)
キエリは贈り物に飛びつく子供のように急いで扉に駆け寄って開くがそこにいたのは使用人のみでフェリクスの姿はなかった。
使用人たちはキエリ一人分だけの料理と手紙を持っていた。
キエリはその意味に明らかに落胆してしまって視線が床へと向かっていく。
「キエリ様、殿下からお手紙を預かっております」
「ありがとうございます‥‥」
使用人たちはてきぱきと食事の用意をしてくれて「それでは失礼します」と言って部屋を去っていった。
キエリはソファにからだを沈め、フェリクスからの手紙を開いた。
キエリへ
申し訳ないが、今日は一緒に夕食を食べれそうにない。本当にすまない。
勉強はどうだった? お前は好奇心旺盛だから楽しんでくれているといいのだが、いきなりで驚いただろうか?
だが、これからのキエリのためになるだろうから、頑張って。
フェリクス
手紙はきれいな字で丁寧に書かれていた。
「字‥‥きれいだな」
「次はいつ会えるかな」
「いつの間にこんなに寂しいって気持ちがたくさんできてしまったんだろう‥‥人形の時は独りでもこんな気持ちにならなかったのに」
「‥‥‥」
会いたい気持ちで心がいっぱいになって溢れだしそうになったが、それを口に出すと最後の堰が崩れてしまいそうな気がした。
(今あの人に会ったらわたし全部吐き出してしまいそうになる気がする‥‥そんなの迷惑だ‥‥傍にいれられれば十分じゃない)
「お手紙を‥‥わたしも書こう。落ち着いて書けば、余計なこと言わずにいられるもの」
キエリは手紙を書くことを決めて、独りで夕食を食べ始めた。




