居場所
お待たせしました。二章の始まります。ゆったりと楽しんでいただければと思います。
「————形————」
「————僕のお人————」
「————帰っておいで」
「いつか君は泣くことになる」
「いつか彼らは君を捨てる」
「君の居るべき場所はそこじゃない」
キエリは、目が覚めて勢いよく起き上がった。
動くようになった心臓部分がどくどくと不安そうになっている。
背中には嫌な汗をかいていて、首にキエリの銀色の髪の毛がまとわりつく。
「うーん‥‥最近夢見が悪いな‥‥汗びっしょり、お風呂入ろう」
冷たいような、懐かしいような夢を見ていた気がしたがその内容をいつも詳しく思い出せない。
キエリは起きたばかりで頭が働かないながらもからだはいつもの通りに動き出す。
汗でびっしょりとなったからだを風呂場で流し、身支度を整えていく。
腕が両側なかった時よりもスムーズに物事が進むのはやはりうれしいもので、キエリは夢のことなど忘れて鼻歌を歌いながら髪の毛を櫛で梳く。
「よし、今日はなんのお手伝いができるかな。とにかく今日もがんばろ!」
キエリは、かがみに映った自分にそう言い聞かせて、元気に部屋の扉を開けた。
「エレドナさん! 何かお手伝いすることありますか?」
「あぁ、ごめんねキエリ、今日は引継ぎの子たちに色々教えないといけないから、またあとでね」
「クイナ! 何かお手伝いを‥‥」
「おはようキエリ、ごめん今日は大丈夫だよ。ここで働いてくれる人がたくさんできたから、キエリは好きなことするといいよ」
キエリは、廊下の窓からぼーっと空を眺めていた。
「‥‥グイスには別に手伝うことないだろうし、あの人とコンゴウさんのお仕事のお手伝いはわたしにできないし‥‥」
今までフェリクスは呪いがかかっているために屋敷に閉じこもっていたが、呪いが解けた今、屋敷から王都に移動することになった。
友人の使用人たちは仕事の引継ぎに忙しくなり、フェリクスもたまりにたまった仕事に縛り付けられている。
そして、フェリクスを幸せにするという大きな目的を失ったキエリは、一気にやることがなくなってしまった。
『君のいるべき場所はここじゃない』
キエリの背筋が氷でなぞられたようにゾッとした。
辺りを見渡すが誰もいない。
「‥‥?」
「あ‥‥そうだ。べんきょう、勉強しよう!」
キエリは、勉強するために書庫へと向かった。
キエリは、かなり字が読めるようになってきたおかげで、難しい本も読めるようになってきた。
書庫で一人、本をむさぼるように読んでいたがふと字をなぞる指がとまった。
キエリの視線は本の文字を見つめながらも頭は考え事の渦に沈んでいく。
(わたしって、このままでいていいのかな?)
(かなり甘えてしまっている‥‥‥)
人間のからだとなった後、キエリは生活するのに足らないものが多かったが、フェリクスが服や靴、生活に使うものなどをびっくりするぐらい大量に買ってきた。
遠慮しても「キエリ用にすでに買ってしまったものだから、この中から好きなのを選んで」と時すでに遅しの状態で、結局貰ってしまった。
お金も持っていないキエリはどう返したらよいかと考えたが「お礼なのだから遠慮するな」とにこりときれいな顔で微笑まれてしまうとそれ以上何も言えなくなった。
正式な使用人や客人でもないのに、この屋敷にいるのもフェリクスの優しさでいさせてもらっている状況で、いつの日かコンゴウから言われた「ここは慈善施設ではないのだぞ」という言葉を思い出した。
(呪いが解けて、わたしの魔力は必要ない‥‥いままでずっと人形でしかなかった空っぽのわたしがあの人の役に立てることがあるのかな‥‥)
不意に思考が暗く沈んでいきかけたが、キエリはいけないとハッとして顔を上げた。
時計をみると約束の夕食の時間になっていた。
フェリクスは、キエリに食事の手伝いが必要なくなった今でも一緒にとってくれる。
キエリが食事をとるのを忘れてしまわないようにと心配しているのか、習慣化してしまっているのか、どちらにしてもフェリクスの優しさなので、この時間がキエリにとって安らぎと楽しみの時間となっていて、ついつい顔が緩んでしまう。
本を閉じて元の場所に戻し、急いでフェリクスが待つ部屋に駆けて行った。
執務室でフェリクスは山のように積まれた手紙を冷たい目で睨みつけていた。
「ふんっ、呪いが解けたとわかって、必死に手のひら返しをしているな‥‥」
「中には、見合いを匂わせる申し出もありますね。現在、婚約者がいないことを見計らってのことでしょう‥‥」
コンゴウも呆れたように手紙に目を通している。
「ありえん‥‥もう相手は決まっていると伝えておけ」
コンゴウは、苦笑しながら「かしこまりました」と、見合いの魂胆があけすけの手紙を何通か持って、返事を書きだした。
執務室の扉がこんこんとノックされた。
ノックの音だけで誰なのかわかるフェリクスは自然と表情が柔らかくなる。
「王子様、キエリです」
「あぁ、入ってくれ」
キエリに話しかけるフェリクスは、声まで優しくなるのを傍から見ているコンゴウが穏やかに見守る。
キエリがひょっこり扉から顔をのぞかせた。
「王子様、あの、夕食前に‥‥少しお話しが」
「どうした?」
フェリクスは、キエリのしぐさの一つ一つが愛おしく感じて顔が緩み切ってしまいそうになったのを必死に隠した。
(我ながら彼女のことがこんなにも好きになるとは‥‥まいったな‥‥)
フェリクスが椅子に座るように促すとキエリはちょこんと座り、すこし気まずそうにしている。
「わたし、本当にこのままでいいのか悩んでいて‥‥」
「このままとは?」
なんだか聞きたくないことを言われそうな気がして、フェリクスは内心焦った。
「このまま、王子様のお世話になり続けることがです‥‥」
フェリクスに雷に打たれたような衝撃が走る。
(まさかっ、またここを‥‥俺から離れようと考えているのか!? ダメだ。そんなの耐えられない! やはり‥‥キエリが逃げないように‥…)
「だから、ちゃんと使用人として正式に雇っていただけませんか?」
「え? 雇う?」
思考が暗い方に向かっていたフェリクスが一気に現実に引き戻された。
「はい! ちゃんと働きたいんです‥‥無理でしょうか?」
「そうか‥‥別にここから出ていきたいわけじゃなかったのだな」
「へ? 何故ですか? わたしは皆さんと一緒にこれからもいたいです。だからこそ、ちゃんと働きたいんです」
キエリに出ていくという発想はなさそうだったので、フェリクスはほっとして安堵のため息をついた。
「仕事が欲しいと言ったな‥‥だがそうだな、これから王都に移動してしまう予定だからな」
「‥‥王子様も皆さんも王都に行ってしまうのですよね‥‥」
「これからまた本格的に国務をこなしていかなければならないから、この屋敷では限界があるのだ」
キエリは、もしかして自分は置いていかれると思ったのか見るからにしゅんと寂しそうにして俯いた。
フェリクスは、寂しそうな顔をしてかわいそうとも思ったが、寂しがっているのかと思うと愛おしさがこみ上げてくる。
「キエリ、俺がキエリを置いていくわけないよ。もちろんキエリも一緒に行こう」
「いいのですか!?」
「もちろんだ。仕事のことも焦る必要はないから、王都についてからゆっくり考えよう」
「はい、ありがとうございます!」
しおれた花が咲き戻るようにキエリはパッと明るく笑顔になった。
「さ、夕食を食べよう。申し訳ないがもう少し仕事があるんだ。先に行っててくれないか?」
「わかりました」
にこりと笑ってキエリが執務室をでていった後、フェリクスは安堵で力が抜けて椅子にからだをもたげた。
(よかった‥‥)
コンゴウは二人のやり取りを静かに見守っていた。
とっくにフェリクスの結婚したい相手がキエリであることはわかっているし、コンゴウ自身もまだ不安なことはあるがフェリクスにはキエリが必要なのも感じていた。
「殿下、キエリをどうするのですか? 使用人として雇うのですか?」
「おそらく、彼女は目的や役割というものがなくて不安になっているのだろう。それを仕事というので表したいんだ‥‥」
「だったら作ればいい‥‥」
フェリクスは、何か企むようににやりと笑った。
コンゴウは、好きな女性に対してほの暗い執着を見せていることに、恋を応援しながらも苦笑した。




