抱きしめて
「キエリ!! キエリどこだっ!?」
王子は、馬に乗ってどこに行ったか見当もつかないキエリを必死に叫んで探していた。
屋敷にいる者皆で、キエリを探しに出たが、一向に見つからなかった。
王子は、街に捜索範囲を広げたが、日も暮れてさらに雨が降りそうなほど曇ってきた。
王子は馬から降り、街の人間を見つけると急いで詰め寄った。
「そなた、顔に傷のある、両手のない少女を見かけなかったか!?」
街の人間は王子に見とれていたが、質問されて我に返った。
「顔に傷のある? その女の子ならあっちに行ったのを見ましたよ」
「ありがとう」
王子は馬を引きながら急いで教えてもらった方向に向かった。
歩いては聞いてを繰り返して、裏路地のところまでたどり着いたが、人の気配はしない。
馬をてきとうなところにつなぎ、王子はキエリの名前を必死に叫んだ。
「キエリー! キエリ、どこだ!?」
王子の鼻先に雨粒が落ちてきた。
そして、すぐに雨粒は大群となって頭上から落ちてきた。
しかし、こんなことで捜索をやめるはずもなく、王子は必死に叫び続けた。
(どうしてだ、キエリ。何故俺の前からいなくなるなんて選択をしたんだ!)
「キエリ‥‥頼む、出てきてくれ。頼むから、またお前の笑顔をみせてくれ。お前の声が聞きたい‥‥」
「‥‥‥あれは?」
王子が見つけたのは、地面に転がっているぼろぼろの人形だった。
両腕は途中からなく、顔は大きく割れている。
そしてなにより、汚れているが銀色の髪と水色の瞳はキエリによく似ていた。
王子はその人形から目が離せなかった。
「‥‥‥」
王子は、雨に濡れたその人形を優しく拾い上げた。少し触れるだけでもからだがぱらぱらと崩れ落ちる。
「キエリ‥‥お前なのか?」
人形が返事をするはずもなく、ただじっと黙っている。
「やだっ! お人形さんに話しかけてる殿方がいるわ~ちょっと怖いかも!」
人の気持ちを考えない、おちゃらけた声が突然聞こえてきた。
声の方を向けば、こんな裏路地には似合わない金髪カールの女性が傘をさして立っていた。
「どなたですか?」
王子は、力なく女性のことを見る。
「そんな雨にぐっしょり濡れちゃって、捨てられた子犬みたいよん」
女性は質問に答えることなく、笑いかける。
ステップを踏みながら王子に近づいてきた。
「そのお人形、アタクシのなの。返してくださる?」
「無理です」
王子が即答すると、女性はふーんといいながらにんまりと笑う。
「あらあら、一国の王子様が捨てられている人形を拾って集める趣味でもあるのかしら?」
「俺のことを知っているのですね? あなたは何者ですか?」
王子が不審な女性を疑い深く睨みつけ、人形を女性から遠ざける。
「キエリのお友達よ。世界一の魔女のゼノって言いまーす。ヨロシクね」
「魔女‥‥」
魔女に対して不信感が高い王子は、より後ずさって身構える。
「やだっ、初対面でちょっと露骨に避けないでくださる? アタクシ、ショック!」
「魔女をそうやすやすと信用はできません」
「え~? じゃ、キエリはそのまんまでもいいのね? いーのね?」
ゼノがわざとらしく念を押すように言ってきた。
「どういうことですか?」
「そもそも、人形のキエリに肉体を与えたのは、このアタクシってことよ」
「じゃあ、やはりこの人形は‥‥」
「そ、キエリよ。でも、ただの人形じゃないわ。魔力と魂を持った人形。なんでかはさすがのアタクシも知らないけど。ま、世の中知らないことの方が多いしね」
「お願いです。キエリを元に戻してくれませんか」
王子は、ゼノに頭を下げた。
「えー、無理」
「何が必要ですか?」
ゼノが無理といったのに王子は全く諦めていない様子だった。
「諦めるっていう選択肢はないわけ?」
「ないです」
ゼノが頬に手をあてうーんと考え事をし、何かを思いつきにまっと笑う。
「もし、キエリを戻す代わりにアナタが呪われた姿にならなきゃいけないって言われたらどうする?」
「俺の気持ちは、変わりません」
「即答‥‥はぁ‥‥ジョーダンよ。王宮に保管されてる魔法に関する書物を全て閲覧する権利と研究の材料集めを手伝う、で手をうつわ」
「そんなことでいいのですか?」
「んまっ! 知識は人類の宝よ、研究材料を集めるのだって大変だし」
ゼノは、呆れたように目線を上に移して、髪の毛をくるくると回した。
「ちょっとからかおうと思ったのに、なんか冷めちゃった‥‥キエリ、なんかやばそうな男につかまったわね」
「んー‥‥いやいやいや、なんか重そうじゃない?」
ゼノが人形と会話するように話している。
「キエリと話しているのですか?」
「盛大な独り言に聞こえるかもしれないけど、ちゃんとおしゃべりしてるわよ。でも、さっきから声がとぎれとぎれなのよ。アナタのこと呼んでるわ」
「さっさとしないとこのまま消滅しちゃうかも」
「どうすればいいですか?」
ゼノは、手をちょいちょいとして、キエリを渡すように合図した。
王子は、人形がこれ以上崩れないように慎重にゼノに渡した。
「さっき元に戻すのは無理って言ったけど、あれはほんとよ。未完成の状態に戻すわけないじゃない!」
「と、いうことで、今度はきっちり、かっちり作ってあげるわ」
「どういう‥‥?」
ゼノがにこっと笑いかけ、キエリに視線を落とす。
「んじゃ、キエリ始めるわよ。しっかりと願いなさい。アナタの望みを‥‥」
ゼノが両手に魔力を込める。魔力が光となってキエリのからだを包み込む。
光がどんどん膨張し、大きな塊となっていく。
随分と魔力を使っているのか、ゼノの額から大量の汗が流れ落ち、髪の毛が逆立つ。
光が人の形を成して、少しずつ花びらのようにめくれて消えていく。
両足が見え、以前にはなかった手の指先が見え、そして最後に傷のないきれいな顔が見えた。
光が完全に消え去ったころには、人間の姿のキエリが立っていた。
「‥‥‥」
キエリは、驚いたように自分の両腕をまじまじと見て、ゆっくりと顔を上げて王子を見つめる。
「王子様、あの‥‥」
キエリが言葉を言いかけたが、王子がすぐに駆け寄ってキエリを抱きしめた。
「キエリ‥‥もう、こんなことをするな」
「‥‥ごめんなさい‥‥ごめんなさい」
王子の声は震えていて、きつく痛いくらいキエリを抱きしめている。
キエリは申し訳なさとまた再びこうしてふれあえる嬉しさでいっぱいになり、雨で冷たくなった王子のからだを新しい両手で抱きしめ返した。
「ハァ、ハァ‥‥ちょっと、いちゃこらするのはいいけど、約束は忘れないでね」
ゼノはかなり疲労しているようで、壁にからだをもたげている。
「もちろんです。本当にありがとうございました」
「ゼノ、本当にありがとう」
王子とキエリは、穏やかな笑顔でゼノにお礼を言った。
ゼノは、ふぅと息を吐いて、キエリに近づきキエリのおでこに人差し指をあてた。
「観察魔法が切れちゃったから、つけなおしとくわね」
「うん」
王子はその魔法の名前を聞いて、ぎょっとした。
観察魔法は対象を遠隔で見たいときにいつでも見られるようにするという、使い方によっては実に恐ろしい魔法だ。
「観察魔法なんてつけているのか? それがついていたら、行動が筒抜けになるじゃないか」
「はい、今までもしていました。それが条件なんです。ゼノはどうやらわたしを観察したいようで」
王子は、そんなことされていたのかと眩暈がした。
文句を言いたげにゼノを睨むが、ゼノはまったく気にしていない。
「言っとくけど、外さないわよ。アタクシ、もっとキエリのこと観察したいもの」
「‥‥‥」
「もう、汗かいちゃったし帰るわ。じゃ、また今度お伺いするわね。じゃあねぇ~」
ひらひらと手を振って、ゼノは路地裏の奥へと歩いて行った。
「一体何だったんだ。あの人は?」
「ゼノは‥‥変わっていますが、悪い人じゃないですよ」
(本当にありがとう、ゼノ。またこうして、この人とお話しができるなんて夢みたい)
キエリがじっと王子を見上げていると、王子もキエリを見て視線が重なった。
しかし、キエリは反射的に横を向いてしまった。
(あれ? なんだろう、この人を見てるとなんだか胸が‥‥苦しい?)
胸に手をあててみると、今まで動いたことがなかった部分が一定の間隔で動いていた。
(これは‥‥心臓が動いてる。それに、他の部分もなんだか変わってる。本当に人間になったんだ‥‥!)
キエリが感動に耽って惚けていると、突然からだが浮きあがった。
「ひゃ!」
王子がキエリを横抱きにして移動し始めていた。
キエリは、驚いて思わず王子にしがみついてしまった。
「あのっ、自分で歩きますから!」
「だめだ‥‥しばらくは、これ以上距離を離したくない」
何と何の?という疑問がキエリに浮かんだが、恥ずかしさで頭が熱くなって考えられなかった。
以前は隠すことができなかったが、今回は両手で顔を隠して縮こまった。
「さ、早く帰ろう」
「はい‥‥」




