お別れを
キエリは、別の部屋に案内され、椅子に座り込んでいた。
「‥‥‥」
(化け物‥‥)
「キエリ?」
キエリの沈んだ顔をエレドナが覗き込む。
ハッとしてキエリが顔を上げて、心配させまいと笑顔で振舞った。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます、エレドナさん」
「かわいそうに‥‥あんなことがあって大丈夫なわけないじゃない。顔色が悪いわ」
エレドナは、心底心配そうにキエリの頬を撫でた。
優しさがキエリの心に伝わってきて、今にも泣きじゃくってしまいたくなった。
「キエリ、入るぞ」
まだ、ききなれない王子の声が聞こえ、扉が開かれた。
「大丈夫か? 怖かっただろう。もう、心配いらないから。あいつは二度とキエリに近づかせないようにしたから」
王子の声には淀みがもうきれいになくなってしまって、優しさに溢れている。
さらりとした黒髪に端正な顔立ちに長身で、ただ琥珀色の瞳は前と変わらない。
「王子様、ですよね?」
王子を見るキエリはなんだかぎこちない。
「あぁ、そうだよ。何故だかわからないが、呪いが解けたんだ」
王子が座っているキエリの前に跪いて視線を合わせる。
キエリは呪いの解けた王子を上から下にゆっくりと見た。
(あの時よりもずっと成長してる‥‥あれからだいぶ経ったんだ。もう、あの子だなんて呼べないな‥‥)
「呪いが解けてよかったです。これでもう、王子様は苦しまなくてすみますね」
キエリは、王子の心に刺さっていた棘がきれいになくなったことに、心の底から嬉しくなって自然と笑みがこぼれた。
ふと、王子は俯いたと思えば、苦痛な面持ちで顔を上げキエリの両腕を握った。
「キエリ‥‥お前には酷いことを言って、苦しめた」
「お前を拒絶するようなことを言ってすまなかった。傷つけて、本当にすまなかった‥‥」
王子は、目を伏せて真摯に謝った。
キエリは、呪いのせいであんな態度をとっていたことを理解していたので謝罪されると胸が苦しくなった。
「いいえ、王子様、謝罪することなんて何一つありません‥‥」
「あるよ、俺はキエリを傷つけただろう?」
「そんなこと‥‥」
「なら、どうして先ほどのメイドに化け物といわれた時、あんなに悲しそうな顔をしたんだ?」
「‥‥それは」
「キエリ‥‥」
王子は、キエリの両腕をしっかりと握り直した。
そして、まっすぐキエリの瞳を見つめる。
「俺はお前に同じ言葉を投げつけた。俺自身が一番言われたくないことだったのに‥‥それで、傷つかないわけがないのに」
「キエリ、お前は化け物なんかじゃないよ」
「‥‥‥」
キエリは、今一番言われたかったことを言い当てられて息をのみ、こらえきれずに瞳から涙が零れ落ちた。
それを王子がひとつずつ優しく拭う。
「‥‥‥王子様、わたしっ‥‥」
「いいよ、いい、俺はキエリが何者でも構わないから」
酷く優しい声で宥められると、キエリは涙を止められなくなった。
落ち着くまでしばらく休んでいなさいと、キエリはひとり部屋に残った。
本当は王子はキエリのもとに残りたかったが、呪いが解けた今、王子にはやるべきことがどっと押し寄せていて、キエリはそんな王子の邪魔をしたくはないと言って出ていってもらった。
王子が出る時に字の練習がしたいからと、紙とペンを持ってきてもらうようにお願いすると、すぐに持ってきてくれた。
キエリは、嘘をついていることに胸が痛んだ。
(わたし、みんなと出会って、ずいぶんと変わってしまったんだ‥‥)
(前まで、こんなに胸が苦しくなることなんてなかったのに‥‥)
(わたしはみんなの思い出のひとつでいられれば、いいはずなのに‥‥)
(思い出で‥‥)
あれだけ泣いたはずなのに、キエリの瞳からおおつぶの涙が落ちて紙を濡らした。
「かき‥‥なおさないと‥‥」
涙で濡れた紙は避けて、新しい紙に書き直した。
「キエリ、食事を持ってきたよ」
王子がキエリが休んでいるはずの部屋の扉をノックしたが返事がない。
胸騒ぎがして、扉を開けると窓が開け放たれていた。
「キエリ‥‥?」
机の上にたたまれた紙が置いてあり、拙い字で皆様へと書かれていた。
机の上に食事を置いて、急いでその手紙を手に取る。
みなさまへ
きゅうな、おわかれをゆるしください。
わたしはたくさん かくしごとをしました。ごめんなさい。
でも
コンゴウさん、エレドナさん、クイナ、グイス、おうじさま
だいすきです。
たくさんたいせつにしてくれて、ありがとうございました。
たくさんのしあわせをありがとうございました。
キエリ
王子はぐっとキエリの手紙を握りしめ、急いで部屋から飛び出した。
キエリは、屋敷から一人歩いて街まで歩いてきていた。
通り過ぎる人々がキエリに好奇や同情、気味が悪いといった視線を向けてきていた。
その視線が痛く感じて、キエリは狭い路地裏に入り込んだ。
(どうして? 今までなんとも思わなかったのに?)
「痛い‥‥苦しい‥‥」
からだがどんどん重く感じ、キエリは路地裏の奥に座り込んだ。
からだを動かそうとするとぎこちなく、まるでぎしぎしとからだが音をたてているようだった。
「‥‥‥もう、時間なのかな。思ってたより早い」
「そりゃ、アナタが無理に魔力を使ったからガタがきたのよん」
キエリの頭上から声が聞こえ、キエリがゆっくり顔をあげると、金髪カールの露出度の高い服を着た女性が立っていた。
「ゼノ‥‥」
「んもう、ずいぶんと無茶したのね」
「無茶?」
「あらやだっ、気づいてないの? あの呪い、まさか皆の気持ちが伝わって呪いが解けた!とか、思ってないでしょうね?」
「あれが解けたのは、アナタの魔力のおかげ。言ったでしょ? アナタには魔力が溢れてるって」
魔女のゼノはかがみこんで、キエリの鼻をとんとつついた。
「でも、わたし魔法なんて使えないよ?」
「使ってたわよ。その度に疲れて寝てたじゃない? アナタがあのオウジサマとふれあうたびに、アナタは魔力を彼に渡していたわ。トドメはあのキッスねん。んもう、大胆」
「そう、なんだ‥‥だったらよかった‥‥それで呪いが解けたなら、わたしにとって一番うれしいよ」
「良くないわよ! おかげでアナタを観察できる日にちが減ったじゃない!」
「それは、ごめんなさい‥‥」
「ま、嘘だけど。もう十分だわ」
「そう‥‥」
ゼノはずっとおちゃらけていて、ぷりぷりと怒り出し、頬を膨らませたかと思えば、嘘だと言ってにんまりと笑い出す。
しかし、キエリはそれに反応する気力は失っていた。
「もう、つまーんなーい! もっと反応プリーズ!」
「ごめんね‥‥でも、そろそろみたいだから」
キエリは、頭ががくっと下がりゼノを見上げていられなくなった。
「ねぇ‥‥ゼノ」
「なぁに?」
「‥‥‥こわい‥‥」
「‥‥‥」
「もどるのが‥‥‥こわい」
キエリは声が震え、かすれていた。
「んふふ、恐怖なんて立派な感情もてたのね。アナタって最初に比べて随分成長したと思うわ。素晴らしいじゃない」
にんまり笑っていたゼノは、キエリの隣に座って、からだをもたげた。
キエリの膝の上に涙の粒がぽたぽたと落ちた。
「ほんとうはもっと‥‥みんなといっしょに、いたかったの‥‥」
ゼノがもたげていたからだはいつの間にか消え、ゼノの隣にはキエリによく似た崩れたぼろぼろの人形が座っていた。
ゼノが人形の頭をそっと撫でた。
「キエリ、やっと一歩踏み出せたじゃない」
「ちょっと見てみたくなったわ‥‥」




