喜びと陰り
朝になり、王子が目を覚ますとなんだかいつもと視線の位置が異なることに気付いた。
「なんだ?‥‥っつ!?」
声に淀みがなくなっていることにも気が付き、手でのどを押さえる。
その押さえた手も毛で覆われていない。
「うわ‥‥うわあ!!?」
寝台から勢いよく立ち上がると、着ていた服がぶかぶかすぎてずり落ちて裸になったが、かまわずぐるぐると見回し、自身のからだを隅々まで確認する。
「本当に? ゆめ‥‥そうだ、夢じゃないか?」
思いきり頬をつねってみると、くっきりと痛みが感じられた。
「ゆめ‥‥じゃない」
王子は鼻の奥がツンとして、まもなく琥珀色の瞳から、ぼろぼろと涙が流れた。
「解けた‥‥呪いが解けた!!」
今すぐ部屋を飛び出したかったが、とりあえず毛布をぐるぐるとからだに巻き付けた。
しかし、こんな状態でうろうろできず、こそっと扉を開けて廊下を確認すると、誰もいなかった。
「誰か! 誰か来てくれ!」
叫んでいると、コンゴウが急いで走ってやって来た。
扉からのぞく顔を見ると、コンゴウは泣いて膝から崩れ落ちた。
「殿下っ‥‥あぁっ、こんな日が来るだなんて‥‥」
そんなコンゴウを見ると、先ほど泣いたばかりの王子だったが、笑顔のまま再び涙が流れ出てきた。
「コンゴウ、今まで苦労をかけたな‥‥」
「いえっ、滅相もございません! 急いで着替えをご用意いたします」
「あぁ、頼む」
王子の呪いが解けたことはすぐに屋敷中を駆けまわった。
すぐに王と王妃、それから屋敷の使用人たちが王子のもとに集まってきた。
「あぁ、私たちの可愛い息子! その顔をよく見せて」
「本当に良かった! 呪いが解ける日が来るだなんて!」
「父上、母上‥‥」
王妃が王子の顔を両手で包んで愛おしそうに眺めた。
王も人目をはばからず、王子をぎゅっと抱きしめた。
王子は、今度は人間に戻った両手で愛する両親を抱きしめた。
「うぅぅ‥‥ひっくうぅ」
「そんなに泣かないでおくれエレドナ」
「泣きますともっ! あぁ、またきれいな殿下のお顔が見られるだなんて‥‥生きててよかったです」
エレドナがハンカチが絞れるほど泣いてしまって、王子は困ったように笑っていた。
「‥‥っぐす。ははっ、なんでい、戻ったじゃんか‥‥は、ははっ」
グイスは、笑いながらも喉が震えていて、鼻が赤い。
「グイス、今まで本当にすまなかった。お前の大事な楽器だって怒りにまかせて壊してしまった‥‥」
「もういい‥‥だなんて言わないですからねっ! これから、きっちり俺の音楽にも酒にも付き合ってもらいますよ」
「あぁ」
グイスがぱっと明るく笑うとフェリクスもにこりと笑顔になった。
「わっ、殿下って男性が見てもかっこいいんだ‥‥」
少し輪から離れて王子を見ていたクイナがぽつりと呟いた。
「でも、よかった‥‥キエリもやっぱり嬉しいよね?‥‥あれ?」
何故かこの場に当たり前のようにいると思っていたキエリが居ないことに気付いた。
「キエリ?」
きょろきょろと辺りを見回して、呼びかけても返事がない。
「どうやら、キエリは眠っているようなんだ‥‥扉をノックしても返事がなくてな」
クイナの様子に気付いた王子が疑問に答えを出した。
「寝ているのですか?」
「まぁ、まぁ! こんな喜ばしい日にお寝坊だなんて! あたしが起こしてきますわ」
「それなら、俺も行こう。キエリも驚くだろうな」
エレドナと王子がキエリを起こしに行ってしまい、残された王と王妃たちは従者に王子の呪いが解けたということを貴族や国民に伝えるように指示をだした。
キエリは王子の呪いが解けたことも知らずに、眠っていた。
そこの部屋にするりと入り込んだ影、その影の手にはきらりと光る刃物が握られている。
ゆっくりとキエリが眠る寝台に近づく。
「あんたのせいで‥‥あたしは、あたしはっ!!」
おぞましいほどの憎しみがにじんだ声は、さすがに眠っていたキエリの目を開かせた。
(? なんの音?)
目が覚めて、まだぼーっとするなか、からだを起こそうとしたが、急に押さえつけられ、思うように起き上がらなかった。
「いやっ! 何!?」
一気に覚醒したキエリは、自分が襲われていることに気付き、足で相手を止めながらじたばたともがいた。
「暴れるんじゃないわよ! あんたのせいで、あたしは仕事をなくしたのよ! せっかくここまで上りつめたのに!」
ヒステリックに叫び、キエリに馬乗りになっているのは見覚えのある女性だった。
「あなたっ、あの時のメイドさん!?」
キエリの姿を見て悲鳴をあげて部屋を退出させられたメイドだった。
キエリは彼女を擁護していたが、どうやら仕事をやめさせられたようだ。
彼女の手にはナイフが握られていて、容赦なくキエリの顔めがけて振り下ろされた。
間一髪のところで横に避け、髪の毛が少し切られたが、メイドの腹を蹴飛ばして寝台から抜け出した。
「待ちなさいよ、この化け物っ! あんたにもっと傷を増やしてやるわ!」
キエリは振り返る余裕はなく、足がもつれながらも扉に向かった。
「キエリっ!? 開けるぞ!」
すると、扉の外から聞きなれない男性の声が聞こえてきて、性急に扉が開かれた。
「っつ! なんだ貴様!?」
男性はキエリを見てからすぐに異常な女性がいることに気付き、即座に女性を拘束しナイフを部屋の端に蹴飛ばし、床に押さえつけた。
「まさかっ、で、殿下!? い、いやあ! 放して!!」
男性の後ろにいたエレドナが急いでキエリに駆け寄った。
「キエリ! キエリ大丈夫?」
キエリがエレドナに支えられて、助けてくれた男性を見る。
「エレドナさん、あ、あの人は? もしかして、王子様ですか?」
「えぇ、そうよ、でも呪いが解けた喜ばしい日にこんなことが起こるだなんて」
「エレドナ、キエリを安全な部屋にそれから護衛の騎士も連れてきてくれ」
「かしこまりました。さ、キエリおいで」
キエリは、ちらりと下敷きにされてもがくメイドを見る。
キエリを忌々し気に睨みつけてくるメイドはさらにヒステリックに叫び出した。
「この化け物っ! 人間のふりして紛れ込むなんてっ、気持ち悪い!」
「‥‥っ!」
王子がメイドを拘束する手に骨が折れてしまうのではないかというほど力を込める。
「彼女を侮辱するな‥‥お前は大人しく処分を待っておけ」
「ひっ!」
低く暗い声で脅され、メイドはすすり泣きながら黙り込んでしまった。
キエリはメイドの声が頭の中で響く中、エレドナに連れられて、部屋をあとにした。




