自分の気持ちに
キエリたちは庭にある椅子に座り、お菓子とお茶を囲みながら会話をすることになった。
キエリは、王と王妃にかなり質問攻めされることとなったが、キエリは答えられない質問の方が多く、王子がそれを制して早めにキエリへの質問を切り上げさせた。
王子は質問の答えにいい淀んでいるキエリを見るとどうしようもなく不安になった。
「申し訳ありません。答えられないことばかりで‥‥」
「いや、いいんだ。むしろすまないね、質問攻めにしてしまって」
王が優しく微笑むと、キエリは、申し訳なさそうに眉を八の字にしながら、ふるふると首を横に振った。
「うふふ、でも本当にキエリさんはフェリクスのことが好きなのね。あなたのお話しにはずっとフェリクスがでてくるもの」
「そ、それは‥‥」
(それ以外にわたしには何もないから‥‥)
キエリは困ったように俯いた。
「母上、キエリを困らせないでください」
「あら、こんなにフェリクスのことを好きでいてくれる人がいるのが、私は嬉しいだけよ」
王妃は、にっこりと微笑む。
「わたし以外にもコンゴウさんやエレドナさん、クイナさん、グイスさんも王子様のことが大好きですよ」
キエリが無邪気に言うので王妃は毒気を抜かれたように笑った。
王妃と王は少し用事があるからと席を外し、キエリと王子だけ取り残された。
(お二人ともとてもお優しかった。‥‥わたし失礼なことしてしまっていないといいけど)
「キエリ」
「あっ、はい」
キエリが考えことに耽っていて、王子の呼びかけに反応するのに遅れて返事した。
「疲れただろう? 父上と母上は本当はもう少し落ち着いているのだが、どうにも興奮してしまっているようで」
「無理もないですよ。だって、久しぶりに王子様にお会いしたんですよね? 嬉しくてたまらないはずです」
「‥‥そうだな」
キエリは、穏やかに王子を見つめる。
王子の感情が最近目に見えるようになってきており、この屋敷で初めて出会った時よりもずっと凶暴さはなくなっていた。
心なしか王子の牙と爪は小さく収まっている気がした。
「キエリ、最近不便なことはないか?」
「いいえ、皆さんにも王子様にもとてもよくしてもらっているので‥‥」
キエリがにこりと微笑むが王子は目を伏せて唸った。
「本当か? なら、どうしてずっと浮かぬ顔をしているのだ?」
「大丈夫だと言っていたが、ずっとだ‥‥よほどのことがあったのではないか? もしや、何か言われたか?」
「違います! 本当に何もないですからっ、大丈夫ですから」
「キエリ‥‥」
王子は、キエリの目の前に跪いた、跪いても座っているキエリよりも視線は高い。
「俺は、お前に助けられた‥‥だから、こんな俺だが、できることならなんだってしたい」
王子が爪を立てないようそっとキエリの頬に触れる。
キエリは、王子の温かな手が心地よくて少しだけすり寄った。
「王子様、わたしは十分すぎるほどに王子様からたくさんのものを貰いました」
「でも‥‥あの‥‥」
キエリは、ある願いの言葉がのどまで登ってきたが、それをぐっと飲み込んで、別の願いにすり替えた。
「王子様‥‥もし、迷惑でなければまた字を教えていただきたいです」
「教えるのをやめたつもりはないぞ。だが、まだ今日は中途半端だったな。今から書庫に行こうか?」
「はい」
キエリは笑顔で答えて立ち上がり、王子と共に書庫に向かった。
夜になり、王子がキエリを部屋の前までおくりとどけてくれた。
「今日は疲れただろう。しっかりと眠るといい」
「はい‥‥あっ」
「どうしたっ?」
キエリが急に思い出したように声をあげたので、王子は思わず身構えた。
「王子様、お顔をかしてください」
「?」
キエリが手招きするように腕をはたはたさせるので、王子はキエリのすぐそばに顔がくるようにかがみこんだ。
キエリが王子の顔の横にやってくると、キエリは王子の顔に触れた。
触られたのは人間でいうほっぺあたりのところで、王子はどうしたのかと思ったがじっと動かなかった。
半分の腕で王子の獣の毛をかき分けたと思えば、キエリの顔が近づき、ちゅっという音とともに小さな柔らかい感覚がした。
「っつ!?」
「読んだ絵本の中に書いてありました。いい夢を見るおまじないだって‥‥背中ぽんぽんしてくださったお返しです」
「‥‥‥」
王子は、黙ったまま固まってしまった。
「では、おやすみなさい」
キエリは、王子から離れて部屋の扉に向かおうとしたが、王子に突然腰を掴まれて驚いて振り向いた。
「キエリ、今のは他の誰かにしたのか!?」
「い、いえ、してませんよ」
「絶対にやるんじゃないぞ! いいな?」
「は、はい‥‥?」
切羽詰まったように王子に迫られて、勢いのままキエリは頷いた。
キエリは、部屋に戻ると突っ伏すように寝台に寝転がった。
(本当だ。今日はとっても疲れたみたい‥‥からだが重いや‥‥)
(あの子、どうしてあんなに焦っていたのかな?)
キエリは、考えたかったが眠気の方が勝り、重い瞼をゆっくり閉じた。
王子は、ひとり寝台で仰向けになり放心していた。
(なんだ、これは?)
心臓がある部分の胸に手を置くと伝わってくるぐらい心臓がどくどくと鼓動していた。
(いや、まさか? キエリが大事だというのは、その‥‥同情心とか‥‥きっとそういうものだ)
ひとり心の中で誰にも聞こえない言い訳を探している。
(だが、キエリが他の者にキスをするのを許せるか!? 絶対無理だ!!)
無理やり眠るべきかと目をつむると、キエリの笑顔がはっきりと浮かぶ。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き心臓を落ち着かせる。
もう、言い訳を見つけることができなくなっていた。
目を開いてもキエリのことが頭から離れなかった。
(言い訳ばかりだ‥‥やめよう)
「俺は‥‥俺は彼女が好きだ‥‥」
絞り出した言葉は、すとんと心の奥に落ちて、からだ中を熱く巡っていった。




