わたしの役目
朝、キエリは寝台の上で目が覚めた。
「ふぁ‥‥頭がなんだかぼーっとする」
キエリは、ぼーっとする頭を垂れて、目が覚めるまでじっと待っていると、じんわりと昨日のことを思い出す。
(昨日は‥‥そうだ。あの子に歌を聴いてもらって‥‥それから、一緒に踊って‥‥お酒を飲んだんだっけ)
(お酒飲んで‥‥あの子とお話しをして)
「あ!」
キエリは、あることに気付き思わず声をあげた。
「名前‥‥呼んでもらえた‥‥‥ふふっ」
にやけ顔になって、寝台から元気に飛び起きた。
身支度を整え、扉を開けると廊下をすぐ出たところで王子の姿が見えた。
「おはようございます。王子様」
王子はキエリの姿を見つけると、こちらに歩いてきてくれた。
「おはよう、キエリ」
(夢じゃなかった!)
キエリは、またにやけ顔になった。
「キエリ、手伝ってほしいことがあるんだ。いいか?」
さらにキエリは、初めて王子に頼られて嬉しさでどうにかなってしまうかと思った。
「はい、はい! わたしにできることなら、なんだって!」
確実に王子との距離が縮まっていくのを感じられた。
それが嬉しくてたまらなくて、なんだかこの日々がずっと続いてくれたらだなんて願ってしまう。
王子は、書庫で白紙の便箋と向き合っていた。
隣でキエリがそれを見守っている。
王子は、キエリの手伝ってほしいと言ったのは王と王妃宛や友人宛の手紙を書くことだった。
ただ、キエリは文字は書けないので、ただ見守っている。
(大丈夫かな? ずっとこうして向き合っているけれど‥‥)
王子は、どう書いていいのかわからないのか、ずっと白紙の手紙と向き合っては頭を抱えている。
「大丈夫ですか?」
「いや、思ったより重症だ‥‥どう書いていいか全くわからない」
「思った通りに書けばよいと思いますよ‥‥王子様の今まで感じたこと、思ったこと、それとお友達に、お父様とお母様にどうしてほしいか‥‥」
「どうしてほしいか‥‥」
しばらくまた考え込んだ後、王子の持つ万年筆が動き出した。
力を入れないように大きな手で万年筆を握っているので、正直字はうまくはないがそれでも一生懸命書いている。
キエリは、書き終わるまでずっと王子に寄り添った。
何が書いてあるかはわからないが、後悔や謝罪、そして感謝の気持ちが手紙に込められていることは理解できた。
手紙を書き終えそれをコンゴウに出すように渡した。
二日酔いが酷そうだったコンゴウは、手紙を見た途端に表情が一気に晴れ「魔道具を使ってすぐにお届けします!」と言って、行ってしまった。
「お疲れさまでした。王子様」
キエリが王子に優しく微笑む。
「ありがとう。キエリが居てくれたおかげだ」
キエリを見る王子は、少し牙をだして目を細めた。
鼻筋のところに皺は寄っていない。
「あ! 今のは笑顔ですか?」
「俺が、笑っていたのか?」
「そう見えましたよ」
「俺は、まだこんな風に笑えるのか‥‥」
王子はしみじみと嚙みしめるように呟いた。
「キエリ、礼がしたい。おいで」
王子が席に座るように指を差し、いくつか本を持ってきた。
キエリはきょとんとしながら王子を見る。
「字が読めないと言っていただろう? 俺が教えよう」
「本当ですか!? あ、でも‥‥」
「これは礼だ。ちゃんと受け取れ」
キエリは、すこし気まずそうにしていたが、その瞳は新しいことへの好奇心で輝いていた。
その瞳をみると、また王子は少し牙をみせた。
手紙を送ってから二日経った日に、突然屋敷の玄関扉が開けられた。
入ってきたのはこの国の王と王妃、後ろに何十人かの従者や護衛騎士もいた。
「フェリクス! 私たちの息子はどこ!?」
「王様に、王妃様!? どうしてこちらに!?」
玄関ホールにいたコンゴウは目が飛び出してしまうかというほど驚いて、大きい声が出てしまった。
「移動魔法を繰り返して急いで来たのだ。コンゴウ、わたしたちの息子は?」
王が焦ったようにコンゴウに詰め寄った。
「今でしたら、書庫におられます」
慌てていたコンゴウだったが、とにかく気持ちを切り替えて、従者たちには待機してもらってすぐに書庫に二人を案内した。
「これは‥‥彼女は街に出かけた。と書いてあるのですか?」
「そう、キエリは覚えがいいな」
今日もキエリにお礼と称して王子はキエリに字を教えていた。
「フェリクス!!」
「我が息子よ!!」
勢いよく書庫の扉が開かれ、王と王妃が入ってきた。
「父上!? 母上!?」
これには王子も驚いて、琥珀色の瞳が大きく見開かれた。
キエリは状況がわからず、ぽかんとしている。
駆け足で王と王妃はフェリクスに近づき、自分たちのからだよりずっと大きくなってしまった息子を二人はしっかりと抱きしめた。
「父上、母上っ‥‥あのっ」
「何も言わないでっ‥‥」
「‥‥‥」
王子は、両親を傷つけないように気を付けながらゆっくりと抱きしめ返した。
王子から唸る声と鼻をすする音が聞こえてきた。
キエリは、三人の様子を見て本当に良かったと胸をなでおろした。
邪魔をしてはいけないと立ち上がってその場を去ろうとした時、王妃に呼び止められた。
「待って! あなたキエリさんね」
「はっ、はい!」
キエリは、初めて出会う王妃と王に対して緊張してしまっていた。
王妃は美しい人でゆったりとした黒髪をきれいに結ってある。
瞳の色はどうやら母親似らしい。
王も一見厳しそうだが端正な顔立ちだった。
「お礼を言わせてちょうだい。手紙に書いてあったわ、あなたが息子の心の支えになったって」
「王子様が‥‥?」
キエリが驚いて王子を見ると、王子は少し恥ずかしそうに俯いていた。
キエリも嬉しさと気恥ずかしさで頬が染まった。
「えぇ! どんな可愛らしいお嬢さんかと思ったら、想像以上に可愛いわ!」
「あの、いぇ、わたしはそんな‥‥」
足をもじもじとさせながら俯く。
王妃は穏やかに微笑んでキエリをぎゅっと抱きしめた。
「初対面なのにごめんなさいね。でも、これ以上ないくらい私たちは嬉しかったの‥‥本当にありがとう」
王もキエリを穏やかに見つめる。
「ありがとうキエリさん。私たちの息子に寄り添ってくれて」
「王妃様‥‥王様‥‥」
キエリは、二人の感謝の気持ちと二年間の我が子との溝が埋められていくことへの喜びが伝わってきて、思わず水色の瞳から透明な涙が流れた。
それから王と王妃、それから王子は使用人ひとりひとりにお礼が言いたいとお礼回りに出ていった。
キエリは、嬉しさがずっと心からあふれ出してしまうのが止められず、にこにこと笑顔で自室に戻った。
(よかった。あの子、ご両親と仲直りできて、きっと他のお友達とも仲直りできるよね)
(なんだか、ほっとしたら気が抜けちゃった‥‥)
キエリは、寝台に倒れ込みぼーっと天井を眺めた。
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「やっほー! オツカレチャン?」
「もしかして、ゼノ?」
声の主はキエリの部屋にはおらず、キエリもそんなに驚く様子もなく話を続ける。
「そうよん、世界一の魔女、ゼノちゃんでーす!」
「どうしたの? 話しかけてきたことなんてなかったのに」
「そりゃあ、忘れてそうだったから忠告しにきたのよ! もうすぐよ、もって‥‥一週間ちょい?」
キエリは、一気に現実に引き戻され、温かった心がすっと冷えていくのを感じた。
「うん‥‥わかったよ。ありがとう」
「ほんとにわかってるかしら? オウジサマとあんなに距離詰めちゃって、寂しがっちゃうわよ? あぁ、泣きわめいちゃうかも!」
「‥‥そうかな‥‥もう、わたしが居なくても大丈夫だよ。あの子を大事に想ってくれる人たちが大勢いるもの‥‥」
「キエリ、アナタって優しくて残酷ね。それに自分の価値をわかってない。もしくは、気付きたくない?」
「‥‥‥そう、だね」
キエリは、ごろんとまわりうつぶせになった。
「‥‥‥」
「‥‥‥‥本当は‥‥‥わたし」
「‥‥‥」
「ううん、これでいいんだよ」
どこからともなく聞こえる声は大きくため息をついた。
「ま、ある意味しょうがないわね。アナタは望むことに慣れないものね。これだけできたのなら十分、か‥‥」
「でもね、望まないと手に入るものも手に入らないわよ」
「じゃ、あとはお好きになさいな。次は直接会いまショ」
それを最後に、声は聞こえなくなった。
「望み‥‥わたしの望むものはあの子の幸せだけ‥‥もう、わたしの役目は終わったんだよ」
キエリの震えた声は寝台にくぐもって、誰かに聞こえることはなかった。




