みんなの気持ち
キエリ、グイス、クイナは作戦の最終会議を行っていた。
「歌はまぁ、いい感じだろう」
「ありがとう。グイスのおかげだよ」
「だが、最後にして最大の難関がある」
「なに?」
「どうやってあいつを呼び出すか、だ」
いくら少し話せるようになったと言っても、王子が音楽会があるといって素直に来るという構図がグイスとクイナには浮かばなかった。
「わたしが約束してくるよ。きっと来てくれるよ」
キエリは、にこりと笑って腕をぱたぱたとさせた。
「よし、任せた」
「き、気を付けてね‥‥」
グイスは完全にキエリに任せきるつもりのようで、クイナは心配そうな面持ちだ。
キエリは、さっそく王子に音楽会ということは伏せて時間を貰えないかと尋ねてみると、王子は渋々承諾してくれた。
夜になり、王子はキエリに呼び出された約束の部屋に行くために廊下を一人で歩いていた。
優しい月明りが廊下に差し込んでいる。
(あいつが必死に頼むものだから行ってやると言ったが、くだらないことならすぐに戻ろう)
王子が約束の部屋の扉を開いた。
知っているはずの屋敷の一室は、花々で飾られ、ランプが天井からつらされている様は星のようで、
まるで別世界に迷い込んだようだった。
そして、窓から差し込む月明りに照らされているのは、非現実的な少女の姿だ。
普段とは異なる白色を下地に淡い青い色の生地がかかりきれいな石が散りばめられた、まるで星空のような服に身を包んだキエリが居た。
彼女の傷も途中からない腕も彼女が現実ではないと思わせる材料になっている。
化粧もしていて、前会った時よりもひときわ綺麗だった。
「あっ! 王子様来てくださったのですね!」
王子の姿を見るとキエリが花が咲いたような笑顔を咲かせて駆け寄ってきた。
彼女が走れば、腰にあるリボンが風になびく。
「これは、何のつもりだ?」
「じゃん! 音楽会です! 皆で準備したんですよ」
「みんな‥‥?」
キエリにばかり目がいっていた王子だったが周りをみると使用人ら全員が集まっていた。
グイスにクイナにエレドナに、コンゴウまでいる。
これはどういうつもりだと責める視線をコンゴウに送るがコンゴウは咳ばらいをし「たまには娯楽も必要かと‥‥」と言って、止める様子はなかった。
「さ、こっちに座ってください」
キエリが王子の背にまわって背中を押すようにして席に案内しようとしたが、キエリの力だけでは動くはずはなく王子はため息をついた後、自ら席にゆっくりと歩いて行った。
王子をはさむようにコンゴウとエレドナが座り、その隣にクイナが座った。
(‥‥こんなに皆と近づいたのはいつぶりだったか‥‥)
心の中で王子は呟き、じんわりと心がほぐされた気がした。
「うし、じゃあ準備はいいか?」
「大丈夫だよ。よろしくお願いします」
グイスがハープの前に座る。
キエリがすっと背筋を伸ばすと周りの雰囲気がしんとして澄み切っていく。
ハープの優しい音色が部屋に響く。
月明り 照らす 君の姿
怖くて 震えてる 小さな姿
凍える 月日は過去に流れても
暗闇が纏わりつく
それでも また日は昇る
暖かな 春を運ぶ
不揃いな白色の花びらは 君を優しく包み込む
虚ろに微睡む 琥珀色の瞳は
穏やかに目を覚ます
恐れないで 君の傍にいる
怯えないで 君の傍にいる
~♪
キエリは澄み切った芯のある声で歌い、蝶が飛ぶように舞う。
彼女の長く銀色の髪が月明りに輝き、舞いは彼女の内の美しさを見せつけ魅了する。
観客となった者たちは音楽と踊りに魅了され惚けてしまっていた。
…♪
キエリとグイスが深くお辞儀をし、歌は終わりを告げた。
キエリたちが顔を上げるとみんな感激したように拍手を贈ってくれた。
エレドナは、感動して涙ぐんでいるのかちょっと鼻が赤くなっている。
キエリは、視線を王子に移し、微笑みながら王子の目の前に駆け寄った。
「どうでしたか?」
「わざわざ練習したのか」
「はい! グイスと一緒に練習しました!」
「‥‥‥‥」
王子は怒るわけでも、何か言うわけでもなく目を伏せて静かに考え込んでいる。
反応のない王子の顔をキエリが覗き込むと静かに王子は口を開いた。
「‥‥‥ありがとう」
とても小さな声だったが、はっきりと聞き取れた。
キエリは、大きな瞳をさらに大きく見開き固まった。
周りの使用人たちも固まって、王子を凝視する。
「王子様が‥‥ありがとうって‥‥ふふっ」
キエリは、口に出すと嬉しさの実感がわいてきて、ここにきてから一番輝く笑顔を放った。
王子は、キエリの笑顔にあてられて顔を片手で覆って顔を背けた。
グイスがニヤッと笑って、楽器をヴァイオリンに持ち替え、殿下にぱちりとウィンクした。
「んじゃ、せっかくだし、こっからは皆で踊るか!」
エレドナが嬉しそうに席から立ち上がった。
「あらいいわね! ほらほら、コンゴウも立って!」
「私も踊るのか?」
「相手がいないと踊れないじゃない!」
エレドナがぐいっとコンゴウの手を引っ張って立ち上がらせた。
「んじゃ、殿下はキエリに踊りを教えてやってくださいよ」
「なっ、俺が?」
「ちゃんとリードしてやってくださいね」
グイスは、有無を言わさずヴァイオリンを奏で始めた。
王子がキエリを見ると、キエリは期待に満ちたきらきらとした視線を向けていた。
王子は、諦めたようにため息をついた後、まっすぐキエリを見て大きな手のひらを差し出した。
「いいのですか? わたし、これはうまく踊れるかわかりませんが‥‥」
「いい、別に公の場ではない。気にするな」
大きな手がキエリの腰を支える。
キエリを傷つけないように半分だけの腕を力を入れないように握る。
「痛くはないか?」
「王子様が優しく握ってくれるので痛くないです」
「そうか‥‥気負わず、からだを任せろ」
「はい」
キエリがにこりと微笑んで、王子に身を任せる。
音楽にのり、王子がリードするとキエリのからだがつられて動く。
(すごい。自然とからだが動いていく。流れていく‥‥)
グイスは、ゆったりとヴァイオリンを奏でていく。
踊りを遠慮してグイスの隣に席を移していたクイナは王子と踊るキエリの綺麗な姿を見守っていた。
音楽に合わせて、王子がキエリのからだをしなだれさせる。
からだが戻り、次はくるりと回る。
キエリは、なんだか夢の中みたいで、ふわふわとからだが浮いているような不思議な気持ちになった。
王子の琥珀色の視線と重なる度に心が舞い上がる。
(あ‥‥どうしよう。また、幸せになってる)
音楽が終わり、踊りも終わってしまった。
(終わっちゃった‥‥)
「ありがとうございました。とっても楽しかったです!」
「あ、あぁ‥‥」
キエリがにこっと微笑んで王子から離れようとすると、王子はハッとしたようにキエリから手を離した。
「キエリ、お疲れさん」
グイスがにこりと微笑みながら、キエリの頭をよしよしと撫でた。
キエリは振り向いてグイスに笑顔をみせた。
「グイスもお疲れ様」
「‥‥‥」
グイスは、王子の視線に気づき、いじわるな笑みを浮かべながらキエリの頭からパッと手を離した。
「うし、頑張ったらご褒美がないとな!」
グイスが部屋の端に置いておいた鞄から取り出したのは酒瓶だった。
「またグイスさんはそんなものを用意して‥‥」
「いーじゃねぇか、今日くらいクイナ、お前も付き合え!」
「何か、つまむものでも作ってこようか?」
「さっすがエレドナ! 頼む」
コンゴウもまぁ、今日くらいはいいだろうと言った様子で準備をし始めて、クイナも結局折れたようだ。
クイナとコンゴウが机を持ってきてグイスが酒とコップを準備し、エレドナがつまみを並べる。
キエリが椅子を持とうとしたところを王子が代わりに持ってくれた。
「ありがとうございます。王子様はお酒は飲まれるのですか?」
「俺は、いい‥‥お前は?」
「飲んだことがないので、少し興味があります」
「ほどほどにしておけ」
「ほいほい! お二人さんも座ってくださいな!」
グイスがもう待てんとばかりに酒瓶を開けている。
「さ、王子様も座ってください」
キエリがにこりと笑って、王子の背中を押した。
びくともしないはずの背中は、自然と前に進んだ。




