きっと伝わる
練習を終えたキエリはまた掃除しようと屋敷に戻り掃除道具を持って廊下を歩いていると、コンゴウに呼び止められた。
「これっ! 倒れたというのに何をほっつき歩いているのだ」
「あっ、コンゴウさん。あの時はご心配おかけしました。でも、ほら今は元気ですよ」
キエリは、にこりと笑って半分の腕をぱたぱたとさせた。
元気だというアピールらしい。
「殿下をあれほど心配させておいて‥‥本当にお前が来てからというもの問題ばかりだ」
「それは‥‥申し訳ありません」
一応反省はしているのか、叱られると花がしおれたようにしゅんとする。
しかし、すぐに元気を取り戻して笑顔になる。
「そうだっ! コンゴウさん、この前持っていたお手紙って王子様宛のお手紙ですか?」
この前というのは、キエリが花を持ってきたときだ。
その時丁度、王と王妃からの手紙を持っていて、キエリはそれを覚えていた。
「そうだ。殿下宛だ。よって、貴様には関係がない」
「そうですか‥‥お手紙をくださる人がいるのですね‥‥よかった」
「それが聞けて良かったです! それでは、失礼します」
キエリは、本当にたったそれだけ聞くと立ち去ろうとしたので、コンゴウは困惑してキエリの襟首を捕まえた。
「今の質問は何なのだ?」
「え? 何と言われましても、確認ですよ?」
「だから何の?」
コンゴウは、キエリと会話しているとなんだか眩暈がしてくるように思えた。
「コンゴウさんたち以外にも王子様のことを大事に想ってくれている人がいるかどうかの確認です」
「あのお手紙はとても分厚かったので、きっと王子様のことをとても心配なさって大事に想っている方なんだろうって」
コンゴウは、苦虫を嚙み潰したようにぐっと眉間に皺を寄せ、キエリの襟首から手を離した。
「‥‥‥あれは、王様と王妃様からの手紙だ。ああやってよく殿下に送ってくださるのだ」
「最初は殿下も読んでいたが、徐々に読むこともなくなってしまった‥‥そう、まだ初めは今よりかはよかったのだ」
「突然現れたお前が殿下にあのように行動できたというのに、私はいったい今まで何をしていたのだろうな‥‥」
コンゴウは、悲しそうにしながら、ついぽろっと言葉をこぼした。
コンゴウが本当に辛そうに絞り出した言葉をじっと聞いていたキエリは、静かに口を開いた。
「コンゴウさんは、王子様と一緒にいてくれたじゃないですか」
「一緒にいた? ただ、いただけだ」
馬鹿にされているのかとコンゴウはキエリを睨みつけたが、キエリは曇りのない瞳でまっすぐ見つめてくる。
そこには侮蔑は含まれていなかった。
「コンゴウさん、王子様にとって最も悪いことって何だと思いますか?」
「最悪、だと? そんなの今の状況が最悪ではないか‥‥」
キエリは、首を横に振った。
「最悪なのは王子様が生きることを諦めてしまうことです」
コンゴウは息をのんだ。
まさか、こんな何も深刻そうに考えていなさそうなキエリにそんなことを言われるとは考えていなかった。
「どうしようもなく絶望しているはずなのに、それでも生きる選択をしてくださったのは、コンゴウさんのように王子様のことを想ってくれている人がいてくれたからですよ」
「コンゴウさんはいつも王子様のことを考えていますよね。きっと、王子様にも伝わっていると思います」
キエリは、優しい笑顔をみせた。
コンゴウは、酷く困惑して心が揺れていく。
落ち着きを取り戻すために息をゆっくり吸って吐いた。
そして、冷静さを取り戻して話し始めた。
「キエリ、お前は不思議な少女だ。人の心のうちに恐れることなく入り込む。ときに穏やかに、ときに強引に」
キエリは、褒められたのか叱られたのかわからなくて、不思議そうに首を傾げた。
「そなたは、これまで通り、私が殿下のお傍にいるべきだと思うか?」
「えぇ! もちろんです!」
疑問を挟むこともなく、とびっきりの笑顔でキエリは答えた。
「コンゴウさんは、今までもこれからも王子様にとって必要な人ですよ」
子供のような無邪気な笑顔をみせたかと思えば、今度は慈悲深い優しい微笑みを見せる。
本当に不思議な少女だとコンゴウは思った。
「だから、コンゴウさんたちが居れば、わたしが居なくなった後も安心できます‥‥」
キエリは、少し寂しそうに微笑んだ。
コンゴウは、ハッとしてキエリに一言、言おうとしたがキエリは「それじゃあ、お掃除行ってきます!」と走り去って行った。
キエリの寂しそうな微笑みがコンゴウの脳裏に残った。
中途半端だった書庫の掃除を終わらせたころには日が暮れそうだったが、キエリはクイナを手伝おうかと庭にでた。
しかし、クイナにはエレドナから倒れたと聞いていたのか休まなきゃだめだよ、と叱られ、丁度夕食を届けに来たエレドナに捕まり、キエリは連行された。
連れていかれたところは医務室でもキエリの滞在先の部屋でもなく、王子の部屋とわりと近い部屋で豪華な客室だった。
キエリは一度ここに掃除に入ったが、さらにきれいになっている気がする。
エレドナが扉を開けてキエリを手招きするが、キエリは中をきょろきょろと見渡して入ろうとしない。
「エレドナさん、ここになにか?」
「今日からこの部屋に滞在していいってさ! やったじゃないか、あんな寂しい部屋よりずっといいよ!」
「わたしが、ここに?」
キエリは驚いて目をぱちぱちとさせていたが、しばらくすると困ったような顔になった。
「お気遣いありがとうございます。でも、前の部屋で十分すぎるほどですよ?」
「まっ! あんたってやっぱり遠慮しぃだね。せっかく殿下が使っていいとおっしゃってるのだから、遠慮なく使わせてもらいな!」
「王子様が?‥‥うぅ、でも‥‥豪華すぎて気がひけます‥‥」
なかなか部屋に入ろうとせず、遠慮して動かないキエリに大きな影がかかった。
「何をしている? さっさと入れ」
「王子様‥‥」
キエリは、渋々部屋の中に入ると王子も一緒に入ってきた。
「王子様、ご用意していただいたのは大変うれしいのですが、そこまでしていただくわけには‥‥」
「不満か?」
「違います! だって、あんなに迷惑をおかけしたのに、さらによくしてもらってはどうお返ししていいか」
またあのときの「迷惑」を思い出すと恥ずかしくて俯いてしまう。
「‥‥一応、ここに滞在を許すと言った以上、また倒れられては後処理が困るというだけだ」
「なのに、お前また働いていたそうだな‥‥」
「どうしてそれをっ‥‥」
そういえば、コンゴウに掃除道具を持っているところを見られたのだから、伝わっても不思議ではない。
(コンゴウさん、王子様とちゃんと会話したんだ‥‥よかった)
「おい、聞いているのか?」
「き、聞いてませんでした」
「はぁー‥‥」
王子は、ため息をついた後、部屋の中央にあるソファを指さして、キエリに座れと合図をした。
キエリは大人しくとことことソファの前に行き、ちょこんと座った。
ソファがふかふかでやはり気後れしてしまう。
「エレドナ、食事を持ってきてくれ」
「かしこまりました!」
エレドナの弾むような声が聞こえ、さっさと食事をとりに行ってしまった。
キエリはようやく王子の意図に気付きハッとした。
「王子様、まさかまたわたしに食べさせに来たのですか?」
「そうだがなんだ?」
「駄目です! これ以上‥‥」
「また、迷惑か? 何度も同じことを繰り返すな」
「でもっ、なんだかひな鳥になったようで恥ずかしいんですっ!」
キエリは、耳まで真っ赤になりながら俯いた。あまりの恥ずかしさに耐えきれず膝を上げて丸く縮こまって膝で顔を隠した。
縮こまりすぎて、ころんと卵のようにソファに横に転がってしまった。
(うぅ‥‥言ってしまった。せっかく王子様が優しさでやってくださっているのに、でも、やっぱり恥ずかしい!)
「っぷふ」
聞きなれない音が聞こえてきて、キエリはぱっと顔を上げたがそこにはいつもの険しい王子の顔があった。
「今、笑いました?」
「‥‥‥」
王子は顔を背けて答えないが、もうそれが答えになっていた。
「うふふっ、やった。王子様が笑ってくれた」
キエリは、嬉しくてたまらなくて少し目じりを涙で濡らしながら笑った。
上機嫌になっていたキエリだったが、しばらくするとエレドナが食事を持って戻ってきて、キエリはまた恥ずかしさで悶えることになった。




