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陰府これに隨ふ  作者: 雀ヶ森 惠
2.une semaine de bonté,ou les sept éléments capitaux
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女教皇の接吻

 私はあやのの言葉に頭を殴られたような衝撃を受けた。


「……何を、根拠に」


「先ずは名前ね、人気乙女コンテンツのイケメンキャラの名前だし」


「しかし、それだけでは証拠にはなるまい?」


「jane_doe、貴方だって薄々気が付いてるんじゃないの? 男はあんな態度取らないって」


「………………」


 そうだ、確かに確かあのときアオヒツギは――


『アオヒツギ:お前の個人的事情に関心があると言ったら?

jane_doe:気色悪い男と思うだけだ、このゲームはネカマばかりだからな。

アオヒツギ:なるほど、男に詮索されたくないというわけか。

jane_doe:当然だろう。

アオヒツギ:ではぼくを特例としたまえ。して「虎」とは何だ?』


 私に興味を抱いていてもいた……? さらには、


『アオヒツギ:そうだ……だからTiger chaser同志は相容れない、敵なんだ。

jane_doe:何故敵の筈の私と話を?

アオヒツギ:わからない、ただ……

jane_doe:ただ?

アオヒツギ:お前はぼくを混乱させる名人だな、もういい! 回線を切る!』



『お前はぼくを混乱させる名人だな、もういい!』



 あ……

 これではまるで、その……


 私が恋に不慣れで鈍感で莫迦な男のようではないか。


 急に私は画面の前で恥じ入った。

 意中ではなくとも女性から好意を向けられていた事を無下にした、なんと愚かな男だと!



「……oe、jane_doe?」


「あ、ああ……」


「もう何度呼んでも気が付かないんだから、そんなに吃驚するようなこと?」


「私にとってはね」


「男だと思い込んでいたのね、アオヒツギが女性プレイヤーだって噂はかねがねあったわよ、掲示板でさえもね」


「そうなのか……一人称か、矢張り」


「態度、名前、一人称。そのあたり見てくとわたしからは女性にしか見えないけどね、あの人。ただ荒らしは荒らしなんで監視対象よ、当然じゃない?」


 アオヒツギはあやのは私のことも監視対象にしていると言っていたが……それともTiger chaserは監視対象なのか?

 どうでもいい。


「さて、一旦ログアウトしましょう。まだ日が高いし、まるちゃんにはわたしからメールを送っておくわ」


 そう言ってあやのは消えた。


 私もPCの電源を落とすとロフトで眠りに就くことにした。




 赤い空の茫漠たる薔薇色の雪原が、目の前に広がっている。

 ああ、ここに来るのは何度目か――


 雪原に現れるのは女教皇-百頭女かはたまた虎か?

 だがそこに現れたのは意外な人物であった。


 タマキ。


 何故ここに?

 それは昨晩あった時のタマキとは異なる、黒いゴシック調のドレスに身を包んだ『王』としてのタマキであった。

 彼女は――南面する。『坐北朝南』、南面して易を立てる。


 "預言者エノスがキリストを打ち破ると、地上と惑星は地獄に落ちて世界が浄化される"

 ではその英雄たる預言者は誰で、偽りの王、世界の王であるキリストはいったい誰だというのか?


「『王』とは世俗の王侯のことではない、決して」


 その声はタマキのものではなかった。

 Tru'nembraのパーティーで聞いたあの黄色いコートの未知の人物の、男とも女ともつかない声に他ならなかった。


「タマキ?」


 タマキは救済されるべき墜ちた信仰-智慧なのか?

 彼女の救済者は――

 救済者はいずこに?



「居やしないよ、そんなもの」


 嘲笑と共に現れた、青いベールを被った女教皇が雪原で、ほぼ同じサイズのタマキを抱いて立っていた。


「それともなんだい? おまへが彼女の救済者の積もりかい」


 そういうと女教皇は目を閉じてタマキに接吻(くちづ)けた。

 その様はあまりにも官能的で――


「止めろ!」




 そこで目が覚めた。

 空調のせいで喉はカラカラに乾いていた。


「畜生、女教皇めタマキまで持ち出しやがって……!」


 ロフトを降りると、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを口にする。

 付けっぱなしの腕時計は午後6時。未だいろいろと早い、私はコートを引っかけてコンビニへ出かけた。


 すっかりクリスマス色は失せてお正月フェアを開催してる(クリスマスの残滓がそれでも店内のあちこちに認められたが)、これは日本人独特の感覚には違いない。

 ホットスナックのチキンとサラダ、チューハイを購入して帰宅した。煙草はまだあった。


 デスクで食事を摂りながら、私はヨハンナとタマキの接吻こそが『虎』なのではなかったのかという思いに、捉われ始めていた。

 何度思い出してもあの感覚、ぞっとする。


 それを念頭に私はタブレットでPCの画面に描き出した。

 描きながらも思っていた、莫迦げたことだと。

 だが描画されてゆく二人の口づけはこの上なく甘美で、私は狼狽を隠せない。

――なんだこれは?

 『虎』

 お前がそうか、その(すがた)が……


 それを強引に中断して、私は画面隅の時計を見た、21時を過ぎている。そろそろD.D.T onlineにログインすべきだろう。

 久しぶりにまるこめXにも会う気がしていた、たった数日のことなのに? 全てが懐かしい――


 そうして、私は今宵も『彼女』になる。

 果たして、アオヒツギの返答は……? あやのは確か二日の猶予を返答に与えると言った。

 どうするのだ?


 この冬は終わらない。

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