幻夢郷よりの……
「あやの……無事だったのか!?」
「お陰様でね? わたしについてあれこれメールした人はもう判ってるけど」
淡々と事実を述べながらもあやのはアオヒツギを警戒しながら、話を進めていることは明白であった。――荒らし、そう彼はアオヒツギを断定したのだから。
「ああ、Wiiフィットトレーナー某氏だろう? 彼はどうやって私のアドレスを割り出した?」
「決まってるじゃない、ハッキングよ、電源入れっぱなし、ネット繋ぎっぱなしで放置だった私のPCを覗き見たのよ」
「彼は大学のゼミの同輩では?」
そこまで言って私はまずいぞ、という表情を取らざるを得なくなった。今の情報はアオヒツギには聞かれたくない類のものだったろう。
案の定あやのは渋い顔をになったが、ここで意外な提案をする。
「どうするアオヒツギ? 二者択一。NPC狩りや荒らし行為を止めてその高レベルでわたし達に協力するなら、wikiに記載されてる事項を削除してあげるし、外部掲示板でも極力いい噂を流すわ? 断るなら永久に独りで『生命なきものの王の国』を彷徨い続ける、正式実装後もずっとね……」
「断ると、言ったら?」
「貴方はこのゲームでさぞ苦戦を強いられるでしょうね、『虎』に対してもjohn_doeに対しても」
「成程、で、それがjohn_doeにIDが振られてないことにどう関係が?」
アオヒツギは挑戦的な目であやのを見遣ったが彼は少しも動じていない。
「少し前――わたし達貴方に助けられたわね、その、下級の奉仕種族と呼んでいたクリーチャー」
「あやのが運営に問い合わせるも、知らぬ存ぜぬの一点張りだったやつか?」
「それよjane_doe。で、今度はわたしjohn_doeについても問い合わせしてるのよ、どうだったと思う? 質問を変えましょうか、アオヒツギ。貴方はあのクリーチャーについて知ってるわね?」
一瞬、灰色の眸が動揺に霞んだ気がした。
「――あれはシャンタク鳥だぞ? それもあの時のお前たちの力で倒せるはずのないものだ」
「そうね、わたしもあの後調べたから知ってるわ。そして最初運営はjohn_doeなんて知らないし、PCだとしたらプライバシーポリシーに抵触するから答えられないという回答だったのよ」
衝撃のあまり私は言葉を失った。この運営はいったい何なのだ?
また二人だけが知ってるのも癪なので、背後で私はシャンタク鳥について検索をかけた――
>ドリームランドの北方にある薄明の地インクアノクの、広大な縞瑪瑙の採石場の洞窟に巣を作り生息している。ナイアーラトテップら蕃神 (外なる神)に仕えている下級の奉仕種族。レンの商人の家畜。
すりガラスをひっかくような声で啼き、霜と硝石にまみれた翼とたてがみの生えた馬のような頭部を持ち、象よりも大きな体は羽毛ではなく鱗に覆われている。
宇宙空間をも飛ぶことができ、騎乗者が油断しているとアザトースの玉座に飛んでいってしまうと言われている。ナイトゴーントを極端に恐れており、彼らに遭遇するとすぐに退散してしまう。
インクアノクの巣の中央には、シャンタク鳥たちの始祖がいるという。
この辺り、あやのとアオヒツギの共通認識らしい。
「でも今後あれだけの騒ぎを起こした彼について普通のPCなら処罰対象、ううん垢BANも充分ありうるけど……若しまだあの世界をウロウロしてるとしたら? そして既に彼の目撃例があるとしたら」
「運営が一枚嚙んでるな」
「そういうことよ、アオヒツギ。IDがないのもこれで納得いったかしら? も一度質問するわ、わたし達に協力する気はある? 勿論そこのjane_doeも一緒よ――」
だが彼は非常に渋い表情になり俯いてしまった。
どうしたというのだ――?
「早急に答えろとは言わないわ二日待ちましょうか、長いくらいだけど」
「了承した、少し……考えさせてくれ」
するとアオヒツギは私のマイハウスからすっと消えた。ログアウトしたのだろう、彼の居た足元にべたべたした黒いものが残っていたが短時間で消えてしまった。
「しかし何故アオヒツギは私同様助かっている? それにあやの、消えていた経緯を説明してほしいのだが」
「待って、そんな一遍に訊かれても! 順を追って説明していくわ。それに今晩はまるちゃんとも逢いましょう? それに――」
「それに何だ?」
「誤解してることがあるわね、アオヒツギ。あれ中身は女よ?」
この冬は終わらない。




