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陰府これに隨ふ  作者: 雀ヶ森 惠
2.une semaine de bonté,ou les sept éléments capitaux
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疾走する白貂または獅子

 その日小さな学生服の私は、嫌われ者の理科教諭である和田の作った期末テストを同輩たちと受けている。単元はフレミングの左手の法則。

 皆、莫迦みたいに左手の指三本を90度に開きこねくり回している。

――愚かなことだそんなことをしていても時間の無駄だし、回答には辿り着けない。


 磁界、電流、力。私は問題用紙の図の中に直接左手の絵を描き込んだ。これで解は完璧だった。筈だ――


『おい、猪狩。何を描いている?』


 巡回してきた監視の教師に『それ』を私は見咎められてしまったのだ。

 その時も後日も不正とは見做されなかったが、前代未聞として職員会議で話題になってしまったのは、風の噂で耳に入ってきた。

 そして「造船技師」と書いたはずの将来の夢は……徐々に潰える事となる。

 詰まり私の画才はここから漏れ出し、卒業文集表紙の選抜に選出されることとなった。

 高校入学以後、私はヘタウマを止めた。

 それからはずっと絵の上手い生徒で通ったし、大学も美大を推薦された。(蹴ったが)


「昔話だ。みんな――Kは何処にいる?」


 そうだ、あの時Kだって左手をぐるぐると回しては問題用紙の上で四苦八苦していたではないか。

 彼は左手を描いた私を軽蔑したのかもしれない、卒業してからもずっと――


 だがあのKとjohn_doeが同一人物だとはにわかに信じがたい、誰かが私を攪乱するために? そうだ、そうに違いなかった。

 では誰が、女教皇-百頭女が? まさか?


 それを確認したくて戻ってきたパソコンで私は再び彼女の横顔と対面する、データは無事らしい。そうでなくては困るが。

 また、スケッチブックのもう一歩進んだ、彼女。ベールの中から邪な視線を投げかけている。

 出産したヨハンナはローマ市民の手で八つ裂きにされたが(赤子は彼女の情夫の子であった)処女であったならまた彼らの反応は違ったのか? 教皇の身で女であるという事が罪ならば、どうあってもそれは変わらないのだが。それが(ありえないとしても)史実であれ、形而上であれ――あの女は、罪だ。




(わたし)を罪と呼ぶか、銀鶏」


 その呼びかけに気が付くと私はあの桃色の雪原に立ち尽くしていた。酷く寒い。


「おまへの被造物だよ、妾は――」


 振り返ると雪の中、赤い空を背景にあの女が立ち尽くしていた。彼女は背が高く小柄な私とほぼ同じ背丈だ。ヨハンナ――


「確かにそうだ、だから消すことも可能だ、違うか?」


「消せはしない、なぜならばおまへの無意識下に刷り込まれたものだからよ」


「私はその様な姿は望んでいない!」


「嘘、タマキも欲望のままにしたい癖に?」


 そして女は挑発的にこちらを見据えて微笑んだ。


「黙れ!!」


 私は激昂して彼女に殴り掛かった。夢であれ女に手を上げるなど初めてのことだ、だが女教皇は一瞬のうちに消えると音もなく私の後ろに回った。


「ふふふふ……そう怒らないで? 言っただろう、夢に周公を見せてあげようと?」


「どういう意味だ!?」


「そのままさ、おまへは(あした)に真理を知れば(ゆうべ)に死んでも構わないということよ」


「私は孔丘ではない!」


 だが彼女の眼は少しも笑ってなどいなかった。からかっているのではない。


「おまへの絵は何時だって手段さ、目的じゃない。そう、本当の目的……」


「それは――」


 女教皇、否百頭女の唇が何かの言葉を形作った気がした。




 目が覚めた、酷く寒い。

 私はパソコンデスクに突っ伏して眠っていた、体中が痛かった。

 最後に彼女は何を言おうとしたのか? 虎――しかし部屋は真っ暗だ。何時間寝ていたのだ私は、一瞬だった気もするし長時間の気もする。

 そしてパソコン画面右下の時計を見ると……


 17:47


 畜生! また一日潰した! 

 まあ昨晩一晩中Tru'nembraで遊んでいたので仕方ないというか、そう言い訳をして私は納得するしかない。


 まるこめXからのメールは……未だ来ていないか、彼にも生活というものがあるだろう。

 再び私はD.D.T onlineにアクセスした、メンテナンスは未だ続いているのか?


“Login incorrect. User ID’s and password are case sensitive. Please try again.”


 画面はこの文字と何か絶海の孤島のようなものが流れているだけだ。

 海……このゲームにも存在するのか、少し意外に思って私はゲーム画面を閉じた。


 明後日はアイカと約束したはずのクリスマスイブだった。

 本来なら彼女と二人で過ごす筈の……アイカの言う通りイタリアンを予約していればこんなことにならなかったのか? しかし全て遅かった。


 私はパソコンのオーディオを入れると先ほどタマキから送られてきた「sept éléments capitaux」をかけた。

 四つ打ちの、陰鬱だが美しい音階。この手の曲は聞きなれていないとどれも同じに聞こえるが、各々の曲が想起させるイメージは抽象的でそれぞれ違った。

 まるで何かの宮廷にいるような恍惚感だ――

 なにが単なる手段だ、そこまで言うならその手段を使ってお前を描いてやろう。

 私は「sept éléments capitaux」を作業用BGMに女教皇を描き始めると、不思議なほど(今までなかった程にだ)筆が進んだので驚いた。


 こうして虎を捕まえることができるなら、お前などいくらでも描いてやるさ!

 気が付くと夜半を過ぎており、私はループ再生にしたトラックを止めた。

 再びメールをチェックすると、まるこめXとタマキの二人からメールが届いていることに私は気が付いた。



新着メール

from         件名            日付

まるこめえっくす   なんとか生きてるよ!    201X/12/2X Sat 22:39

北園 環        Xmasパーティーのお誘い   201X/12/2X Sat 23:12



 Xmasパーティー? だって?


 この冬は終わらない。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで読了。 寝落ちにはくれぐれもご注意。 (ブーメラン)
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