Tru'nembra(2)
私は荷物を置いてタマキを追うと彼女は一人すし詰めの店内でリズムを取っていた。
「いい曲でしょ? ほら盛り上がってきた」
確かにそうであった、私は焦燥を感じて紙コップのビールを飲み干した。
「踊らないの?」
「運動神経が悪くて――」
「この四つ打ちのリズムに身を委ねてればいいのよ、皆そうしてるだけだから」
「何故あのフライヤーを作った?」
「冬至でしょ? イエスが復活する。それに心臓」
「一度死んで復活するか――太陽の蘇りともとれる、当時のローマの暦法までは知らないが」
「その頃はユリウス暦。グレゴリオ暦と比して太陽暦と誤差が大きいもの」
「ダーガーは熱心なカトリック教徒だった」
「わたしは彼の神は信じていない――そうね以前はデザインにマンダ教のモチーフを使ったわ」
「グノーシスの一派としか認識していない」
「マンダ教は……面白い。この宗教の終末論をご存じ?」
「いや、私はしがない絵描きでね、君のような博覧強記のご婦人と触れ合うのも初めてのことで困惑している」
タマキはちょっとだけ困ったような表情を見せたが……
「同業者がそんなことでどうするの? もっと神秘に対して貪欲になるべきだわ」
「神秘に対して? 暴食で、色欲、強欲かつ憤怒、怠惰、嫉妬そして傲慢なのが君かい?」
「あなた面白い! ねえ名前教えて? 凄く興味が湧いた」
「銀鶏。無論ペンネームだがあんたはタマキ?」
「北園環よ循環の『環』という字を使っているけどその部分は本名じゃない」
彼女もKなのか……! 私は一瞬蒼ざめた。
「で、その終末だけど、預言者エノスがイエスと対決して打ち破ると、地上と惑星は地獄に落ちて世界が浄化される」
「なかなかに凄まじい」
「ドラマティックじゃない? わたしはそう思うけれど。ペトルマンの本でそう読んだわ」
「ペトルマン、初耳だ」
「シモーヌ・ヴェイユの友人ね『重力と恩寵』の」
「普段は何を? その絵以外には……」
私も彼女に興味が湧いたのだ、もっと知りたいと――
「最近はオンラインゲームかしら」
「奇遇だな、私もだまだ年内はβテスト中らしいが」
すると彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「それってもしかしてD.D.T online?」
「何故、君もそこに居るのか!!?」
しかし……D.D.T online内で彼女に会うチャンスはあるのだろうか? しかし私達は全滅した。まるこめXを除いては――
「ふーん、あれやってるんだ、変わったシステムだし殺伐系よね」
いつの間にか流れる曲が四つ打ちのリズムの中で、奇妙な美しさを持った邪そのもの旋律を奏でていた。
「深夜になってきたから盛り上がってきた。♯49じゃん、わたしこの曲すごい好きで」
「意味深な題名だな」
「49はヴィヴィアンガールズの構成人数でもある7の二乗だし、完全な数である50に1足りない。薔薇十字団も49弁の薔薇を表彰にしていた。ではこの曲の意味するところは?」
――意味する? 何を意味すると答えればいい、それは神秘である。語りえぬものには沈黙せざるを得ないと彼のウィーンでも書かれていたように。
だが私の予想通りに彼女は先に口を開いてしまった。
「神秘を語るには、我々はまだその段階に到達していないのかもしれない、だから沈黙しておきましょう」
結局私はタマキ-環と諸々のアドレスを交換して、朝までTru'nembraで遊んだ。結局八王子から自宅に帰ってきたのは6時過ぎであった。
アパートの鍵を開けようとするとそこには意外な人物がいた。
「昨晩はお楽しみのようでしたね、まあ貴方はまだ若い」
「刑事さん、何の用です? 私を逮捕するんですか?」
この刑事確か磯といったな……何故今朝ここにいる? それに覆面パトもだ。
「お返しに来たんですよ、貴方のパソコン、それとも不服でしたか」
「!!?」
「そんなに驚かなくても良いでしょう、捜査から貴方はシロということが判ったのですから」
「で……アイカはどこに?」
「未だ不明というか、詳しい捜査状況はお話しできませんがね。鍵を開けて呉れませんか? パソコンを持ってきているので」
この冬は終わらない。
※脚注
マンダ教は主たる聖典をギンザーとするグノーシス的二元論で、光の世界の下等神プタヒルが自らを創造主であると錯覚し、闇の世界の助けにより地上と人間を創造したとされる。闇の世界の物質から作られた人間の肉体は闇に属しているが、それだけでは動かなかったため、光の世界に起源を持つ魂がプタヒルにより封入された。これらの所業により、プタヒルは光の世界の最高神から追放される。




