ヴィヴィアンガールズ
私が、fifth dimensionsのドアを開けた時店内でで掛かっていたのは、Underworldの『Born Slippy』であった。
アイカが行方不明になってここにも刑事たちは来たのであろうか? このひどく博物的且つ珍妙な店に。ともかく私は店長を探した――
相変わらずの小宇宙的な品揃え、目まぐるしくそこかしこに美しいもの達が陳列されている様は刑事たちにどう映ったであろう? いや何も感じない、そういった体験を持たない者もいるかもしれないが……詰まりは感覚質の領域に於けるゾンビのような。
「ああ、銀鶏くん、よく来てくれたね」
背後から、逆に声を掛ける積もりだったのに声を掛けられわたしはひどく驚いた。
「いえ……アイカがあんなことになってしまって、ここにも警察が?」
振り返ると店長――あの髭を無理にでも伸ばしたい三十男が居た。彼に尤もなことを私が返答すると、店長は憎々し気に応えた。
「全く彼らは職務とはいえ芸術の何たるかを解さない、野蛮人だよ『椅子』にまでべたべた触っていって」
「ということは、なにか店の物品を証拠品として押収されたのですか?」
「まあ、商品やコレクションは一通り無事さ、しかしながら彼女の勤務記録の入ったパソコンは持って行かれたよ、それで在庫管理もしていたのにもうできなくなってしまった。あがったりさ、君は何か被害が?」
「ええ、私も仕事で使用するパソコンを押収されまして……」
「なに? それは一大事じゃないか」
というよりも今は自宅からD.D.T onlineにアクセスできない事の方が問題であったが。とりあえず微笑んでお茶を濁す。
「しかし警察はパソコンばかり持って行ってどうする気でしょうか、しかも私が一番疑われている気がしますね」
「官憲の考えることは分からないが、君が疑われそうなのは理解できるなこの店を除いて一番関係が深い」
そうなのか……アイカのことだから他にもっと関係の深い友人がいてもおかしくないと思っていたが、私が――しかしクリスマスデートの一件以来彼女とは疎遠になっていたのだ。その間に何を?
「アイカは他に親しい知人等いなかったのでしょうか? 私以外」
「専門学校時代の友人くらいかな、それも大した縁じゃないと本人は言っていたけど」
なるほど、それで私が一番疑われているわけだ。
しかし、デート破談の後の彼女の足跡を私は知らない。店長は何か知っていて何を答えたのだろうか? 今更知ったところでアイカが戻ってくる訳ではない。
いつの間にか店内BGMはケン・イシイの『EXTRA』に変わっていた。
そこで私は目の前がフライヤー置き場だったことに気づき――展示会、グループ展、クラブイベント等、果ては書展まで雑多なフライヤーが7~8種類置かれていただろうか。だがその中でひと際目を惹くフライヤーがあった。
それを一枚手に取った。それは赤一色の背景に対して、ダーガーのヴィヴィアンガールズたちが心臓を囲んでいる画像を採用しているのだが、彼女たちは黒いノリで目伏せされており奇妙な匿名性を保っていた。
……なんだこれは? どうやらクラブイベントのフライヤーらしく裏面には単にこうあった。
Open 20:00~29:00 dj Energy drain's the solstice 12/2X
Door ¥2500
w/f ¥1500
Adv ¥1000
Tru'nembra www.042△△△××××.co.jp
ふむ、この『Tru'nembra』という店のイベントのようだ。ダーガーの作品を使うとは趣味の好いデザイナーを起用している、店の伝手なのかこのイベントのDJの伝手なのか……
私がこの赤いハガキを熱心に眺めていると店長は無い髭を摩りながらこう言った。
「それね……君の目には止まるだろうとは思っていたよ、普段取引のない子が飛び込みで来てね、置かせてくれって」
「珍しいじゃないですか、ここは安心と信頼の店でしょう?」
「うむ、あまりに熱心だったのとその子が『わたしがデザインしたんです』というからね、まあ今後も継続するかは分からないけど置かせることにしたんだよ」
「そうなんですか――これ一枚頂いていきますね」
「どうぞ、そのイベント明日じゃなかったっけ?」
「ああ、本当だ」
「そのフライヤー期限過ぎても置いておくけれどね、よくいるじゃない洒落たハガキを部屋に吊っておくと自分が芸術家になった積もりになる輩、そういう手合いに需要があるから」
「いますね、結構沢山。そういう連中も顧客ですか?」
「カネを落とせばいいのさ」
それから店長とニ三、アイカの思い出話をして私はfifth dimensionsを退店した。
とぼとぼと真っ暗になった東新宿を歩きながら、私はまるで先ほど出来事よりアイカが死んでしまったかのように感じていた。莫迦なあれは夢の女教皇-百頭女の妄言に過ぎない。
そのうち警察が見つけ出す、何も心配はないんだ。そう言い聞かせた。
この冬は終わらない。
※脚注
ヘンリー・ダーガー: (1892年 - 1973年) 米 病院の掃除夫だったが『非現実の王国で』の著者でもある。アール・ブリュットの人。
ヴィヴィアンガールズ:『非現実の王国で』の主人公である七人の少女姉妹。




