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陰府これに隨ふ  作者: 雀ヶ森 惠
1.Cast a cold eye On life, on death.Horseman, pass by!
22/60

来訪者

「詳しい話をします、近所でお会いできませんか?」


 メールが指定してきたのは府中若松の大手喫茶店であった。銀鶏もそこの存在は知っていたのだが生来の甘味嫌いもあり初めて入る。

 しかしまあよく私の近所を知っているものだな。なにか情報網があるに相違ないのだが、それにしても……

 指示された時間――14時半のきっかり15分前、自転車を飛ばして私は喫茶店へ到着した。冬の昼下がり、来客は多くなく窓際の席に私は案内されとりあえずコーヒーを注文して相手を待つことにした。

 遂にエステラとやらとご対面か、こんなチェーン店の喫茶店を指定してくるとはどういうことだろうか? そこまで重要な話をするとは私には思えなかった。

 件のメールを見た後、私は昨晩の疲れからすっかり熟睡してしまい、空腹のままだったから相手が来たら軽食を注文する積もりではいた。

 何せエステラ本人よりも私の心を占めていたのはアオヒツギその人だったからに他ならない。そしてエラーではないかと呼ばれていたあの悍ましい異形。今頃あやのが運営に問い合わせているのであろうが――

 そう、つらつら考えていると15分などあっという間で不意に店の入り口が開き若い、とはいえ予想を裏切ったのは少女と言ってもよい年齢の女が入ってきたのだ。彼女はまっすぐに窓側の席に座る私の目の前に腰掛けると店員にメニューを頼んだ。


 年の頃は恐らく16~7歳なのだろう。つぶらな瞳、花びらのような唇、薄い化粧が年相応でよく似合っている。眉の上で切りそろえられた前髪、艶々とした髪は肩にかかる位で切り揃えられ、藤色のセーターに零れ落ちるさまは一部の隙も無い。


「はじめまして、猪狩さん」


 と、少女は鈴の鳴る様な声で言った。


「はじめまして、貴女がエステラ?」


 少しおどおどとして私は尋ねた。なぜなら完全にこの雰囲気に気圧されていたのだ。


「いいえ――わたしはあの方の代理で来ているだけです。なるほどあの方はエステラと貴方に名乗ったのですね。相応しい名前だわ」


「代理? ということは君は一体誰なんだ?」


「わたしは出口さやかと申します――そうですね、エステラさんにまずはあなたとのファーストコンタクトを任された存在、とでもご理解ください」


 出口さやかは暫く私には無関心であるかのように喫茶店のメニューを眺めていたが、不意にそれを私に渡した。


「どうぞ、昨晩はゲームでお疲れのことでしょう。何か召し上がりましたか?」


 何故彼女は昨晩私がゲームに執心していたことを知っているのだろう? 目の前の少女、ひいてはエステラを私は薄気味悪く感じていた。


「いいえ――私は甘いものが苦手でして……なにかケーキやフルーツ以外のメニューはありますか?」


「軽食がありますから御覧になるといいでしょうね」


 私はメニューを捲って軽食を注文することにした。コーヒーだけでは胃に悪い。

 やがて二人は無言のまま私の二杯目のコーヒーとピザ、彼女には紅茶とフルーツのケーキが運ばれてきて、黙々とそれを口に運んだ。

 腹くちくなると私も舌が回るのか遂に話し始めた。


「で、椅子のことですがいったいどんな目的です?」


「目的とは?」


 少女は解せぬ、とばかりにわたしに訊き返した。


「いったいどんな目的があって私に椅子の絵を描かせるのです?」


「――それはエステラさんにしか解りません、言ったはずですわたしは彼女の代理であると。そして知ることにも限界があります」


「分かったこの件はこれ以上貴女に聞いても無駄なようだ、質問を変えましょう」


「わたしで答えられることなら何なりと」


「何故、私をエステラ――ひいてはその背後に居る者たちは指名してきた?」


「背後に居る者たち、とは?」


「しらを切られても困る、少々調べさせてもらった彼女のメールアドレスから。あのメアド、あんたも持ってそうなものだがな」


「やれやれ敵いませんね、確かにbabbagejapanの資金提供は受けていますよ、子会社ですから」


――babbagejapan (バベッジジャパン) 広島県に本社を構えるIT企業だ。ここは日本法人に過ぎないらしく母体は米国らしい。


「会社組織なのか、いよいよきな臭いな。で、私を指名した理由はいま聞けるのか」


「貴方は絵描きである以上今、絵の資料はお持ちですよね?」


 言われるまま私は持参の若干の資料を差し出した。どれもCGなので使いまわしだが、比較的出来の良いイラストを集めてクリアブックに纏めてある。

 そのクリアブックを出口は捲ってイラストを見始めた。


「……これも、これも、どれも本当に素晴らしい!」


「急におべっかを使われてもね」


「お世辞などではありません、わたしはエステラさんや仲間たちと貴方の絵を見た時に心底素晴らしく他の誰にも描きえないと確信したのですから」


「――仲間たち?」


「そう、わたしには仲間たちがいるのです」


「まあいい、詰まりエステラとやらも私の絵を認めたと?」


「そういうことになります」


 私はため息をつきソファにもたれ掛かった。


「そういったことは今はいいんだ、嬉しいけど重要な事じゃない。問題はどうやって私を見つけた?」


「それは――まだ言えません」


「まただんまりか、では最後の質問にしようか」


「はい」


「思うが儘の報酬とは何だ?」


「言葉通りですよ、まさに」


「なんでも?」


「ええ」


「仮令、babbagejapanの株100%だろうと?」


「はい」


「随分と大きく出たな、本当に大丈夫か」


「大丈夫です。ではお話は、我々とのファーストコンタクトは以上になります」


「以上ね、私としては訊きたいことは山ほどあるが答えないんだろ、あんた」


「………………」



 ここの支払いは彼女がして私は店を出る。

 意外にも出口はスマホでタクシーを呼んでおりそれでいずこかへと帰還していった。


 不審なことだらけだった。

 エステラは――彼女は何故直接私と会わないのか? それともまだその段階ではないというのか?

 出口はそのエステラという隠語めいた仮称は初めて聞いたような様子であった。けれども本人には相応しいと? 彼女は本名を知っているということか……ではどんな間柄なのだろう。

 エステラ、星を意味する女性名だ。彼女の名前には星の字が入っている?


 そして出口さやかという少女の様子も気になった、どうもただ者ではないにおいがプンプンする。それは私が過去に知っている女たちと較べて――アイカなどが良い例だろう、彼女には素人っぽさがまるでないのだ。何かのプロ臭を直感的に感じざるを得ない。それが何なのか私にはわからなかったが。


 さても日も暮れて、震えながら自転車を飛ばして帰宅すると、暖房のスイッチを入れて私は独り言ちた。

 本日、初めてPCのスイッチを入れると――

 エステラ本人からメールが届いてることに私は気が付いた。




 

新着メール

from     件名           日付

あやの☆   運営に問い合わせた!   201X/12/1X Wen 13:46

Estella 銀鶏様へ         201X/12/1X Wen 17:19


 これはと、早速開封して読んでみることにした。




 "銀鶏様 Estella"


 "本日は代理の者に会って下さりありがとうございました。

 現段階ではお答えできないことが多々ありまして、申し訳ございませんでした。

 また出口の態度もよく教育しておきますので、ご容赦ください

 ご質問、ごもっともですがわたくし共も銀鶏様の素晴らしい絵画あって、

 遂行できる目的でございますので、報酬なら望むままと言ったまででございます。

 まだわたくしとは直接会う機会はないと存じますが、

 そのうちそれも叶うかと思います故、楽しみにしております。

 今はまだ混乱なさっていると思いますが、

 どうか色よい返事を頂けたら幸いです。


 寒い日が続きますが風邪などひかぬようご自愛くださいませ。"


 

 私はこのメールを読んでうすら寒くなった。

 まるで我々のやり取りを現場で視ていたみたいではないか! エステラ、彼岸の女、星。お前はいったい何者だ?


 そして続くあやのからのメールを読み、私はさらに驚愕することになるのだが。


 この冬は終わらない。

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