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陰府これに隨ふ  作者: 雀ヶ森 惠
1.Cast a cold eye On life, on death.Horseman, pass by!
23/60

john_doe

 エステラからのメールによる酩酊状態をリセットしたくて、私は今日初めてとなるメントールを換気扇の下で吸い込んだ。

 程よい刺激が肺に突き刺さると不思議と心にわだかまったことも薄れさせてくれる気がした。法律で許可されているものではあるし。


 そしてあやのからのメールはこうであった。



 "jane_doeへ あやの☆"


 "運営に問い合わせたんだけど、そんなモンスターは配置してないの一点張り!

 なんかおかしくない? と思ってwiki関係者から情報仕入れたら、

 同様の「バグ」が複数回起きてることが分かったの。

 これって恣意的としか思えないよね??

 どうして運営はこの事実を隠したいのだか、気にならない?"



……気にならないわけがなかった。我々は「餌」を撒かれている? そうとしか思えなかった。

 そういえばアレのことをあのアオヒツギは、下級の奉仕種族と呼んでいたが何か知っているのだろうか。

 あやのはアオヒツギは荒らし故関わるなとも言っていた、忠告ではなくお願いだと――

 しかし面妖な虎追いにはもう一度会わなければならない気がしていた、彼は、彼女は何を知っているというのだ?


 先日からずっとアイカには詫びのメールを送っていたがなしのつぶてだし、私はパスタサラダの夕食を食べて(コンビニ飯ばかりだ)再び煙草を吸った。

 とっくに冬の日は暮れて、今日も私はD.D.T onlinに潜航するのだろうか? 一人暮らしゆえ歯止めがかからなくなったネトゲ三昧。仕事はうっすらとしてはいたが、今やゲームが本業となりつつある……

 こんなんじゃ駄目だ! 私は紫煙を吐き出すと吸いかけの煙草を消してPCデスクに向かい、ペンタブを取った。


 女教皇――伝承に依ればヨハンナという名の、とはいえ史実とは思えないヨハネス8世の話はフィクションなのだろう。レオ4世とベネディクトゥス3世の間にそのような人物がいたという論拠はないのだから。

 出産の末「ローマの正義」によって処刑されたという彼女よりも、なにか形而上のものをエステラは求めている気がしてならない……

 そして私は新しいカンバスをPC上に生成すると液タブにペンを走らせた。彼女はいったいどんな顔をしているのだろうか? 私が唐突に描き始めたのは意外にも彼女の横顔だった。

――なるほど、半分はまだ無意識下で「隠されている」わけだ。硝子のように固い眸、通った鼻筋、引き結ばれた、だが柔らかな唇、長いまつげ、意志の強そうな眉、細い顎と輪郭を覆いつくす波打つ髪。それらはタロットの意匠と寓意に従って頭巾に覆われている。

 画面上に浮き上がった「女教皇」の横顔は何とはなしにエステラその人を想起させた。

 勿論、一度たりとも会ったことはないのにも関わらず、だが。

 しかしこの顔の残り半分を描いたとき、彼女はどうなるのだろう? それは百頭女の絵解きのようなもので――

 百頭女! 惑乱、私の妹。彼女はいったい誰なのだ? 彼女は秘密を守る、それを守る。秘密とは何だ、なにか空恐ろしい陰謀が私の周りで起こっているような気がして。この絵を消去する選択もあった、だが私はこの絵をそっと保存した。

 思ったよりもこのエスキスはずっと出来が良かったし、満足いくものであったからだ。それが何に起因するのかはわからないというか、分っていて認めたくないようなものなのだが。



 走り描きだけで私は非常に神経をすり減らしベッドに横たわった。しばし仮眠を取ると時計が23時を指しているのを確認し、冷蔵庫にエナジードリンクが入っていることも思い出した。行動はそうなると一つだ。

 風呂を沸かして凝った肩を温め、髪と無精髭の生えた貧相な顔を洗った。夏場ならシャワーを浴びるところだが12月の折風呂に入らずにはいられなかった。

 風呂から出るとドライヤーで髪を乾かし部屋着を着替えて、わたしはエナジードリンクをがぶ飲みした。


「ログインすればあやのも、まるこめXも居るに違いない」


 そう軽い気持ちで私はD.D.T onlinに夕方の予想通りにログインした。

 今宵、何が起こるのかも知らずに――


 日付は変わって木曜の深夜、『がらくたの都』

 jane_doeは酒場で飲んでいた。あのちっとも酔えないエールというやつをだ。


「ネェちゃん久しぶりだな」


 NPCの店主が酒臭い息で話しかけてきた。酔客も複数いたがあのアオヒツギの乱闘事件以後、jane_doeにちょっかいをだす愚か者もいなくなっていた。AIだろうか、少しは学習するらしい。


「若頭の姿が見えないがどうした?」


 あの頃???ことアオヒツギが毎晩狩っていた若頭LV10の姿は見えなくなっていたのだ。不自然にも彼に座していた席がまるまる空いている。


「死にましたよ」


 あっさりと店主は言った。


 なるほど――運営はアオヒツギのような荒らしに、レベルの荒稼ぎをされたくなくてあの若頭が死んだという既成事実を作ったわけか。


「店主、なにか面白い情報はあるか? ここら辺りの顔役なのだろう?」


「へい……そうですねネェちゃんそっくりの男なら見ましたよ」


「私そっくりの男?」


「そうですね、名前はjohn_doeとか名乗りましたかな」


「………………」


「どしたい? ネェちゃん」


 私はログアウトした。


 

 john_doe(名無しの男)だと!? それもjane_doe(名無しの女)そっくりの!

 誰だそれは……私はぞっとしてPCの電源を切った。あやのともまるこめXとも会ってないがそんなことは問題ではなかった。

 どうやら私は付け狙われているらしい――エアコンが回る中毛布を被ると、まんじりともせずまま夜は更けていった。


 目を閉じるとKの哄笑が耳の中に木霊し、いつまでも消えることはなかった。


 この冬は終わらない。

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