あなたへ、おくる
背中からは魔力が漏れ出し、黒い霧のようなものが辺りに広がり始める。
どうしたものかとダイアナの様子をよく観察する。
服装はこちらの世界へと送られた時の、王国の兵隊の制服のまま、しかしところどころほつれでおり、さらに大部分に黒い染みができていた。
美しい光沢を放っていた金の髪は土や砂でくすんでしまっていた。
服についた染みはおそらくダイアナが戦った相手の返り血だろう。ダイアナ本人にそこまでの傷は見当たらない。
しかしならば彼女はいったいどれだけの血を浴びたというのだろうか。
たくさんの人を傷つけ、もしかしたら殺めてしまった人だっているかもしれない。
そんな状況が続いた結果が、今まで岩の中に籠っていた原因と、今彼女の精神が壊れかけている原因なのだろう。
おそらく彼女は今何も見えていない。
見たくない光景を見続けてしまったことで彼女は自ら目を閉じ、そして今暗闇の中で私を探しているのだ。
だったら私にできることは一つ、私はここにいるよと彼女に伝えてあげること。
黒い霧が濁流のように流れ出してくる。
その流れに逆らい私は一歩ずつ彼女へと歩みを進める。
一歩、もう一歩と少しずつではあるが近づくことができている。
すぐそこにいる彼女に両手を伸ばす。
後一歩、後一歩進めば彼女を抱きしめてあげられる。
私はここにいると、伝えることができる。
そして踏み出したその一歩が地につこうという時、私の耳に叫び声にも似た声が響いた。
「アルト、逃げてぇぇぇぇぇ!」
この声はデスティだ。
何もそこまで怖がる必要もない。私の前にいるのはダイアナだ。逃げる必要なんて、ない。
さあ、最後の一歩だ。
しかし、一度止めたその足が再び動くことはなかった。
なぜ動かない。
足を見ようと下を向くと、そこには自分の腹を貫く槍が見えた。
その槍は私を貫通するだけでダイアナには届いていない。手前で止まっていた。
その槍の持ち主を見ようと、後ろを振り向く。
するとそこにあったのは無数の白い髪の、少年少女たちの姿。
先ほどまで私たちが逃げていた、《神造生命体》たちだ。
追い払うために攻撃しようにも、もう手を動かす力さえ入らない。
私はもうだめか。なら最後にできること、やらなければいけないことをしよう。
ここまで近ければ、届くはずだ。
力が抜けていくこの体は前へと倒れ、伸ばしていた両腕は自然とダイアナの肩へとまわる。
私の顔も、彼女の耳のすぐ横の左肩に乗った。
あとは伝えるだけだ。
「ダイアナ…私ここにいるよ。もう絶対に、離れない。ずっと、一緒」
きっとそれは嘘になってしまう。
もう意識が途切れそうだ。
もし叶うなら、最後にダイアナとちゃんと話したい。
私の言葉は、届いたかな。
ダイアナからの言葉は返ってこない。
もう、だめかな。
「アルト…?」
声が聞こえた。
もう姿も見えない。誰が言っているか、それを確認することはできない。
ただこの声だけは、聞き間違えるはずがない。
「ダイアナ…よかった…戻ったんだ…」
「アルト…!血が…!だめ!もう喋っちゃだめ!やっとまた会えたのに……お別れなんて嫌!」
「大丈夫、もうどこにも行かないよ。ねえダイアナ、私を抱きしめて」
その言葉を聞いたダイアナはゆっくりと私の背中に手を回し、優しく抱きしめてくれた。
「ありがとう、ダイアナ…」
「アルト、だめよ…いっちゃだめ…」
「ねえ、ダイアナ。最後に一つ、プレゼントをあげるね」
「最後なんて言わないで、ずっと一緒にいてくれるなら他に何もいらないから…!」
私を包んでくれる、ダイアナを感じる。
「私を、あなたにあげる。ずっと、一緒にいようね」
きっとこの言葉にも、ダイアナは何か返してくれていただろう。
でもこの続きはわからない。
もう、聞こえない。
あたりは真っ暗で何もわからないけど、最後に感じていた感覚は残っている。
ただ一つの心残りは、私の想いを伝えきれなかったことか。
でもきっと伝わっているよね。
愛してるよ、ダイアナ




