オーネとの別れ
「私、誰かの愛をちゃんと感じるのは初めてだった。カトラにあんなにも愛されるオーネがあんなこと言ってるの、信じる方が難しいよ」
「カトラが…そう、言ったのか。いつ、どうやって君に…いや、そもそもカトラは生きているのか…?」
やはりというか予想はしていたが、オーネはカトラが死んでいなくなってしまったものだと勘違いしていたらしい。
「カトラは、生きてる…っていっていいのかはわからないけど、カナデの中でもう一つの人格として存在してる」
「そう…なのか。カナデの中に…そうか、彼女はまだこの世にいるのか…」
オーネはホッとしたように力を抜き、地面に降りて膝をついた。
オーネから魔力の気配が消えていく。
きっと彼女の中での目的がなくなったからだ。
愛し、愛された仲間を殺された仇をとること。
それが意味を持たなくなった今、ファーストワールドを破壊する意味も無くなったということだろう。
「なるほど、だから君はカナデに…ようやくわかった。神々に従っていた理由も今ならわかる」
「うん、だからもうこんなことする必要はないよ」
オーネは頷くと、後ろに控えていた無数の兵士たちに向かって言った。
「もう今戦う理由は無くなった。集まってくれたのにすまない。旧神界へと引き返してくれ」
オーネのその言葉で、後ろにいた無数の人影は散り散りにどこかへ飛び去っていった。
この場には、オーネやアルトそして後ろに残る2人に、ティアとフラムと私の7人が残った。
しばらくの間、沈黙が訪れた。
奇妙な沈黙だった。
何かがおかしいと、違和感が私に計画を出していた。
少しして私の後ろでじっとしていたティアが前に出てオーネに向かって言った。
「あの、ひび割れた世界は戻らないの?ティムやフューリーは?」
その言葉でようやく気づいた。
ゲートの奥に広がる光景は、依然としてひび割れたまま、限界をとどめていない。
「ひび割れた世界…なんのことだい?ワタシはついさっきここへきたばかりだ。兵を集めるのに時間がかかってしまってね」
「え…?」
理解が追いつかない。
私はてっきり、オーネが世界を壊しているとばかり思っていた。いや、そう聞かされていた。
そこまで考えて、ようやく一つの結論に辿り着いた。
私にオーネの計画を伝えたのは、カトラだ。
私はカトラに情報を与えられ、そしてカトラに言われたままの行動をした。
その結果が今この状況だ。オーネの兵士はいなくなり、この場にいるオーネの戦力は、オーネ自身とティー、さらにスライとアルトという限られた戦力のみだ。
もし、この状況が彼女によって意図的に仕組まれた状況だとしたら。
その考えが脳内を駆け巡ったその刹那、眩い光が辺りを照らすとともに、轟音が地面を揺らした。
「な、何?」
辺りを見渡すが、土煙が舞っていてとても見通すことができない。
だがとても良くない状況なことは理解できた。
魔力を見てみると、土煙によるノイズが多少入ってはいるが、とてつもなく大きな無数の魔力が、わたしたちを囲んでいることがわかった。
「なるほど…こういうことか」
オーネが口に出す。
「君らしくないとは思ったんだ。君はあんな風に気持ちを伝えることなんてなかったし、何よりワタシの過去を知る君が愛しているという言葉を使うはずがなかった」
オーネのその言葉に引き寄せられるように、一つの足跡が近づいてくる。
「だけど、信じずにはいられないじゃないか。ワタシはそんな想いを向けられたことも、向けたことも、君以外にはなかったんだから」
近づいてきた足音は私の横を過ぎ、オーネの前で止まった。
「そうね。私もそうだった。だからあの言葉を使ったのは一応警告のつもりだったのよ?」
「カトラ…なの…?あの世界をめちゃくちゃにしたのは…全部カトラの仕業…?」
カトラは私の方へ振り返り寂しげに笑った。
「ごめんねデスティ」
「なんで…?」
「オーネがあなたを選んだから、私もカナデを選んだ。ただそれだけのことよ」
魔力の雰囲気が変わる。カトラからカナデさんへ人格が変わった。
「《始まりの生命体》オーネ、ようやく会えて嬉しいわ」
「カナデか…しばらく見ない間に随分と感情豊かになったじゃないか。いったいどれほどの異生命体を手にかけたんだい?」
「どれくらいだったかは覚えていないけれど、私に感情が生まれたのは『彼女』と交わって以来かしら」
言葉を交わす2人の間に張り詰めた空気が流れる。
「今、周りを囲んでいるのは君のお仲間かい」
「ええ、全員が王によって造られた《神造生命体》。数も力も、あなた達に勝ち目は無いわ」
その言葉を聞き改めて辺りを見渡す。先ほどまで舞っていた土煙は晴れ、私達の周りを囲む人影がより鮮明に見えた。
顔つきこそ違うが、全員がカナデさんと同じ銀の髪をしている。
「1つ、頼みを聞いてくれないか。ここにいるワタシ以外の者たちを逃してやってくれ」
「……あなたの仲間はともかく、デスティやティアちゃん、それにアルトちゃんたち異生命体は全員殺せと命じられているのだけど」
「ああ、だから頼んでいるんだ」
ないはずのオーネの瞳が、カナデさんに眼差しを向ける。
だがしかし、それを黙って聞いているティーではないのはよく知っている。
「オイ、冗談はやめろオーネ。俺はお前を見捨てて逃げるくらいなら──」
「ああ、だから見捨てないでくれ」
しかしその口をオーネはすぐに閉じさせた。
「ワタシは原初の生命体だ、死ぬことはない。きっと神はワタシの力を利用するために生きたまま捕えるだろう。だから君には、そんなワタシのことを覚えていてほしい……スライも、わかっているね」
スライはフードを深く被り、小さく頷く。
「それから、アルト。君にはすまないことをしたね。以前の君には大切な記憶があっただろう。せめてもの償いに最後の命令を出しておこう。君が大切に思っていた、彼女たちを守ってやってくれ」
アルトはこれに頷くと私たちの方にやってくる。
「オーネ様の命令で、これより先皆様の護衛をさせていただきます」
「さて、これで準備はできた。さあカナデ、ここまでやらせてくれたのだから彼女たちは見逃してくれるということでいいかな」
カナデさんは表情を変えずに言葉を返す。
「わかったわ。私は、彼女達を見なかった。だけど、他の《神造生命体》への命令は取り消せないわよ」
「ああ、それで構わない。見たところ、君ほどの力は持っていないようだからね」
オーネはそう言うと、身体を差し出すように両腕をカナデに向かって広げた。
「さて、こうやってワタシを君に無抵抗でやるのもいいが、流石に多少は抵抗させてもらうよ。もしかしたら、があるかもしれないしね」
「それがあり得ないことなのは今のあなたでもわかるでしょう」
今にも戦いが始まろうという空気。私は伝えなければいけない。オーネに謝らなくちゃいけない。
だって、こんなことになったのは私のせいだ。
伝えようと口を開く。しかし言葉が出る前に腕を引っ張られたことによって声にはならなかった。
「この場から離脱します。デスティ様、他の皆様も私から手を離さないでください」
アルトはとてつもない勢いと力で私とティアとフラムを引っ張り走り出した。
その速さは囲んでいた無数の《神造生命体》の間を一瞬にして抜け、反応すらされないほどだった。
「離して、アルト…!オーネに伝えなきゃ、ごめんって…!」
「それを伝えて何になるの。それで私達が逃げることにつながるんだったらいいけど、そうはならない。一瞬でも遅れたらみんな殺されて終わりだよ」
何も言い返せない。オーネが生み出した時間で私達は今こうしてあの包囲から抜け出せた。
納得するのは難しいが受け入れるしかない、ということだ。
「…話し方、元に戻ってるよ」
せめてもの抵抗でアルトに嫌みたらしく言った。
「もともと、オーネを出し抜くための演技だったんだからもういいでしょ。それに、多分気づかれてた」
確かにアルトに守れと命じた時、オーネ誰を守れとは明確に言わなかった。
曖昧な命令を出したのは、おそらくアルトに記憶が残っていることに気づいていたのだろう。
「それより、デスティも後ろから追ってくるやつらに攻撃して!私は皆を引っ張って移動するので精一杯だから!ティアとフラムもお願い!」
ティアとフラムは突然のことに未だ動揺しつつも頷くと攻撃を後方に向かって放ち始めた。
私も迎撃しようと後方の追っ手に狙いを定める。
そして攻撃を放とうとしたその瞬間、突然アルトの移動が止まり、その勢いで私達も投げ出されてしまった。
「痛た…どうしたの、アル…ト…」
アルトは前方を見ながら立ち尽くしていた。
そして私も、その光景を目にして動くことができない。
「なんで、ここに…」
目の前に立つ人物は答えた。
「なんでとはおかしなことを言う。先ほどわしの兵に会っただろう。わしがここにいることがそんなにおかしいかね」
そこにはあの国王の姿に、その他の王国の兵士たち。
そして姉や、異生命体学校に集められていた英雄たちの姿があった。




