元究極生命体デスティ・ルークシオン 4
いったいどれほどの時間が過ぎただろう。
私とスライは泉の前で立ち上がることもできずにいた。
じっと泉の方を見てその人が現れることをただただ願っていた。
泉の魔力に揺らぎが生まれたのを感じ私は一層注意を向けた。
実際に見えている泉にも、波紋が広がったりしているのだろうか、スライも何かに気づいたように動いた。
だが、現れたのはカトラではなくオーネだった。
もちろんオーネが帰ってきたことは喜ばしいことだ。
だが、オーネが先に帰ってきたということは、オーネが通った時あの場にはすでに誰もいなくなっていたということ。
それはつまり、もうカトラが帰ってこないことを意味していた。
―――
あれから私達は宮殿の別の部屋へ移動し、傷の治療をしていた。
「ごめんなさい、私のせいでカトラが……」
オーネは私に優しく語りかけた。
「君のせいじゃない。あれはワタシ達のミスだよ。不用意に魔力を使いすぎた」
続けてスライが力なく言葉を発した。
「あいつら、簡単にカトラの防壁を破ってた。たぶん前回来た時に気づかれてたんだ。だから、完璧に備えてた」
「ああ、そうだろう。しかもそれほど簡単に破ったのならその兵達たちは人間ではなく、異生命体だろうな。まさか、やつらが異生命体まで『天使化』させることが可能だとは……」
『あいつら』、『やつら』、おそらく同じ相手を指しているのだろう。
私達を襲ったあの人達は一体なんなのだろうか。
「ああ、すまない。デスティにはまだ何も教えていなかったね」
疑問や不安が顔に出ていたのか、オーネはそう言って語り始めた。
「やつらは、君の国の王族。かつてサノイクサの厄災で滅びた種族、神の生き残りさ。まあ、あの出来事を厄災として語り継いでいるのはファーストワールドくらいだがね」
サノイクサの厄災。オーリエン王国では子供でも知っている神話の中の出来事だ。
かつて、世界が神々によって守られていた頃、悪魔に唆され、力を与えられた人間サノイクサが神の1人を殺したことから始まり、最後には全ての神々が殺された。
神話ではその後、魔神と呼ばれる神をも超える存在によって力を与えられた、正しい心を持つ人間たちが、悪魔を倒し、今の世が訪れたとされている。
ただの作り話かと思っていたのだが、オーネの言葉を信じるなら本当のことらしい。
しかもその生き残りが私の国の王族で、しかも私達を襲った者たちの正体だと。
一気に情報が押し寄せてきたせいで、頭がくらくらしてきた。
「君の世界では神を殺したサノイクサが悪として扱われているはずだ。だがそれは間違っている」
そこまで言ったところで、部屋のドアがノックされ、1人の女性が入ってきた。
「ちょうどいい、この出来事については本人から語ってもらった方が手っ取り早い。ティー、あのことについて、デスティに教えてやってくれるかい」
部屋に入ってきた女性、ティーは不機嫌そうに頭をかいた。少し焦っているように見える。
「それはいいけどよ……こんなことしてていいのかよ」
オーネは微笑んだ。
「大丈夫だよ、これも必要なことだ」
ティーはまだ納得しきっていないようだったが、一度深くため息をつくと、私に向かって話し始めた。
「まずは自己紹介だ。俺はティー、まあ昔はサノイクサなんて名前でも呼ばれていたけどな」
まさかのご本人の登場に私は少しの間口をぽかんと開けていた。
「何を間抜けな顔してやがる。まあいいか、あの頃の話だったな」
ティーは一度深くため息をついた。
「あの頃、神々はとにかくやりたい放題だった。貢ぎ物と称して人間が育てた作物を根こそぎ奪っていったり、女子供をさらっていった。
そんな日々が続いていたある日、神にさらわれた女が1人、帰ってきた。神の子供を身籠ってな」
ティーは、「もうわかっただろう」と言って続けた。
「そうして生まれたのがこの俺ってわけだ。当然人間たちは俺を恐れた。
神々にばれてしまう前に母もろとも殺して隠してしまおうなんて言う奴もいたな。
だが当時の人間たちの長は俺と俺の母を殺さず保護するという結論を出した。
長は俺の中に神をも殺し得る可能性を見たと言ったらしい。
人間たちもいい加減我慢の限界だったんだろうな。その一言で人間たちの意見は俺を育て、神を殺させるということで一致した。
幸運なことに、神々は人間1人が逃げ出したことなど気にも留めなかったようで、母を探しに追手が来ることもなく、俺は順調に育っていった。
だが俺が8つの頃だったか、いつものように女をさらいにきた神が母を見て気づいてしまった。
その神は母をさらっていたやつ本人だったんだ。
そいつは見せしめとして母を人間たちの前で殺そうとした。
その時につい頭に血が上っちまってな。俺はその神を殺した。殺せてしまった。
俺が神を殺す力を手に入れたことを知った人間はもう待つ理由もない、すぐに神々の世界へ殴り込んだ。
するとどうだ、そこには神々なんていない、あったのは灰になったかつての神の国。神々はすでに滅んでいた。と、ここまでが俺の知ってるサノイクサの厄災ってやつだ」
「全部話したぞ」とティーがオーネへ言葉を贈った。
「そう、これが真実だ。君が知っているものとはかけ離れているだろう」
「ちょ、ちょっと待って。な、ならなんで神は滅びたの?神々は相当な力を持っていたんでしょう?いったい誰が…」
私の問いにオーネたちが答えるまでは少し時間があった。
すぐにわからないと否定しないということは何か知っていることがあるということだろう。
そう思いしばらくこの沈黙を耐えた。
数十秒の沈黙の後、オーネが口を開いた。
「ワタシだ」
「え?」
オーネの短く放った一言に私は思わず間抜けな声を上げてしまった。
「ワタシ…正確にはワタシたち、5人の原初の生命体が神の国を滅ぼした。」
先ほどまでの圧倒的なまでの情報量ですでに処理の限界を迎えていた私の脳に、また新たな衝撃が加えられた。
オーネの言う原初の生命体とは、《始まりの存在》によって作られた生命体のことだろうか。でも確かあの生命体は4人だったはず…
「すまない、いきなりまとめて話しすぎたかな。順を追って話そうか。…まずは、原初の生命体のことからかな」
私が混乱していることには気づかれていたようで、オーネはそう言って話を続けた。
「すべての世界で共通して伝えられている神話では、《始まりの存在》は4人の生命体を生み出したとされているはずだ。そうだろう?」
そう問いかけられ、私はこくりと頷いた。
「だがそれは真実とは異なる。《始まりの存在》は4人の生命体を生み出す前に、《始まりの生命体》としてワタシを生み出した。4人の生命体をまとめる存在として。そしてワタシと、4人の生命体は空っぽだった世界に、万物を生み出し今の世を作り上げた。生み出された24の世界はそれぞれに撒かれた種から芽吹き、やがて文明を築いていった。そこでワタシたちは思ったんだ。ワタシたちが生み出したこの世界を、そこに生きる命と共に見てみたいと。だが、ワタシたちには世界を管理する使命があった。だから代わりの存在を生み出したんだ」
「それが、神...?」
「ああ、そうだ」
オーネは肯定した。
「ワタシたちは神を生み出し、彼らが住むための25番目の世界を作った後、世界へ降り立ちそれぞれ自分たちが作った世界を見て回っていた。だが、ある時から異変が現れ始めたんだ。ワタシが気づいたのはティーの住んでいた世界を訪れた時だった。世界を管理するために外部の第25世界からの干渉しかできないはずの神が、別世界の内部まで侵攻してきていた。やつらはどうやってか世界を抜け出す方法を見つけ出し、ティーたち人間の住む第24世界を支配していた。ワタシはすぐに神に対して警告を行なった。だがやつらはワタシのことなど知らないと言って、世界を生み出したのは自分たちであるという主張をしたんだ。当然、第24世界の支配も止める気はないようだった。ワタシはすぐに他の4人の生命体を集め、どうすべきか意見を募った。対応はすぐに決まったよ、神たちを一度殺して全てをやり直すと」
「それで、オーネたちが神さまを滅ぼしたタイミングで、ティーたちも神の国へ攻め込んだってこと?」
オーネはこくりと頷きそれを肯定した。
「それで全てが終わった後、ワタシと4人の生命体たちで話し合ってね。世界を管理する存在はやはりワタシたちであるべきだということになったんだ。ただ、4人の生命体には得手不得手があってね。唯一万能と呼べるワタシがここに残り、管理をすることになったんだ。それで全て解決……したと思ったんだけどね」
オーネの声が沈む。
きっとこの後に始まるのが、私の世界にいた王様の話だ。
「もうわかってると思うけど、神には生き残りがいたんだ。どうやってかはわからない。それこそ、奇跡のようなものが起きたのかもしれないね。その神は、ただ1人逃げ延びて、ファーストワールドへたどり着いたんだ。そうしてワタシたちに気づかれないよう少しずつ、世界の人々を天使化させていった。気づいた頃にはやつはもう一国の王になっていたよ」
オーネは一度ため息を交えながら語り続ける。
「ワタシはふたたび4人の生命体を集め、奴を倒そうとした。だが、誰1人としてワタシの下へ集まることはなかった。4人の間に何があったかは全くわからない。4人とも連絡すらつかなくなってしまった。だからワタシは仕方なく、ワタシの側にいたティーとカトラ、それにスライを集めて神を倒すためファーストワールドへ向かった。そこで倒れている君を見つけたというわけだ」
私は思わず「なんで」と言葉をこぼしてしまった。
私を助けなければ、神に気づかれ対策をとられるよりも前に倒すことができていただろう。
私1人の命を捨てていれば、今頃は平和な世界で誰も犠牲になることはなかったはずだ。
私があの時生きたいなんて願わなければ──
「デスティ、君の気持ちはよくわかる……というと少し傲慢に思われてしまうかな。しかしわかってしまうんだ、ワタシも君と同じだからね」
「同じ……そんなわけない。だって私が生きたいと願ったせいで国のみんなは、カトラは不幸になった。オーネは違う、みんなを救いたいって願ってそのためにずっと頑張ってきたんでしょ。それでみんな幸せになれるはずだったのに私が──」
不幸にしてしまった。そう言おうとしたとき、オーネは私を抱き寄せ、言った。
「同じだよ。ワタシも君と同じだ。ワタシが君を救いたいと願ったからこうなった。今もワタシのせいでこうなったと、頭の中では自分を責め続けているよ」
オーネの声は少し震えていた。私を抱くその腕も、力強さはまるで感じなかった。
「だが、ワタシはそうしなければ良かったとは決して考えはしない。だって、もし君を見捨てていたらきっと今は見捨てたことを責め続けていただろうしね」
オーネは私を抱いていた腕を解き、続けた。
「だから、デスティ。死ねばよかった、なんて思わないでくれ。あの時君が生きたことで、良い方向に変わった未来はきっとある。今は見つからなくてもこれから見つけていこう。それに君はカトラのことを悔いているようだが、彼女はまだ死んだわけではないよ。そうなればワタシはすぐにわかるからね。おそらく捕虜として捉えられているんだろう。さあ、まずは彼女の救出について考えないとね」
オーネがそう言うと、ティーが大きくため息を吐いた。
「やっとかよ。早くしないと流石のあいつもくたばるかもしれねえぞ」
「カトラはそんなヤワじゃないさ。じゃあ、ワタシとティーはやつらへの対策と、カトラの救出の作戦を考える。スライとデスティはゆっくり傷を癒していてくれ」
そう言うと、オーネとティーは部屋を出て行った。
結局のところ、この時間に意味はあったのだろうか。
オーネは私に何を伝えたかったのだろう。彼女自身まで辛い記憶を反芻させて、私に歴史を伝えることに一体どんな意味があったのだろうか。
いくら考えても答えが出ない疑問を頭の中で繰り返しながら、時間は過ぎていった。
オーネが抱いてくれた時の温もりはしばらくの間、妙な不安感と共に残り続けた。
お久しぶりです、まじで。




