元究極生命体デスティ・ルークシオン 2
あれからどれだけ経ったかはわからない。
私は目を覚ました……と言っても視界は相変わらず暗く覆われたままだったが。
しかし、視力以外の他の感覚がほとんど戻っていることに気づいた。
試しに「あ、あー」と発声の練習をしてみる。
すると私の声に気づいたのか、誰かが近づいてくる音が聞こえた。
「おはよう。良かった、目以外に問題はなさそうだね」
聞き覚えのある優しい声だった。
確か、周りの声からはオーネと呼ばれていただろうか。
「助けてくれてありがとうございます、オーネ……さん。えっと、ここは……?」
「ここは第25世界旧神界、境界のその先。つまりはワタシの世界」
ワタシの……?一体どういうことだろうか。
「あ、ワタシの世界っていうのはね……この旧神界はとある事情で少し前に滅んでしまったんだ。そのまま放っておくのももったいないし、半分くらい使わせてもらおうってことでワタシが使わせてもらってるというわけ」
なるほど、つまり感覚としては子供が空き地なんかに集まって、ここが自分達の秘密基地だーって言っているようなものか。
「そうだ、君、名前は」
そういえばこちらが一方的に知っているだけでまだ名乗っていなかった。
「デスティ・ルークシオンです。オーリエン王国騎士団長、コンス・トラウト・ルークシオンの娘の……」
そうだ、父に取り憑いていた何か。放っておけばまた被害が出るかもしれない。
「オーネさん、私帰らなきゃ。私の父に、何か悪いものが取り憑いているのが見えたの」
「落ち着いて。いいかい、ここからファーストワールドに行くには、2つしか方法がないんだ。しかもそのどちらも、今は不可能に等しい」
「……どういうことですか」
「1つはこの世界とファーストワールドの間にある23の世界をすべて超えていく方法。1番シンプルだけど、とてつもない時間がかかる。全てうまくいっても、2年以上はかかるだろうね。それに安全な世界ばかりじゃない。無事にたどり着ける保証はないよ」
「もう一つは?」
「この世界、他の人達は宮殿と呼んでいる。ここの中心には泉があるんだ。そこへ私の魔力を注ぎ込むと、一時的にだが世界を歪ませて、別の世界へ繋げることができる」
それを聞き、私は「じゃあそれでっ」と若干オーネの言葉にかぶせるように言ったが、「もう少し落ち着いて、最後まで聞くんだ」そう返されてしまった。
「それには膨大な量の魔力が必要だ。しかも、私1人だけで賄わなければならない。そしてあいにく、君に会ったときの繋がりはもう途切れてしまってね。最低でも1週間は待たないと」
危険の伴う2年と、安全な1週間。どちらを選ぶべきかは明白だった。
「わかりました。ただ、準備ができたらすぐに連れて行ってください」
「ああ、もちろんだ。では、また何かあったら呼んでくれ」
オーネが立ち上がり、遠ざかっていく音が聞こえた。
しかし、それからしばらくしてあることに気づいた。
何もすることができない。
手探りで歩いて回ってみようかとも思ったが、そもそも何があるかもわからないし、見えないのでは何かあったとしても見つけることはできない。
途方に暮れていると、誰かが近づいてくるような感覚を覚えた。
ぼんやりと存在を感じる、これがきっと魔力だろう。
ゆっくりと近づいてくるそれは、私の横まで来ると止まった。
「すごいね。私のこと見えてたのかな」
「う、うん。ぼんやりと何か近づいてくるなぁって感じだったけど」
「私と同じくらいなのに、もう魔力が見えるなんてすごいなぁ。あ、私はスライ。よろしくね」
「私はデスティ。よろしく」
声からして若いとは思っていたが、私と同じくらいとは思っていなかった。
ぼんやりと見える彼女の魔力は自身の中に収まりきらず、周りへ溢れている。
てっきり熟練の魔法使いか何かだと思っていた。
「それで、スライはどうしてここに」
「それは、私がここに住んでる理由かな。それともどうしてあなたに会いにきたってことかな」
「えと、どうして私に会いにきたの」
正直なところ前者も気になるが。
「決まってるじゃない。あなたの特訓」
「特訓って何を」
「もちろん、魔力を見る特訓だよ。はっきり見えるようになれば、空気中に漂っている魔力まで感じることができるようになって、失った視力の代わりになるって」
なるほど、それなら断る理由もないか。
だが、さっきの口ぶりからしてスライも魔力が見えるわけではないようだが、教えられるのだろうか。
「わかったけど、スライは魔力が見えるの」
「ううん、見えない。だから私も一緒にカトラに教わるの。あ、カトラっていうのは魔法についてとっても詳しい人で、宮殿の書庫に住んでるの」
やけにざっくりとした説明だ。もしかしてあまり親密ではないのだろうか。
私は慎重にベッドから出ると、スライの助けとともに手探りでカトラなる人物のところへ向かった。
私がいた場所から書庫へはあまり距離はなく、すぐについた。その辺りも配慮した部屋を貸してくれたのかもしれない。
スライが扉を開けるとともに、中からとてつもない存在感を感じた。これがきっとカトラだ。
それは、これ以上進むのを躊躇うほどの存在感だったが、それがわからないスライは何事もないように私の手を引っ張る。
「どうしたの。ほら、カトラが待ってるよ」
そう急かされて、私は足を進めようとした。
だが、どうにも前へと動かすことができない。試しに足を後ろに下げようとすると簡単に下がった。
「そう急かしちゃダメよ。その子、少しだけど魔力が見えるんでしょう。だったら私を感じてそうなるのは仕方のないことだわ」
声が近づいてきた。優しげな言葉遣い、だが聞こえてくる声からは確かな迫力があった。
「はじめまして、私はカトラ。あなたがデスティね。オーネから聞いてるわ。1週間以内にあなたを完璧に魔力が見えるようにすればいいのよね」
私はこくりと頷いた。
正直ここからの1週間は、なぜあの時頷いたんだろう、そう思えるほどの毎日だった。
カトラの特訓は無茶振りばかりだった。
最初の2日間は、草木の魔力を見るためと言って森に放り出された。
カトラ曰くその森は宮殿の中にある場所だし、カトラ自身も常に遠くからで見守っているから命の危険だけは心配しなくても良いとのことだった。
しかも一緒に教わると言っていたスライは初日に飽きたと何処かへ行ってしまった。
その後も砂漠だったり、洞窟だったり、とにかくいろいろな場所で生活させられた。
だが、1番辛かったのは考えるまでもなく最終日だ。
カトラと一緒に、宮殿内に隠れたスライを探すこと。
場所に指定はなく、森や砂漠も全て探さなければならなかった。
加えてカトラが一緒にいるせいで周りの魔力がほとんどカトラの魔力で上書きされて周りの様子がつかめなかった。
結局終わったのは予定の時間を超えて、世界がファーストワールドへ繋がる日の朝だった。
特訓を終えたその足でオーネの下へ向かった。
1週間の特訓のおかげで、オーネのいる場所も、そこにある泉のこともはっきりと把握することができた。
「来たね……うん、ばっちり見えてるみたいだ。カトラに任せて正解だったね」
「スライと違って言うことを全てこなしてくれるもの。楽だったわ」
「ちょっと、それはどういうことかな。私が問題児みたいな言い方はやめてよ」
早く行こう、そう言いたいのだが、みんなすごく楽しそうに話しているので言い出しづらい。
「さ、カトラもスライもその辺にして、そろそろ行くよ」
オーネの言葉で、カトラとスライの言い争いが止まった。
続けてカトラがオーネに問いかけた。
「ティーは連れて行かないのかしら」
「ああ、ティーには宮殿の警護をしてもらう。今回は前と違ってデスティの問題を解決しに行くだけだから、そこまでの戦力もいらないだろう」
カトラも納得したようで、「そうね」と返した。
「それじゃ行こうか」
そう言ってオーネは泉の中へ入っていった。それに続いてカトラとスライも入っていったので、私もそれに続いた。
―――
泉に入るとすぐに、浮遊感が襲ってきた。
その浮遊感はすぐになくなり、足が地面に感覚がした。
すぐに動くことはできなかった。この世界に来た瞬間に感じたのだ。
父に憑いていた何か、それが今はあたり一面に広がっている。
「デスティ、君が言っていた悪いものというのはもしかしてこれのことかな」
「……はい、間違いないです」
「こんなもの、見たことがない。カトラ、わかるかい」
「オーネにわからないものが、私にわかると思うのかしら」
「未知に出会ったときは、他人に尋ねたくなるものさ。さてデスティ、これからどうする」
私は答えることができなかった。
1週間の特訓のおかげで今自分がどのような場所にいるのかはっきりわかる。
木々の魔力が周りにある、ここは森の中だ。その森の木々一本一本が全てそのおぞましい何かに取り憑かれていた。
ここまで広がったものを、どうしろというのか。
「聞いているのかいデスティ、これからどうするんだ」
私はただ首を横に振った。
それがどんな意味を持っていたのか、どうすればわからないという否定か、或いは恐怖ゆえの行動か。
それに対してオーネは、私を安心させるように言った。
「すまない、デスティ。言い方が悪かった、いや足りなかったかな。君はこれからどうしたい。君がそうしたいと望むならワタシ達はそれを叶えよう」
その言葉が含んでいたのは、オーネ達の絶対的な自信、いや確信だった。
「そうそう。私まだ魔力もちゃんと見えないけど、とっても強いんだよ」
「そうね。特訓を真面目に受けてくれたら魔力だってすぐに見えるようになると思うのだけれどね」
この人達は、一体何なんだろう。
周りが闇に包まれている中で、この人達の魔力が煌々と光り輝いている。
まるで夜明けに訪れる朝日のような──
「私は、この世界がこのまま壊れていくのは嫌です。私が家族と過ごしたこの世界を守りたい。そのために、オーネ達の力を貸してください」
「わかった。さあ、スライ、カトラ、大仕事だ。まずはこの辺り一帯を晴らそうか」
「いいけれど、スライは魔力が見えないのにちゃんとできるかしら」
「カトラの真似をすればいいんでしょ。魔力を見るのと違ってただ同じことをすればいいんだから、楽勝」
周囲の雰囲気が変わり始めた。
空気中に漂う魔力が揺れ始め、それをみている私の視界もぐらつく。
「ごめんねデスティ、ちょっと怖いかもしれないけれど我慢してね」
カトラは、あろうことか直前にそれを告げた。
もちろん私はそれに備えることなどできなかった。
「「せーの‼︎」」
その瞬間、半球状の魔力の波が2方向へ広がった。
急に迫ってきたそれに、私は思わず転げてしまった。
私は驚愕した。
2人が放った魔力の波そのものではなく、それらがもたらした影響にだ。
私達の周りの魔力は、全て元の通りの自然なものに戻っていたのだ。
「2人とも流石。今のでこのあたりはほとんど払えたかな。さあデスティ、王都へ向かうよ。大元を払って、早く終わらせちゃおう」




