崩壊する世界で
少し前の私なら、ティア・ワットの行動は理解できなかっただろう。
いや、今も理解はできていないのかもしれない。実際私が命をかけるのは大切な人のためではあるが、それは贖罪のためだから。
だが、疑問もある。フューリー・ブレイズのことだ。
ティアは昔からフューリーに使えていたらしいが、その扱いは決して良いものではなかったと聞いている。
そんな相手をも、ティアは助けたいと言う。ティムを助けるついでということで片付けてしまうことは簡単だ。だけど私はそうしたくはなかった。
「…ティアはなんで、フューリーまで助けたいと思うの、小さい頃からいじめられてたのに?」
ティアは走りながらも少し考え、一言で答えた。
「家族だから」
それは全く予想していなかった答えだった。
予想の仕様があるまい。だって2人は家族ではないのだから。
私が浮かべる困惑の表情を見て、ティアは慌てて言葉を付け足す。
「フューリーの家にはね、同年代の子供が4人も揃ってたの。フューリー、フラム、ティム、それに私。小さい頃からフューリーは意地悪で、よくティムやフラムは泣かされてたわ。私はフューリーよりも少しだけ早く生まれて、お姉ちゃんしなきゃって、フューリーをよく叱ってたんだけど、よく喧嘩になっちゃって」
ティアはまるで、ここではない場所を見ているかのように話す。
先ほどまで焦りと不安で曇っていた表情が少し和らいだ。
きっとティアにとってとても幸せな思い出なのだ。
「その度に、使えてる身でありながらー、とかこっぴどく叱られたんだけど、それでもすごく幸せな日々だったわ。それからは、だんだんフューリーとフラムの兄妹仲も悪くなってきちゃって、今みたいになっちゃったけど、それでも思うんだ。またあの頃みたいに4人で笑って、泣いて、喧嘩して毎日を過ごしていきたいって」
少し照れ臭そうに、ティアは笑った。
「つまり、本当の家族かなんて関係ないのよ。2人とも、私にとって他には変えられない存在だから、助けたい。それだけ」
はっきりとそう言い切ったティアを、私はとても羨ましく思った。
私にはそう思える家族はいないから。
―――
運命とは残酷なものだ。時に優しさも見せるのが余計にたちが悪い。
ただ、今回ばかりは優しさはかけらも存在していないだろう。
自分のことではないはずなのに、運命というものを呪いたくなる。
呆然と立ち尽くす私と、崩れ落ちるティアの目には、大きな裂け目によって真っ二つに体が裂けた、ティムとフューリーの姿が映っていた。
ティアの夢見る光景は、叶わないものとなったのだ。
ティアに家族と呼ばれ、彼女の瞳を灯していた、2つの光はきえてしまった。
だが、こんな時にも運命に優しさは存在しているのかもしれない。
ティア1人だけだったならば、希望の見えないまま同じように亀裂に飲み込まれるだけだっただろう。
私がいる。少しの間戸惑いはしたが、思考はしっかりできている。
「…早く行こう。私たちまで巻き込まれる」
一応声はかけてみるが、反応はない。
仕方なく、無理やり抱きかかえ外へと走り出した。
アルトは無事にあちらへついただろうか。
アルトも通ったはずの王都の大通りは無数の亀裂が広がっており、いくつかの亀裂は繋がり巨大な1つへと変貌している。
そこでふと思い出した。フラム・ブレイズはまだ生きているかもしれない。
どうしたことか、この亀裂は王城へと続くこの大通りに集中している。
ここから少し離れた王立魔法学校ならば、まだ幾らかは無事かもしれない。
私はすぐに方向を変え、フラムを救出することに決めた。
―――
予想通り、こちらはまだあまり亀裂は発生していなかった。
だが、1つ大きな見落としをしていた。
この大きさの学校から人を1人を見つけることは何もなくても困難なことだ。加えて今の状況は最悪と言っていい。
せめて教室や寮の場所でも知っていれば探す場所をある程度絞れるが、あいにく私は前回来たときには中までは入っていなかった。
完全に手詰まりだ。
そう思った時、ぎゅっと腕を掴まれる感覚がした。
見ると、ティアが目に涙を浮かべながらもこっちも見ていた。
「ありがとう、とりあえず大丈夫。落ち込むのは私が無事に助かってからよね」
「…うん、それでティア。フラムがどの辺りにいるか、想像できる?」
「教室の場所ならわかるわ。その辺りを探しましょう」
校舎の中は、逃げ惑う生徒たちでごった返していた。
一応その生徒たち一人ひとりに注意しながら、フラムの教室へ向かった。
幸い、その教室に大きな亀裂はほとんど見られなかった。
だが、教室の奥の壁に穴が開いていることに気がついた。明らかに亀裂によるものではなかった。
その周辺も、そこで誰かが戦っていたかのように焼け焦げていた。
私たちがそこへ近づいていくと、穴の向こうから声が聞こえた。
「お願い、だれか……だれかコウスケを助けて!」
長い間叫び続けていたのか、声はかすれていてかなり近くまで寄らなければはっきりと聞こえなかった。
ティアはその声を聞いて、穴の向こう側に急いだ。
「フラム、大丈夫⁉︎」
「私はいいから、コウスケを助けて!」
私もティアに続いて穴の向こうに行くと、そこには身体中傷だらけのフラムと、何かに貫かれたような大きな傷を負った少年がいた。
フラムはコウスケを助けてくれといい続けていたが、どう見ても彼はすでに息絶えていた。
ティアもそれはわかっているようで、首を横に振り彼を助けることは不可能だと伝えた。
一際大きな泣き声が響き渡った。
―――
ティアは泣き続けるフラムを穏やかになだめていた。
彼女も数刻前に大切な人を失っているのに、
こんなことになった原因を探したが、周囲に亀裂は見当たらない。それに、亀裂に飲み込まれてもあんな傷はつかないはずだ。
「…ここで何があったの」
「突然何もないところに小さな亀裂が現れたあとすぐ、フードをかぶった人が教室に入ってきたの。その人はいきなり襲いかかってきて……私たちも頑張って抵抗したけど、ほとんどの人はその人に連れて行かれた」
その時のことを思い出したのか、フラムの顔が恐怖に歪む。
「私とコウスケは今いるこの小部屋に隠れてやり過ごそうとしたんだけど、コウスケは1人でみんなを助けに行くって出て行って……」
「…もうわかった。辛いのにわざわざ話してくれてありがとう。ティア、フラムを連れて動ける?」
ティアは首を縦に振った。
「…じゃあ、早くアルトと合流しよう。まずはそれが第一目標。次のことはそれから考える」
幸い学校の周りはあれからほとんど亀裂が広がっている様子もなく、多少大きな亀裂が発生していた大通りも無事に通り抜けることができた。
だが、問題はここからだ。きっとあの山の周辺はすでに亀裂で埋め尽くされているだろう。
おそらくもう、彼女を頼らねばこの世界を抜けることはできない。
できればそれだけはしたくなかった。彼女を頼るということは、今まさにこの事件を起こしている元凶のもとへ行くということだ。
だがそうしなければ確実に助からない。少しでも助かる確率があるのなら、そちらに賭けてみよう。
そして走ること数分、あの山の麓に広がっていた森があったであろう場所についた。
無数の亀裂が繋がりあい、一つの巨大な亀裂としてこの世界を切り裂いていた。
不気味に歪むその亀裂の先に向かって、私は叫んだ。
「…デスティ・ルークシオン、ただいま戻りました」
すると、亀裂の奥から静かに一本の道が伸びてきた。
ティアとフラムは不安げにこちらを見ていたが、一言「…大丈夫」と言うとさらりとついてきた。
その道は、ゲートへと繋がっていた。亀裂に切り裂かれた世界の中でも、ゲートだけは残っていた。
私はゲートに入る前に足を止めて、ティアとフラムの方を見た。
「…この先、どんなことがあっても声を出したらだめ。これ以上少しでもあの人の機嫌を損なったら、私たち全員即座に殺される」
ティアが怪訝な顔をした。
「あの人って……?」
「…今は気にしちゃだめ。とにかく声を出さないこと。たとえ何をみても」
ティアはまだ疑わしげな様子だったが、渋々うなずいた。
ゲートを抜け、まず見えたのは真っ暗な空だった。真っ直ぐ前を向いていても空が見えてしまうほど、周りには何もなかった。
だが、入った前から感じていた気配は消えていない。
少し上を向いた。するとそこには、無数のの人影があった。
だがその中でも3人、一際強い気配を漂わせている者がいた。
1人は女性には似合わない大きな斧のような武器を片手だけで持ち上げている。その長い髪は手入れをしていないようで、ボサボサだ。
そして、フードをかぶっている女。おそらくフラムたちを襲った犯人だろう。
何より、その2人の間にいる銀色の髪の女。その白い肌は暗闇の中ではかなり目立つ。だが、彼女を見たものはそれよりも先にある一点を見るだろう。
彼女の目があったはずであろうその場所には、辺りを埋め尽くすほどの暗闇が渦巻いていた。
私は少し前へ出て、中心のその女に向かって跪いた。
「…ただいま……オーネ」
「おかえり……というべきなのかな。君はワタシを裏切った」
オーネはそう言うと、私に近づくように下へ降りてきた。
「君がカナデの手に落ちた時、ワタシは気が気でなかった。だがどうだ、部下を送り込み報告を受けてみれば、すっかりカナデの傀儡だ」
オーネはしばらく私を睨み続けていた。しかし、少しすると視線を私の少し後ろに移した。
「だが、ワタシも無意味な殺しはしたくはない。デスティ、君がこれ以上抵抗しないならば後ろの2人には手を出さないでおくこととしよう」
願ってもない提案だ。オーネは私を殺しはしないだろう。それで2人が助かるのなら喜んでこの身を差し出せる。
「…ありがとう。オーネ」
「言い忘れていたな。その話し方をやめろ。私の眼だ、脳に負担はかかるだろうが、制御くらいはできるだろう。それとも、何かを探しているのかな」
やはり欺くことはできないようだ。おそらくこれ以上嘘をついてもすぐにばれてしまうだろう。
「アルトは、どこですか」
「そうか、探していたのは彼女か。いいだろう、合わせてあげよう」
オーネはそう言うと、上空の無数の人影に向かって手招きした。
すると、その中からたった1人だけが降りてきた。
見るまでもなくわかる。まるで昔の私と対峙するようなこの感覚。
アルトはオーネの隣まで降りてくると、口を開いた。
「お呼びですか、オーネ様」
「ああ、デスティが君をご指名だよ」
アルトはオーネに一礼すると、こちらを向いた。
「何かご用でしょうか、デスティ様」
「いや、もういいよ。アルトが無事って確認できたから」
私がそう言うと、オーネが意外そうな顔をした。
「その様子だと、アルトのことは気づいていたようだな」
もちろんだ。気づかないはずがない。容姿も、性格も……能力すらもあの頃の私とそっくり同じなのだ。
「アルトは、私の眼から生み出された過去の私の複製体、ですよね」
アルトを見ていると思い出す。私の運命を変えたあの出来事を。
そしてかつて恩人と慕っていた存在を、裏切ると決めた時のことを。




