究極生命体と犯人 1
部屋に戻るとティアが、「おはよう。どこへ行っていたの?」と迎えてくれた。
私は自分の身に起こったことは伝えず、散歩に行っていただけだと答えた。
出歩くなと言われていたこともあり、訝しんでいるようだったが、私の後ろからデスティが顔を出すと、納得したようだった。
デスティの許可をもらって出ていたのだと思ってくれたのだろう。
それにしてもまだ日も昇りきっていないというのに随分と疲れた。
私は部屋に入ると真っ先にベッドへと飛び込んだ。
すると何か硬いものに当たり、なんだろうとそれを手に取った。
それはデスティから昨日受け取った本だった。後から入ってきたデスティは、それを見て思い出したように言った。
「…そうだアルト、もう一冊あなたに渡したい本があるの」
そう言ってデスティは一冊の本を差し出した。
それはメモ帳程度の大きさしかなく、表紙には何も書かれていない、見ただけでは何の本なのか分からないものだった。
「…読んでみて」
デスティから何か圧のようなものを感じ、私はページを飛ばしてしまわないように、丁寧に本の端を摘んで開いた。
―――
「デスティ、これは…?」
私は今起こったことを理解することができなかった。
本を開くと同時に、光が私の視界を覆い尽くした。
思わず私は目を閉じてしまい、気づくと本は私の手から消え失せていた。
何が起こったのか、という意味も込めた私の言葉にデスティは微笑んで答えた。
「…お守り。アルト、危なっかしいことばかりするから」
そう言われて、私は自分がしてきた行動を思い返し、少し恥ずかしくなって俯いた。
というか、何も答えてもらっていない。
がばっと顔を上げ、デスティに抗議をしようとしたが、「…それより、他の本もちゃんと読んで勉強しなきゃ。それがアルトの強みなんだから」と無理やり話題を逸らされてしまった。
私は納得がいかず、むすっとしたまま別の本を手にとり読み始めた。
―――
それからしばらく、ちょうど2冊目の本を読み始めた頃だった。
部屋のドアがノックされ、開くとピーター先生がいた。
「ピーター先生、何か分かりましたか?」
私がそう問うと、ピーター先生は首を横に振った。
「どうも彼は、何者かに能力で操られていたらしい。目を覚ましたが、何も覚えていないようだった」
一気に犯人にまで辿り着けるかと思っていたが、そうはいかないようだ。
だが、フューリーの最近の行動を調べればフューリーを操っていた人物にたどり着くかもしれない。
「ティアさんや、アルトさんなら、彼が最近どうしていたか、知っているかな」
「私は知りません。最近は少し余裕がなかったもので。ティアも……多分知らないと思います」
ピーター先生はそれを聞くと少し下を向いて、「ううむ……」と唸った。
少しすると、顔を私の方へ戻しら「デスティさんを呼んでくれるかな」と言った。
私は言われるまま、部屋の奥へ行きデスティが呼ばれていることを伝えた。
デスティは、「…わかった」と言って部屋の入り口へ向かっていった。
ティアはきょとんとして、ベッドの上に寝転んだまま「誰?」と聞いてきた。
私は、ピーター先生だと答えたのだが、いまいちピンときていない様子だった。
そこでもう少し詳しく、試合の時に私たちを治療してくれた先生だと言うと、ようやく理解したようだ。
そういえばティアはあの時怪我をしなかった上、大丈夫だと言って医療棟にも行かなかったのでピーター先生とは面識がないのだ。そのことをすっかり忘れていた。
一応ティムに応急処置を施していたのはピーター先生なのだが、あの時ティアは相当動揺していたうえ、思い出させてしまうのは酷だろう。
「そういえば、フューリーは見つかったのかしら。カナデさんはあれから来ていないのよね」
そうだ、ティアはまだカナデさんがいなくなったことを知らない。
伝えてもきっと心配させてしまうだけだろうと、フューリーが見つかったことだけを教えることにした。
「フューリーは見つかったみたいだよ。デスティが教えてくれた」
それを聞くと、ティアは少しほっとした様だった。
「良かった。彼もティムと同じように襲われていたの?」
「わからない。見た目はなんともなさそうだったけど……」
そこまで言って、私ははっとした。
「アルト、まるでフューリーを見てきたみたいな言い方ね。もしかしてさっきまでいなかったのって……」
「え、えっと……」
ティアはじーっと私の顔を睨め付けてくる。
しまった、出来る限りさっきまでの行動を知られないようにしていたのに。
だがまだ、私がフューリーを見たということしか知られていない。まだ大丈夫だ。
「実はさっきデスティと一緒に様子を見に行ってきたの。隠してごめん」
ごまかせたかな、とティアの顔を見る。
するとティアはまだ疑わしげにこちらを見ている。
「本当にそれだけ?」
「え、な、なんのこと……?」
まずい。そんなにわかりやすく態度に出ていただろうか。
「フューリーが見つかったってことをデスティが伝えにきて、アルトが私を置いていくはずないじゃない。あなたは彼に関係ないんだから。それに──」
ティアは私の腕を引っ張り、手首の部分を指差した。
「この痕は何?」
そこには私が繋がれた手錠によるものだろう。青黒い痕がくっきりと残っていた。
「ねえアルト、何があったのか教えて」
その真剣な眼差しに、これ以上誤魔化すことは出来ないと悟った。
―――
「また随分と無茶したのね。無事で良かったわ。それにしても、そんなことになっていたのね……フューリーも心配だけど、カナデ様も大丈夫かしら……」
結局今朝起こったことを全て話してしまった。
それにしても、ティアのカナデ様という呼び方はどうにも耳がムズムズする。
しかし、ティアはもう少し慌てるかと思ったが、ほとんど動揺している様子は見られない。
「ティア、意外と落ち着いてるね……ティア?」
どうしたのだろう、ティアが何かを思い出そうとするように頭を抱えている。
「ねえアルト、フューリーがこの1ヶ月人が変わったみたいだったのは覚えてる?」
「う、うん。あ、そうか、あの時にはもう既に……」
こう言うとフューリーに失礼かもしれないが、正直あの変わりようはいくらなんでも信じられないほどのものだった。あの頃には既に操られていたと考えると納得してしまう。
「あの頃フューリーが、ある人と頻繁に会っていたと思うのよ。もしかしたら……」
「そ、それ本当⁉︎ じゃあ、今からデスティに頼んで探してもらおう! どんな人だったか覚えてる?」
「ええ、ほんの少しだけなら。男の人で、背の高い人よ。髪は茶色だったかしら……」
うむむ……あまり特徴のある見た目ではなさそうだ。
とりあえず、部屋の入り口に居るはずのデスティとピーター先生に相談をするために移動をする。
ベッドから立ち入り口へ向かうと、まだ何か話しているようで、開いた扉を挟み向かい合う2人の姿があった。
「デスティ、お願いしたいことがあるんだけど」
デスティは首を傾げた。
「ティアが、この1ヶ月フューリーと頻繁に会っていた人を見てるらしいの」
ティアに詳しく話してもらおうと、後ろにいる彼女の方を向き、話すよう促そうとした。
しかし、どういうことかティアは真っ直ぐ立ったまま動かない。気のせいだろうか、少し震えているようにも見える。
「ティア? 大丈夫?」
するとティアは、やはり震えながら腕を上げ、人差し指でまっすぐ前を指す。
「そ、その人よ……いつもフューリーと一緒にいたのは……」
ティアが指差す先には、不気味に微笑むピーター先生の姿があった。




