ダイアナとアルトの幸せ
平原を抜け、ダイアナがいるはずの山へと続く森の中を駆け抜ける。
異生命体は一部を除いて身体能力がかなり高いため、速さ的には人間である騎士団とともにあるはずのダイアナに追いつくことは可能だろう。
まあ、一部の例外にティムが該当しているため彼だけティアにおぶられているのだが、それでも問題はないはずだ。
ちなみにティアは、能力で霧を作り出しながら移動している。
ティアほどの力があればおそらく霧はもうダイアナがいるところまで届いているはずだ。
これで向こうの視界も悪くなり、バレてしまう可能性をさらに減らせる。
森を抜けると、まさにダイアナが登っているはずの登山道の前に出た。
しかし流石に、別世界へのゲートというへの重要な施設に続く道。見張りの兵が常に辺りを警戒している。
幻影魔法で姿を隠して突破しようかと考えたが、土煙や音でバレてしまう可能性がある。
そこでティムの出番だ。
私がティムに無言で合図を送ると、彼は能力を発動し、辺りの時を止めた。私達は動けるままに。
前に聞いたことがあった。ティムの能力はティム以外の全てのものに無条件で干渉してしまうのかと。
ティム曰く、対象が自分の視界に入っていればそれを能力の対象から外すことができるそうだ。
ティムのこの能力を利用し、登山道を駆け登る。
しかしかなり負担がかかるようなので見張りから見えなくなったところで能力を解く。
できれば追いつくまで続けて欲しかったが無理強いはできない。
少し登ると金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。おそらく騎士団の鎧の立てる音だろう。
ダイアナはもうすぐそこだ。
―――
一歩一歩進んで行く度に震えが強くなっていく。といっても少し前から出てきた霧で体が冷えたわけではないだろう。
私がこれから行くところは戦場だ。しかも犯罪者として送られる私を、現地で戦っている兵達は迎えてくれるだろうか。
おそらく戦力として使えるうちはまだ平気だ。でももし怪我でもしようものなら、どうなってしまうかはわからない。
和を乱す存在として排除されてしまうかもしれない。
そんなことばかり頭をよぎってしまう。
それに、今進んだ分彼女との距離もそれだけ離れていく。それを実感するのはとても耐えられない。
せめて彼女が、アルトが一緒にいればこんな震えは一瞬で止まってしまうだろう。
だけどそれは許されない。もしそうなれば彼女を巻き込んでしまうことになる。彼女には辛い思いはして欲しくない。
…なんだか霧がひどくなってきた。一歩先が見えるかどうかというところだ。
思わず歩みを止めてしまうが、自分の後ろには見張りの騎士がいることを思い出す。
ぶつかってしまうと思い身構えるが、いつまで経っても衝撃はこない。
どうしたのかと振り返ってみると、騎士は足を前に出し、一歩歩もうかというところで静止していた。
よく耳を覚ますと、鎧が発する金属音も聞こえない。
何事かと騎士に歩み寄ろうとすると、後ろから声が聞こえた。
「やっと追いついたよ、ダイアナ」
その声はとても聞き覚えのある、聞いていてとても心地の良い澄んだ声。そしてこの場で聞こえるはずのない声。私が求めていた声。
振り向くと霧の向こうに、声の主と思われる影が見える。
よく知っている大きさの人影だ。いつも少しだけ見上げていたあの人影。
その人影に近づいていくと、徐々にその風貌が鮮明になってくる。
長くまっすぐに伸びた黒い髪、金色の瞳、いつも私に笑いかけてくれた、よく知った姿だ。
「アル…ト…どうして…」
私が語りかけるとアルトは両手を私の背中に回し、私を抱きしめる。
「間に合った…ダイアナ…お別れも言えずにいなくなるなんて嫌だよ…」
アルトは嗚咽を混じらせながら絞り出したような声でそう言った。
「なんで…私は、アルトに苦しんで欲しくないのに…私とこれ以上一緒にいたらアルトまで不幸になる…だから私は…」
「いやだよ!…ダイアナのこと、全部デスティから聞いた。1人だけで苦しむなんてそんなの絶対だめ!」
アルトの叫ぶ声が辺りに響く。
「ねえダイアナ、私考えたの。人と関わらないようにしていたダイアナが、どうして私に声をかけたのか……ダイアナは、私に助けて欲しかったんだよね。ダイアナのことを知らない私と、何も気にしないで笑いたかったんだよね。だったら今も、私にダイアナを助けさせて」
…そんなのずるい。アルトはいつもそうだ。初めて会った時だって、私が一番必要としてるときに現れて、私が欲しかった言葉ばかりくれて。
「ずるいのよ、アルトは。そんな事言われたら…助けて欲しくなるに…決まってる」
「いいんだよ。私だってダイアナにいっぱい助けてもらったんだから」
「そういうところがずるいのよ。私は、新たに何もしてあげられてない」
いつだって救ってもらっているのは私だった。でも、アルトは納得してないように顔をむっとする。
「ダイアナだって、そういうところだよ。自分がどれだけ人を助けたか、全然わかってないんだから」
「じ、じゃあ私がアルトに何をしてあげたっていうのよ」
私がそう言うと、アルトはにやりと笑い得意げに語り出す。
「私がお金をなくして困ってた時に助けてくれたのはダイアナだよ。寮での生活だって、ダイアナはたくさん助けてくれた。ダイアナがいなくなった後が心配なくらいだよ。試合の時だって、ダイアナがあれだけ勝ってくれたから私達は勝てたんだよ。ほら、ぱっと出るだけでもこれだけ助けられてる」
「そ、それは全部私のためにやったことだから…」
「知ってる。デスティからいろいろ聞いたから。でも私だって、ダイアナを助けようと思って行動はしてなかったよ、ダイアナの事情は知らなかったし」
さらにアルトは続ける。
「きっとそういうものなんだよ。
誰だって知らない間に人を助けてるし、逆に苦しめる時もある。
きっとそれは言われなきゃわからない。
だからねダイアナ、私は言うよ。
私は苦しかった。
ダイアナにもう会えないって考えるだけで。
私が今ダイアナといると不幸になるって言ったけど、私にとっては今ダイアナと一緒にいられないことの方が苦しいよ」
アルトの目から涙がこぼれ落ちる。
ああ、私は本当にアルトを苦しめていたんだ。
自分も苦しんで、苦しめたくなかったアルトにまで辛い思いをさせて。
「私も…
私も本当はアルトと一緒にいたかった。
でも騎士団の人達は邪魔な者には容赦しないって…
私の周りの人が傷つくのはもう嫌だった。
だからアルトに会わないようにしてたのに、かえって傷つけてたなんて…思わなかった
だからアルト、ごめんなさい。それと、ありがとう」
「こっちこそ、もっと早く気づいてあげられなくてごめんね」
お互い顔を見合わせる。これからもうこうやってお互いの顔を見れることはないかもしれない。
それはアルトもわかっているのだろう。アルトも、そして私もその目からは涙が溢れ出してくる。
けれどその顔は笑っていた。今こうして2人でいることは辛いことではなく、2人にとって幸せなことだから。




