ティア・ワットの下克上
フューリーが負けた。
それも相手は全く傷を負っていない、まさに完敗だ。
「…せめてもの救いは、次がティアだということ。少なくとも水で弱点はつける」
デスティはそう言ったが、先ほどの試合を見た後ではどうも次の勝負に希望は見えなかった。
「そろそろ行かなきゃ、勝てなくても絶対何か、掴んでくるわね」
「頼んだわよ。そして、私に繋げて」
ダイアナはそう言って、ティアの背中を押し、送り出した。
―――
「フラム、久しぶり」
「ティア、元気そうで良かったわ。でもまたあの人と一緒なんて、災難ね」
「そうでもないわ。今まで下に見られてた人と同じステージに立てて、むしろいい気分よ」
そう言うと2人はお互いを見合い、戦闘態勢をとった。
それを見たカナデは初戦の時のように間は開けずすぐに言葉を放った。
「両者準備ができたようね。それでは始め!」
その言葉の後、初めに動いたのはフラムだった。
右の手に炎の槍を構えそれを投擲する構えをとる。
しかしそれを見たティアはすぐに間を詰め、フラムの間合いのさらに内側に入り込む。
そして、フラムの腹部に向け渾身の一撃を放った。
ティアの右手からは大量の水が吹き出し、フラムを吹き飛ばした。
さらに、ティアは、闘技場の端まで吹き飛ばされ、体制を崩したフラムに追い討ちをかけようと次の攻撃の構えをとる。
ティアはフラムの頭上に大きな水の塊を作り出し、それを真上から落とした。
「ぷはぁ、やるわねティア。でも最初の攻撃はともかく、さっきのは何?あんなのじゃ私は倒せないわよ」
「そんなことわかってるわ。それよりも、足元に注意した方がいいわよ」
そういうとティアはフラムの足元を浸している先ほど自身が作り出した水たまりから、水滴を弾丸のように打ち出した。
「なっっ⁉︎」
フラムは間一髪のところで避けたが、それは初撃を避けたに過ぎず、ティアは間髪入れずに次々に弾丸を発射していく。
そのティアの猛攻を、フラムは避けきることができず、ついに一つの弾が頬をかすめその顔に傷をつけた。
―――
「すごい…!フューリーは何もできなかったのに…ティアの方が優勢だよ!」
「…まあフューリーが何もできなかったのは《三叉戟》で意識を乱されたのもあると思うから。《三叉戟》はそこまで細かい調整ができる攻撃じゃないから注意してれば避けるのは難しくはない」
「あの…それにティアはまだ奥の手を出していないと思うんです。」
ティムは奥から出てきてそう言った。
「使ったのはまだ、ティアが異生命体になっていない時から使っていた魔法だけですから」
「異生命体になっていない時って…ステータス鑑定の前でも能力って使えるの?」
「人によるわね。私は異生命体になるまでは石なんて作れなかったわ」
「へー、そうなんだ」
「…3人とも、そろそろ試合が動きそうだよ。もう水溜りの水が無くなる」
―――
ティアは試合の始まる前こそダイアナにああ言ったものの、実際にフラムと向き合ってからは自分が勝つことだけを考えていた。
ティアは物心ついた時からブレイズ家に仕えるための訓練を受けてきた。
常にフューリー・ブレイズの下であり、両者異生命体となった今でもフューリーに勝てるとは思わなかった。
だが常に上であったフューリーは、同じくこれまで常に彼の下であった妹に負けた。
ティアは分かっていた。何故フューリーはああも無様に負けたのか。
フューリーは自分の上しか見てこなかった。常に自分が最上であるために。
おそらく誰だってそうだろう上を見ていなければ階段は登れない。たまに下を向くことがあっても、それは自分がどれほど高い位置にいるかの確認だけだ。
下を向けるのは階段を登り切った頂点に立つ存在のみ。
だからフューリーは下であるフラムのことを全く気にかけてはいなかった。
それ故に負けたのだ。
しかし、ティアは違う。常に上へ登って行くフューリーやそれを追いかけるフラムの姿を生まれてからずっと見てきた。
おそらくティアは本人たちに劣らないほど、フューリーとフラムのことを理解している。
そこが唯一の勝機だとティアは確信していた。
試合が始まった瞬間にフラムは攻撃してくるだろう。
ティアはそう思っていた。
ティアは知っていたからだ。フューリーとティアがとても似ていることを。
だから今までフューリーという上の存在しか見てこなかったフラムはきっと、下に見ているティアにフューリーと同じ行動を取るだろう、そう思っていた。
試合開始の合図。
ティアの思った通りフラムはすぐに動いた。
予測されている攻撃という大きな隙を作ってしまったフラムにティアは速攻する。
攻撃を受けたフラムは冷静を装っているが、おそらくフューリーと同じで理解が追いついていないはずだ。
ティアの思った通り、フラムは冷静ではなかった。ティアの仕掛けた簡単な罠に見事に引っかかってくれた。
(これで終わって…!)
罠にかかったフラムを見てティアはそう心の中で願った。
フラムを覆う水の弾幕が少しずつ薄くなっていく。
その中にいるフラムは傷だらけではあるもののまだ辛うじて立っていた。
(まだ…!)
フラムの足元から水たまりがなくなると、彼女はゆっくりと動き出した。
「やってくれたわね…ティア。でもその顔、もう打つ手無しって感じね」
「ええ、もう約束が守れそうにないの」
「約束?それは悪いことをしたわね。あとで一緒にその人に謝ってあげる!」
フラムは勝ちを確信した笑みを浮かべ、攻撃の構えをとる。
しかしその瞬間ティアの様子が変化し、その動きは止まった。
「ダイアナ、ごめんね。フラムに勝って次の人の手の内くらい暴いてあなたに繋げようと思ったけど、できそうにない」
そう、ティアはフラムが罠にかかった時点で負けはないと確信していた。
フラムがそれで倒れるか、とどめの一撃による魔力切れで引き分けか。
「フラム!次は勝つよ!」
ティアは全魔力を集中させ叫んだ。
「固有能力《絶海》‼︎」
そう唱えたティアの周りに最初とは比べ物にならない量の水が作られ、大きな波のようになってフラムを飲み込んだ。
水が魔力に戻り消えると、そこには気を失っているフラムの姿があった。
そしてそれを見ると同時に、全ての力を使い果たしたティアは気が抜けたように地面へ倒れた。
それを見たカナデは試合終了の合図を告げた。両者戦闘不能、と。
ティアにとっては最高の言葉とはならなかったが、それでも高揚する気持ちを抑えきれずに力の入らない腕を太陽にかざすようにあげると、人差し指と中指を立て、勝利のサインを後を任せる仲間へ送った。




