20140426『クラスメイト:弐』
…………夢
「───『チバ』さん! アタシ、夢があるんですよッ!」
「……唐突にどうしたんだよ?」
一日の授業が終わり、家や次の目的地への帰り道に踏み出そうかと言うタイミング。
学校の1階、広いエントランスの端で向かい合ってお喋りをしていた俺に、突然『ユーリ』が叫んだのだ。
それまで普通に会話をしていただけに、意表を突かれた俺が問い返すと。
あまり無い胸を張りながら、『ユーリ』が宣言する。
「えっへへー。 ズバリ、『お米様だっこ』されたいんです!」
「『お米様』……え、何ソレ?」
「あれ? 知らないんですか? ほら〈米俵〉を運ぶみたいに……」
一瞬言葉の意味が分からなかった俺は、特に捻りもなく問い返した。
すると『ユーリ』は、地面から自分の右肩へ何かを抱え上げる様なジェスチャーをして説明してくれた。
この動作なら、私も知っている。
「……ああ、【俵担ぎ】か?」
「そうとも言います! アタシ、こ【─────────────ザザッ】んですよ!」
□
クッ……ノイズが───
□
「…………へ、ぇ。 そう……なんだ」
「まー、それはさておき。 『チバ』さんてー、元自衛隊の人ですよね?』」
そう言いながら、ニマニマとした笑みを浮かべる『ユーリ』に、嫌な予感がする。
「ああ、そうだけど……ってまさか」
「一回やってみて貰えませんかッ!?』」
「ちょ、俺も現役離れて長いんだけど……」
「ものは試し、って言うじゃないですか! ほらほら、アタシ軽いですし、何より───」
思わず渋る私に、テケテケと近付いてきた『ユーリ』は、ケラケラと笑いながら俺の手を取る。
急な行動に驚く俺を余所に、そのまま躊躇無く自分の腰に私の手を誘導しながら、スッと顔を寄せてきたのだ。
もちろん嫌な訳は無い。 無いのだが、驚きの余り無意識に距離を取ろうとした俺の体は、真後ろにエントランスから外を見れる〈ガラスの壁〉が有った為、僅かも下がれなかった。
動きが止まった隙に、『ユーリ』の顔がまるで……キスでもしようとしているかの如く近付いてきて───至近距離から横に逸れた。
「───(乙女の柔肌に、公然と触れ合えるチャンスですよぉー?)」
俺は呆然と、目の前に見える『小さな耳』を凝視していたが、クスクスと言う小さな笑いと共に『それ』が離れていく事で、ハッと気付いた。
……確かに、試してみた所で俺に損は無い。
その上、触れる。
『ユーリ』に、触れられる。
そんなの……やらない手は、無いじゃあないか。
俺は気を取り直し、肩をグルグルと回しながら『ユーリ』の顔を見る。
すると、期待でワクワクしているのが良く分かる顔が、至近距離から私を見つめ返していた。
「はい、どーぞ」
「……んじゃあ、失礼して」
まるでハグを要求するかの様に、両手を広げてこちらを待つ『ユーリ』に。
まだ、若干の躊躇を覚えながらも、しゃがみ込みつつ向かい合った『ユーリ』の腰に手を伸ばし、自分の肩に近づけて行く。
すると、必然的に私の顔が『ユーリ』の腰に近付き、何とも言えない……甘い様な、柑橘の様な、ミルクの様な匂いが鼻をくすぐる。
ズクリ、と。 脳髄を刺激する匂い。
努めて意識しない様にしつつ、両足を踏ん張り、『ユーリ』の体を自分の肩に預託し、右腕で固定する。
───柔らかい。
『自衛隊』時代に、訓練やら演習やらで何回か男を担いだ事はあるが、当たり前だが大体固かった。
……いや、後輩に連れられて、いわゆる『風俗』に行った事もある。
その時に女性と触れ合う事もあったが……ここまで意識しなかった。
下手をすると、壊してしまいそうな、そんな危うさ。
俺が、俺なんかが、触れてしまって良いのだろうか……?
緊張でバクバク言い始めた自分の心臓をなだめながら、それでもグッと力を入れて『ユーリ』を持ち上げ───
───グッ!? 持ち、上がるけど……意外と……重いッ!?
□
……この時の私は失念していたが、人間の体と言う『モノ』は……重い。
相手も自分に掴まろうと、力を入れている際には軽減されるのだが、完全な脱力状態の人間はその重量が全て自分に掛かってくる。
それは実体重より重く感じられ、慣れていない人間にとっては殊更負荷となる。
……いや、言い訳だな。 結局ここで『ユーリ』を持ち上げれなかったのは、純粋に私の腕力、体力が落ち込んでいた事が原因に他ならないのだ…………私は、酷く衰えていた。
『ユーリ』の足が、浮いたか浮かないかの状態で数秒堪えたものの、結果的には立ち上がる事は出来なかったのだ。
□
俺は、しゃがんだまま上がってしまった息を整えながら、『ユーリ』の顔を見る事も出来ずに居た。
すると……パンパンと服のシワを伸ばす音と共に、頭上から降ってくる『ユーリ』の言葉が。
「───なーんだ。 『チバ』さん、出来ないんだ…………ま、良いですけど」
言外に聞こえる、落胆と。
多少は予想していた、と言う風な空気。
……それを言われた時の、自分の不甲斐無さと言ったら……無い。
□
特に頭が良い訳でも、金がある訳でも、顔が良い訳でもない私が、若干なりとも持っていると自負していた体力で。
役に立たない、と断じられたのだ。
悔しいに……決まっている。
即日、私は自分を鍛え直す事を決意した。
幸いな事に、この学校には無料で利用できる『適した場所』が、ある。
更には、学生と言う身分であり働いてもいない私には、時間もある。
もう……『ユーリ』に、失望されたくない。
私は、強く、そう思ったのだ。
□□□
「───と、言う訳で。 俺はトレーニングする事にしたんだよ」
自分の不甲斐無さはあまり伝えず、体力が落ちたせいで『ユーリ』を持ち上げれなかった事が悔しい、と言う説明だけして。
俺は『タモリ』くんに、事情を説明していた。
すると、どこか共感できる所があったのか、深くウンウンと頷きながら『タモリ』くんが答える。
「そうだったんスね……確かに、男として腕力はあるに越した事は無いッスよ! 自分も、いつか彼女が出来た時に頼れる男でありたいッス!」
フンスと、鼻息荒く宣言する『タモリ』くんに、思わず苦笑してしまう。
俺も、そう言えたら良いのだが……。
「ま、その通りだよね。 俺も、頑張って『ユーリ』に好かれたいよ」
「応援しますよ! 頑張って下さいね、『チバ』さんッ! …………ん? あ、あれ?」
それまで、多少控えめながらも普通に会話していた『タモリ』くんが、唐突に何かに思い当たったかのように、遠慮がちに声を掛けてきた。
「でも……あの……『チバ』さん?」
「ん? どうかした?」
「確か『ムライシ』さんて……その───」
□
【───ザッ】
また、ノイズか…………はぁ……分かってる。
□
「その──────『彼氏』、居ます……よね?」
【───ザザッ】
「…………ああ、知ってるよ」
……ああ、知っている。
知っているとも。
そう。
彼の言う通り、『ユーリ』には。
今現在、付き合っている……『彼氏』が──────存在する、のだ。
俺の、この想いは───『横恋慕』なんだよ。
……知っている




