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皮肉と魔術のフラジール  作者: 宇後 筍
一章:アリウム・ギガンチウム
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第9話:聖骸布

間が空いてしまいました


 アトミは夢を見ていた。


 日本にいた頃の夢だ。親がいて、友人がいて、仕事があった。そこには日常という繰り返される平和な日々があった。


 けれど、いつしかそれをつまらないと思うようになった。何かがそれを壊してほしいと願ったこともあった。アトミは日本に生きながら、どこか別の場所のことをいつも考えていた。


 ラジオをつけると古ぼけたそれはノイズを発しながらどこか遠い場所の電波をアトミへと送ってきた。そこへ行きたいと願うけれども、アトミにはそれがどこなのかが分からない。段々とノイズが酷くなり、まるでそれに飲み込まれるように意識が猥雑になっていく。


 朝、出社時間、夕食、ノイズ、一人、23:00、星、ノイズ、会議、ノイズ、書類の積まれたデスク、ノイズ、煌びやかなネオン、ノイズ、ノイズ、ノイズ。


 チャンネル送りのように砂嵐が走り、日々が過ぎていく。ただ日常という決まり切ったルーチンをこなす自分は、プログラムとさして差がないような気がした。


 そんな夢だった。



「……ぅ、ん?」


「お、眠り姫のお目覚めね」


「ったく、これだから魔術師ってのは貧弱でいけねえ」


 意識を取り戻すと、そこは怨念鎧と戦闘を行なった広間だった。どうやらさして時間も経っていないらしい。軽く痛む頭を振りながら尋ねる。


「どうなった?」


「見ての通り」


 ジョゼは笑うと指を差した。その先には怨念鎧の本体である兜が、まるで標本のように大剣で縫い止められていた。今やあの恐ろしげなオーラは霧散し、ただの壊れた防具と化している。


「俺たちの勝ちだ」


 男たちがその言葉に快哉をあげる。包帯で手当てされ野戦病院さながら痛ましい姿になっている者ばかりだが、それでも一人残らず陽気に笑っている。


 「生きて酒が飲めるならそれで幸せ」。これも死の近い冒険者特有の感覚だろう。アトミは叫ぶ気分にはなれなかった。未だにこうした「冒険者の流儀」に慣れないこともそうだが、一回の戦闘でこれだけの魔法を連発したのは初めてだったからか、体調がすこぶる悪い。


「ヘタってる場合じゃねえぞ、アトミ。予想どおり、奥にあんのは宝物庫だ」


「なるほど、それは座ってる場合じゃねえやな」


「てめえが日頃、『聖遺物』『聖遺物』ってうるせえから待っててやってんだぜ! 感謝しろやこの青瓢箪が!!」


「うっせえんだよアル中。頼んでもねえことを恩着せがましいんだよ」


 憎まれ口を叩きながら、アンドレがアトミのの腕を持って引き上げる。アトミもまたそれに同じ調子で返しながら、肩を借りて立ち上がった。


「さてさて、何が出るかなっと」


 部屋の最奥には、もう一枚の扉があった。恐らくは今の部屋は侵入者を排除するための間で、ここから先が本当の宝物庫なのだろう。


 アルビーナが不自然なオドやマナがないか入念に確認し、扉を開ける。


「大丈夫よ、反応なし」


 そこには数々の財宝があった。宝石のついた冠に真珠の首飾り、上等な絨毯や金貨が朽ちた部屋とは対照的に今なお光り輝いている。


「うおおおおおお!!!」


「当たりだ当たりィ!!!!」


「いいかお前ら、これは一度クランで集めてから分配する!! 一つでもくすねてみろ、指を切り落としてやるからな!!!」


 男たちのボルテージは上がり続け、警告するジョゼの言葉など耳に入らないように宝物庫の中へ転がり込んで行く。アトミはしばし呆然としていたが、財宝を他の面々に任せ自身の目的のものをさがすことにした。


 インターフェースに内蔵された『聖遺物』を感知する機能――安直に『レーダー』と呼んでいるそれはこの先にあるものを感じ取っている。ここに聖遺物があることは確定だ。


「どれだ……?」


 近づけば近づくほどに感知精度が高まるらしく、奥へと進むとマップ内のレーダー表示が詳細になる。アトミがそれを見つけたのは、部屋の隅でのことだ。


「これか……」


 それはアトミでなければ誰も見向きもしないような、襤褸布だった。丁寧に巻かれ、台座に置かれていることからそこらに散乱している埃避けでないことは分かるが、穴が空き、泥に汚れた跡の残るそれをこの財宝の山から拾おうとは誰も思わないだろう。


 だが、確かにこれが聖遺物だ。レーダーもそう示している。


「やれやれ、これでようやく一つ目か」


 アトミが手に触れた瞬間、形容し難い迸りが全身に満ち溢れた。熱い飲み物が喉元を通るその熱が分かるように、全身の血管に何かエネルギーのようなものが駆け巡っている。


「ッ!?」


 このエネルギーがどこかで滞ったら、そこから身体が弾けるんじゃないかと思うほどの熱量。アトミは思わず立ちくらみを起こして倒れそうになった。


『集え』


 その瞬間、確かにアトミは声を聞いた。耳元で囁かれたような、老人のように枯れた声だった。


「ッ!! 誰だ!!」


 その聞いたことのない老人の声に、反射的に振り返って指揮棒を構える。


「はあ!? 誰だはないでしょ、私よ」


 そこにいたのはアルビーナ。いきなり杖を向けられて気分が悪そうにしている以外、変わったことはない。


「――この近くに『何か』いないか?」


「何かって何よ。少なくともマナを持った生き物は私たちだけよ」


「声を聞いた。知らない声だった」


「ちょっと、頭打っておかしくなってんじゃないでしょうね」


「……隠れてるやつは本当にいないんだな?」


「いないわよ。戦闘後だから神経が昂ぶってるんじゃない?」


「そうか、ならいい」


 アトミが聖遺物を掴むともうあのエネルギーは感じなかった。声も聞こえない。ただの襤褸切れのようになっている。


「ちょっと、あんたそれ持って行くつもり? 1フロルにもなりゃしないわよ」


「いいんだよ、これで」


「全く、周りにこんなに金銀財宝が転がってるっていうのに。あ、このルビーの首飾り素敵……貰っとこ」


 ――聖遺物の特性かもしれんな。後でサウラに訊くか。


「アルビーナ!! てめえ、このじゃじゃ馬がァ!! 勝手に懐にしまうなって言ってんだろうがッ!!!」


「そんなの、アンドレもキュルケもやってるじゃない!!」


「てめえ、アルビーナ! バラしてんじゃねえ!!」


「ええー? 私は知らないわよ?」


「その無駄にデカい乳の谷間から宝石が反射してんのよッ!!」


「アルビーナは小さいから分かんないだろうけど大きくなってくると光るのよ?」


「ンなわけあるか死ねッ!!!」



 かくしてアリウム・ギガンチウムの面々は溢れんばかりの金銀を手に入れ、そしてそれらを十日も経たぬうちに使い果たすのであった。


 ちなみにアトミはちゃっかり聖遺物を着服した後、宝石のいくつかを要求して手堅く稼いでいた。


『トリュランの聖骸布』


レノ記によれば女神サウラが大いなる空白にその身を横たえ大地とした時、その身に纏いし衣が緑となって世界を育んだという。


このトリュランの聖骸布はその衣のレプリカに過ぎないが、その神聖は些かも劣っていない。



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