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皮肉と魔術のフラジール  作者: 宇後 筍
一章:アリウム・ギガンチウム
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第8話:怨念鎧(2)

 一進一退の攻防。息を吐かず行われたそれは、次の一手でも全く流れを切ることなくその速度を保つ。


「我が身は下賤、家督もなければカネもない。誇りもなく、思想もなく、その目は閉ざされ蒙が啓くことはなし。ただ泥の安寧しか知らず、その冷たさを神の愛と知る」


 怨念鎧の圧力から逃れ、正気に戻ったアトミはこの状況を好転させる魔法を詠唱。それに対して魔法の感知を如何にして行っているのか、怨念鎧は他の冒険者には目もくれず、完全にアトミ一人へ向かって突撃(チャージ)を行う。その距離、六脚馬の足にして、三秒。


「Zziikuua!!!」


 馬の、それもモンスターと化したそれの脚だ。間に入ろうとするも他の者は当然間に合わない。アトミが僅かに逃げるがそれも誤差の範囲。このままでは死は必然。


三。


「ただ縋らん」


二。



「藁の如きお前を!」


一。


「『Marquis(長靴を履い) cat(た猫)』!!」


 呪文の詠唱が完了したのは、斧槍の穂先がアトミの眼前に迫ったその時だった。最早どんな効果でも意味を成すことはない。そう思われた刹那のことである。


『随分なご挨拶(詠唱)だなァ伯爵』


 それは随分と軽薄な声と共に現れた。小さな体躯。二足で立ち、魔法名そのままに長靴を履いている。つばの長いハットを被り、マントを羽織るその姿はまるで貴公子。手に持った細剣(レイピア)が不可思議なことに質量を無視して斧槍の軌道を逸らしている。


『安心しな。護ってやるさ、このオレが』


「し、召喚……魔法……?」


 魔法について多少の知識のあるアルビーナが呆然と呟く。本来なら一刻も早く加勢しなくてはならない状況だが、この魔法について見当が着くならそれも当然の反応と言える。


 召喚魔法、それは術者を護り、願いを叶える神獣や精霊などの上位種を喚び出す魔法。


 上級魔法の中でも特殊とされる分類の魔法で、オドの消費が大きいことは勿論、その発動に伴って一定の「供物」が必要となる。


 というのも、召喚魔法はただ「強大な神霊を呼び寄せるだけ」の魔法でしかない。その後の願いを叶えてもらうための報酬は、別なのだ。神霊の望む供物などは希少かつ必要量が多く、国家単位の災害でしか使用されないのが普通なのだ。故のアルビーナの反応。


『違うな御嬢さん』


 『猫』は間髪入れず繰り出される斧槍を、一歩も引かずに凌ぐ。いや、むしろ主であるアトミから遠ざけるべく押し返す勢いで戦いながらアルビーナへ話しかけた。


『召喚魔法じゃあねえよ。これ(オレ)は別の魔法、錬成魔法さ』


 錬成魔法。それは召喚魔法から派生した魔法。召喚魔法がハイリスクハイリターンであるならば、錬成魔法はローリスクローリターン。手軽で一定の成果を生み出す魔法だ。


 オドを帯びた媒体を元に擬似的な生命を生み出し、従えるという魔法である。有名なものでいえば土人形(ゴレム)小淫魔(インプ)などが挙げられるが、アトミの生み出した『猫』はそれらよりも一段上の性能を誇っている。自律した思考を持ち、会話すら可能なのだ。アルビーナが召喚された神霊と勘違いするほどの完成度。


「御託はいいから、さっさと時間を稼げ!!」


 アトミが叫ぶ。その顔色は青く、見るからに余裕はなさそうだ。『猫』との同時詠唱で『No.8:Bullet』や他の魔法を撃っている影響だろうか。


『やれやれ、注文の多いご主人様だぜ……』


 ぼやくように呟く『猫』だが、その働きは十分。これまで誰もが止められなかった怨念鎧をたったの一人でその場に縫い付けているのだ。その応酬は激しく、『アリウム・ギガンチウム』の面々をもってしても下手に介入出来ないレベルである。


『オレは魔法生命体だ! 土くれの体が崩れたって死にゃしない! オレに当てるつもりでやりな皆の衆!!』


「いい根性だぜニャン公!!」


 躊躇なく射ち込んだアンドレの矢が馬の足を射抜く。この戦い始まって初の明確なダメージだ。驚いたように嘶き立ち上がる六脚馬。


 ここが分水嶺とばかりに他の面々が殺到する。ジョゼ、アルビーナが再び両脇から迫る形。そこに先ほどはいなかった男達が二人。いくら長物を持っていようとカバー出来るはずもない。逃げようにも、張り付いた『猫』の猛攻にままならない。


 ジョゼの双剣は六脚馬の前脚を削るように斬り、アルビーナの小剣が怨念鎧の関節に突き立つ。大剣遣いが上段からの振り下ろしで鎧に叩き付け、僧槌(メイス)が六脚馬の後ろ脚の付け根を砕く。


 六脚馬(スレイプニル)は完全に沈黙。その自慢の脚を折り地面へと蹲ることとなった。残るは機動力を失った怨念鎧。


 確かに恐ろしいモンスターだが、六脚馬という機動力を失った今、その威力は半減している。ここが、勝機。


「やった!!」


「このまま畳み掛け――――」


『!! チッ!』


「待てッ、油断する――――」



 そんな冒険者達の油断を、暴風が吹き飛ばした。



「Wrrruuaaaaa!!!!!」



 それは何よりも純粋な暴力だった。小手先の技術も、センスもないただの力任せな横薙ぎ。だが、それこそがモンスター。ヒトの最も恐れるべき異形。


「ぐあっ!!」


「――っ!!」


「くっ!!!」


 大剣遣いと僧槌遣い、アルビーナの前線三人がまとめて吹き飛んだ。たったの一振りで冒険者側に傾いていた形勢を戻した。いや、それどころかむしろ不利なところまで押し返されてさえいる。


「おいっ、大丈夫か!!」


『少なくとも、斬られちゃいないはずだ!!』


 立ち上がる様子はない。少なくとも戦闘不能だろう。『猫』が間に入って刃の部分を受け止めていたので、死んでいまいとアトミは判断し、戦闘を続行する。


「うおおおお!!!」


「うわあああぁあ!!」


 怨念鎧は今や生前の主の技術を忘れたかのようにその力のままに斧槍を振り回している。一人、また一人とその刃の結界とでもいうべき間合いに入り手傷を負っていく。怨念鎧が防御に徹しているからあの程度で済んでいるが、このままでは死者が出るのも時間の問題だ。


『ご……主、人。悪いな、どうやら、ここまでだ……』


 地に伏し、両腕と片足の千切れた状態で『猫』はアトミに詫びる。痛覚はないらしく、その表情にあるのは悔しさのみだ。


「『猫』、十分だ。しばらく休め」


 魔法生命体は死なない。媒体が壊れる事によって魔法の効果は消えるが、再び行使した時その存在は蘇る。一つの不死である。


『ハ、有難い、お言葉、だぜ……』


 その言葉を最期に、『猫』の身体は崩れ、土へと帰る。中に埋め込まれていた魔法媒体も効力を失い砕け散る。


「ジョゼ!! しばらく俺一人で何とか保たせる!! その間に陣形を整えろ!!」


「任せた!!!」


 元より、アトミの魔法の殆どは一人用だ。未だ連携を取りながら誤射せずにいられる自信はない。六脚馬を失った今、遠距離から攻撃できるアトミは怨念鎧と相性の良い相手となっていた。


「『No.8:Bullet(虫喰い)』!!」


 中空に三十の銃弾が形成される。それらはさながら花火のように連続した炸裂音を響かせながら、怨念鎧へ殺到する。


「Gzzz……!」


 弾丸は怨念鎧の斧槍よりも速く、その身へと届かせるが貫通する様子はなく弾かれる。だが、先ほどからの攻防でダメージとならないのは織り込み済み。それでも左手に持つ兜を守らざるを得ない相手を、その場に留めるための作戦だ。


「『No.8:Bullet(虫喰い)』『No.8:Bullet(虫喰い)』『No.8:Bullet(虫喰い)』ォォ!!」


 脳内で別の呪文を唱えながら、この息も吐かぬほどの連続詠唱。脳が焼き切れるのではないかと思うほどの早さで紡がれるそれらを、アトミは足止めのためだけに展開し続ける。


「もういいぞアトミ、交代だ!! さっきの三人は再起不能したのは把握しとけ!!」


 冒険者陣営が後ろから怨念鎧へと飛びかかっていくと、入れ替わるようにアトミは後ろへと飛び退く。


「あと一当てでいい!! 時間を稼げばデカいのをかますから合図したら離れろ!!」


「任せろ!」


 六脚馬を失い、機動力を大きく減じた怨念鎧。冒険者もまた、幾人かが倒れ離脱。戦いは既に佳境。





「ぐッ!!」


「がァっ!!!」


 鎧袖一触、とはこのことを言うのだと、洒落にもならないそんなことを主張するが如き猛攻。


「Urrraaaaa!!!」


 武人としての最適化された先ほどまでの攻撃は、多かれ少なかれ対人経験のある冒険者達にとってある意味やりやすい相手ではあった。人間同士のある種セオリーめいた動きを踏襲していたからだ。


 だが今、怨念鎧は人の纏う武具でありながら、ヒトらしさを完全に捨て去っていた。四つん這いになり、獣もかくやという叫び声を上げている。


 斧槍の先を片手でふらりと向け、まるでその斧槍が走っているのに引き摺られるかのような奇妙な軌道で、ジョゼ達前衛に襲いかかる。


「くっ!! まだか、アトミ!!」


「もうちょっとだ!!!」


「随分長ぇちょっとだな!!!」


 交代してから既に十秒。その時間は今の彼らにとって永遠とも思えるような長さだ。だが、それはアトミにとっても同じである。限界を示すように頭が痛み、視界は霞んでいる。


「うぐおッ!!?」


「チッ!!!」


 一人、また一人と吹き飛ばされ起き上がることなく崩れる。あの様子だと死んでいてもおかしくはない。アンドレもまた、軽く脇腹を負傷しているが彼は顔を顰めただけで問題なく弓を構える。


 残りはアトミを含めて七人。既に半数を割っている。このまま何の打開策もなく戦い続ければ、全滅は必至。



「準備が終わったぞ!! 退け!! 」


 銃声が一つ、鳴り響く。合図だ。


 一斉に冒険者達が引く中、ジョゼが執拗に狙われ、離れられないでいた。


「世話の焼ける野郎だ!!」


 アンドレが鎧の肘の部分に矢を通す。一瞬矢がつっかえ、斧槍を振るうのにラグが発生した瞬間、ジョゼが上手く離れる。


「Giiigrrr!!!」


 なおも追い縋ろうとする怨念鎧の持つ兜へ、アトミの銃弾が飛んでくる。野生を感じさせる俊敏な動きで飛び退き、完全に敵意をアトミへ移す。


「それでいいんだよマヌケが」


 ナノマシンによる擬似的なオドの奔流を感じ取ったのか、魔法を待機状態にしているアトミに向かって突撃しようと体を沈めた。


 アトミは周囲を見渡した。相手は馬にも乗っていなければ、自分は呪文の詠唱を既に完了している。あとは味方を巻き込まないように、撃つ方向に注意するだけだ。


 飛び込んでくる怨念鎧。魔法が使える他は他の冒険者と同じだと思ったのだろう。真っ直ぐな、己の速さと強靭さに頼った突撃だ。


 故に、それは空を切る。彼の身体能力はただ人族の域を超えている。武道の心得のある人間ならば、彼の体捌きのちぐはぐさから簡単に対処が出来ただろう。そのための修練、そのための武技。


 だが逆に、ただの化け物でしかなくなった怨念鎧など、アトミからすれば脅威ではない。



 そっと怨念鎧の胸元に手を当てる。


「『No.8:Bullet(虫喰い)――――」


 がらんどうの鎧が驚愕したような動揺を見せる。


「――Mode:Pile()』!!!」


「今さらビビってんじゃねえよ、化け物」



 どごん、と凄まじい勢いで何かを叩きつけたような音がした。オドによって構成された杭が鎧を突き破り、その体を二分する。


 そこで限界突破(キャパオーバー)。アトミは意識を失い、前のめりに倒れることとなった。

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