第7話:怨念鎧
第1章第1話を新しく追加しました。
話数がずれてますのでご注意下さい
魔鉱鎧と呼ばれるモンスターがいる。中身のないがらんどうの鎧の化け物だ。かつて使われていた兜、鎧に死者の怨念が取り憑き、モンスターと化したもの。その淀んだオドにより強化された武具は鋼鉄をも切り裂く鋭さ。
それは遺跡の最奥、宝物庫へと繋がるその場所に佇んでいた。
否。それは最早魔鉱鎧にあらず。幾年もの晴れることのない怨念を溜め込み、本物の鎧のように動かず、ただただ生者を憎むその一念のみを鋭く育て続けたそれは、魔鉱鎧という枠を飛び越え、一つ上の位階へと足を踏み入れていた。
怨念鎧。その鎧は更に硬度を増し、首なしの六脚馬に跨ったことにより、機動力も跳ね上がった。軽々と片手で持つ斧槍のなんと大きいことか。あれに擦りでもしたら、ヒトの脆い体などはひとたまりもないだろう。
「Rrrrrr………」
彼は待っていた。己が主人の無念を晴らす機会を。天下に轟くべき勇者であった主人の武威を、その名を知らしめるための供物を。
彼は喜んでいた。今が、その時だ。
*
「さあ、行くぜ。もう一回確認するが……お前さんら準備はいいかい? チビるんなら今のうちにしとけよ?」
そんな強大なモンスターでさえ、目指すべき道への通過点に見えるのか。珍しくその両目を爛々と輝かせジョゼが言う。
「冗談はよせよ。こちとら丸二日も酒飲んでねえんだぜ。こんな鎧くらいさっさと片付けて酒場に行きてえ」
返すのはアンドレ。在りし日にアトミを煽った酔いどれの男である。今日は素面らしく不機嫌そうな顔で弓を担いでいる。
「あら、アンドレが酔ってないなんて。これはもしかしたら凶兆かもしれないわ」
アルビーナが余裕たっぷりに微笑んでは、アンドレをからかっている。
「おお、そりゃあ大変だ。何せこのアホは年中脳味噌が酒のプールに浮かんでるからな」
「違いねえ、悪いことが起こらなきゃいいがなぁ!!」
混ぜっかえすのがアトミと後ろに続く男たち。総勢十五の冒険者が、怨念鎧を打倒すべしと集まっている。
「うっせえんだよ、ガキどもが!」
彼らがこの間へと入った時、扉は閉まり退路はなくなった。旧時代の仕組みだろうか。ここから出る方法を模索するには、目の前のモンスターを倒してからでなければならない。だが、彼らにはそれでも動揺はなかった。
「じゃあ、行くか!」
先手を切ったのは盾を持った金属鎧姿の男である。冒険者達の狙いはこうだ。時間を稼げるだけ稼いで、アトミの魔法で仕留める。実にシンプルな作戦。
今日この日までロクに話したこともない人間がいる中で、彼らは一切の不安を見せずアトミに背を向けた。誤射を受けるかもしれないのにも関わらず。
「怨念鎧! 生前の使用主の戦技を踏襲することが多い!! 弱点は手に持っている兜! 今回は斧槍のため距離を取りつつまず馬から狙う!!」
「応ッ!!」
アルトの声をいつもより数段張りながら、アルビーナが情報を伝達する。答える面々も慣れたもので裂帛の気合いでもって返答する。散開するその姿は見事。誰一人として同じ方向へ行かず一糸の乱れもない。
「Grruuiia!!!!」
その声は音である。言葉に非ず、嗄らす喉もない。ただそこにあった武人の残滓は、己が望む強者の発する気配にて、完全にその静寂を破り捨てた。
鎧より闘気が立ち昇る。それは一定の「高み」にある武人にしか持ち得ない「プレッシャー」。一流の戦闘者はそれを使い相手を威圧する。生半可な人間であれば本来正体不明のそれにあてられ訳も分からず竦むほどである。だが、このモンスターの放つ気配は、武の極致とは程遠いアトミにさえ感じ取れた。圧倒的な死の気配。どす黒い圧力のようなものが怨念鎧と騎乗する首無しの馬から発されている。
「………ッ!!!」
見えるからこそ、何が自らをそうさせるのかを理解しているからこそアトミは臓腑を鷲掴みにされたような冷たい感覚に襲われた。この戦いは自分が唯一の武器である魔法を使うことで勝利する手筈である。よってその呪文を詠唱する時間を命懸けで稼ぐ他の者のためにも、黙っている時間などない。
だが、彼の口は凍り付いたように動かない。恐怖。鼠鬼にも、皮剥鬼にも感じなかった「命を賭ける」感覚に、一瞬後退る。
本来であればここで心折られて離脱。だが、彼の心には一枚の壁があった。サウラの施した精神プロテクト。彼が立ち直るのに必要なのは、たったの一手。
「Zgrrrrr!!!」
だが、そこは一流を手を掛けた猛者と、武を持った化け物の世界。その一手は、その場において余りにも大きい。
数の利を活かすべく散開し、包囲する冒険者。狙いは正しい。人間同士の馬上の者との戦いであれば、密集し飛び道具で馬の脚でも狙ってやればいい。上に乗る人間などは落馬しただけでも大抵戦闘能力を失う。だが、相手はただの鎧。落馬したからなんだというのだ。その勢いに任せ、集まった人間全てをその斧槍で薙ぎ払うだろう。故の分散。
だが、その馬は彼らのそんな思考よりも速かった。最も近い距離にいた小盾を装備した大剣遣いへ馬首を巡らすと、瞬間と言ってもいいような速度で彼へと到達、その勢いのままに刺突した。恐ろしいまでのその動きのブレのなさ、正しく人外。
「くッ!!!」
幸運だったのは、彼が持つ得物がこの場の誰よりも大きかったことだろう。その身を覆い、鉄を届かせなかった。馬の直線上をギリギリで避けた。鉄を打ち合わせる音がして、大剣遣いは武器を手放す。あまりの威力に手が痺れたのだ。
勝負あり。怨念鎧は得物をしっかりと握っている。明らかな死が彼を待っていた。
「Ssyyyyya!!!」
だが、その斧槍は虚空を捉えた。ぎいん、と音がして投げ斧が地に落ちる。馬の脚を正確に狙った投擲は更に正確に振るわれたその柄に払われる。
だが、それすらも想定内。背後から既に双剣を振るっているジョゼが疾る。そしてジョゼの耳に掠るような軌道でアンドレの矢がそれを追い抜く。
三人の狙いは六本脚の前脚。推進力を、確実に奪う。もう投げ斧を防ぐために斧槍は不完全な体勢で振るわれている。敵が「鎧」という人体を模した形状をしている以上、ここからその斧槍で防ぐことは不可能。ならば左手で守るか、否。その存在の核となる兜を捨てる訳もない。
(奪った!!!)
その想定はけして間違ってはいない。怨念鎧は動けない。守れない。馬鎧のない部位への狙いは完璧。場所、タイミング、連携。全ての揃った見事な攻撃である。前脚を失った馬に怖いところなどない。慎重を重ねて更に機動力を奪えば、アトミの魔法の完成を待たずに戦闘は終わる。
その馬がただの馬であったなら。
かの六脚馬もまた、武人と共に戦場を駆けた強者。
身を低くしていたジョゼは自らに影が差すことに驚く。そして遅れて理解する。自らが死の淵にいることを。地面に滑り込むような勢いで更に地面へと体を押し付けてそれを何とか躱す。
六脚馬はジョゼを跳び越えた。その体躯から生み出される圧倒的な脚力でもって、ジョゼの頭を掠めるように低空で跳んだのだ。
「斧防いで、矢避けて、包囲を解いて、ついでに攻撃か。やってくれんなァ、おい」
これが、これが階層主級。奇しくも各人の立ち位置は戦闘開始時と全く同じであった。
「こりゃあ、これまででもトップ5には入るな」
「お前が5回しか戦ってねえだけだろ? 俺からすりゃこんなもん、慣れたもんだぜ」
「なるほど、お前の連れてるオンナはいつも緑巨人みてえだからな。夜はさぞ激戦だろうぜ」
「ほざいてろ、素人童貞」
さりとて彼らもまた歴戦。お互い損傷があるわけではない。大剣遣いも得物を拾い直し、構えている。心が乱されているわけでもない。むしろ、余裕があった。冒険者側にとって一つの戦術的有利を得ているからだ。
「我が身は下賤、家督もなければカネもない――」
魔術師、アトミの復活。既に立ち直り、この展開を打破する魔法を唱えている。前衛からすれば元より魔法が完成するまでの時間稼ぎ。至極順調である。
対する怨念鎧もまた、その身に宿るオーラを吹き上げて戦意を示す。鎧に傷の一つもなく、むしろ相手の巧者ぶりに喜ぶように、うねりを上げる。
まだまだこの戦いは、始まったばかりである。
怨念鎧
オドを帯びる身であるヒトの側にある物はその時間が長ければ長いほどにその影響を受ける。この最たる例が魔導鎧というモンスターである。魔導鎧は中に何も存在しない空洞でありながら動き、オドを持つ者を求め彷徨う。
一説によればこの魔導鎧がただの鎧からモンスターへと至るのは死者の怨念がそうさせるからであって、その持ち主が非業の死を遂げた場合や、強い情念を宿していた場合、更に強力な怨念鎧へと存在の階梯を昇ることもあるらしい。
だが、この説はあまりにもオカルトが過ぎるため主流とはされていない。
残滓が果たした悲願などは、我欲の一つも満たされはしない空虚である。




