第五話 祈りの祭壇
カツン、カツン、と石の階段に二組の足音が驚くほどよく響く。
神父の手に持つ蝋燭の光を頼りに、リサは注意深く後に続いた。
彼女はジャックを胸に抱いたままだったが、カボチャ型の妖精はしゃべりも光りもしなかった。神父に怪しまれないよう、ただのランタンのふりをしているのかもしれない。
「教会に……こんなところがあったんですね……」
石壁に乱反射して、リサの小さなつぶやきも大きく響く。
神父が向かうのは、細い階段を下りて進む地下室。いつもミサを行う広間の裏に、ひっそりと小さな入り口があった。
「ええ。特別な時にしか使わないんですけどね……さあ、着きましたよ」
神父に示された石の扉。
リサは力を込めて、その重い戸を押し開いた。
入ってすぐ、鼻についたのは埃とカビの混じった臭い。日の差さない地下室は、空気が湿って肌にまとわりつくように感じられる。
続いて入ってきた神父が後ろ手に扉を閉め、蝋燭の光をかざす。
思ったより狭い室内の中央。
「特別な祭壇」は、そこにあった。
「ひ……っ」
あまりに強すぎる恐怖は、悲鳴さえも飲み込ませる。
祭壇には、聖なる磔刑像があった。
茨の冠をかぶり、両手足を十字にくくりつけられて、うなだれる哀れな姿。
しかし、そこにあったのは、木や石に刻まれた救い主の像ではなかった。
「カレン……!!」
その名を小さくつぶやいて、リサは全身をガタガタと震わせた。
固く目を閉じ、血の気の失せた顔でも、それは一年前に姿を消した同級生に間違いなかった。
「村の子供が消えると騒ぎになるので、本来は手を出したくなかったんですけどね……彼女は去年、愚かにもここへ迷い込んでしまったので、やむを得なかったんですよ」
手元の蝋燭の火が、神父の眼鏡に反射して闇の中に浮かび上がる。その奥の瞳は、炎よりも赤く燃え上がっているように見えた。
リサは声を出すことも、身動きすらもできなかった。力を失った手から、カボチャのジャックがするりと落ちて、石の床に転々と転がる音も、どこか遠くに聞いていた。
恐怖を全身に張りつかせた少女に薄笑いを見せると、神父はなぜか蝋燭を燭台から外した。
暗い地下室には、所狭しとランタンが置かれていたらしい。神父は蝋燭で、次々にランタンに火を灯していった。
「あ……ああ……」
リサの唇から漏れたのは、意味をなさないつぶやきだった。
祭壇を取り囲むランタン。
それは、くり抜いたカボチャではなく――すべて人間の頭蓋骨でできていたのだ。
頭頂部を丸く切り取って、中に蝋燭を立てた髑髏のランタン。瞳を失った眼窩から、明々と燃える火がリサをうらめしく見つめている。
すべての髑髏に火を灯し終えた神父は振り返り、ゆっくりとリサのほうへ向かってきた。それまで身動きの取れなかった彼女は、本能的に後ずさる。少しずつ下がっていって、背中が石壁に当たった。
――早く、逃げないと。
もはや一刻の猶予もない。すぐにもここを飛び出さなければ。後ろ手に戸を探り、リサは力いっぱい押し開けようとした。しかし。
「無駄ですよ。すでに鍵はかけてあります」
神父は、少女を絶望へと押しやる一言を放った。
どうやら神父は先に彼女を地下室に入れ、後から自分も入ると背後で密かに鍵をかけていたらしい。
少女の退路を断つと、神父は唇の端を吊り上げて笑った。
「この娘のせいで、今年のハロウィンが取りやめになって困っていたところでした。でもお陰で、ようやく次の祭壇の準備ができそうですね」
その言葉に、リサは再び祭壇に視線を向けた。
十字にくくりつけられたカレンはまぶた一つ動かさず、生きているのか死んでいるかもわからない。唯一言えるのは、去年に行方不明になってから、彼女はこの地下室に閉じ込められていたということだけだ。
「どうして……こんなことをするの……」
ようやく口から出てきたリサの台詞に、神父は楽しげな表情を浮かべた。
「あなたも知っているでしょう? ハロウィンには無数の魔物が現れる。彼らを払うには、強力な退魔の儀が必要です。こうしているからこそ、この村は長年平和でいられるのですよ」
「そんな……そんなことのために……。それじゃあ、カレンは……どうなるの……?」
「彼女は役目を終えましたからね。新しいランタンになってもらいましょう」
リサは、背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
地下室内を埋め尽くす、髑髏のランタン。
これらは、そうして作られたものだったのか。
祭壇の十字架に吊るされ、ハロウィンを終えると、翌年のためのランタンにされる――
そんなことを、この神父は繰り返してきたのか。
「あなたの心は実に美しい。こんな時にも、お友達の心配をしているなんて。――実に、祭壇に祀るにふさわしい」
そう告げると、神父は一歩、また一歩とリサのほうへ近づいてきた。
そして。
「――――!!」
神父は両手を伸ばし、リサの細首をじわじわと絞め上げる。
息苦しい。
悲鳴すら出ない。
多数のランタンの灯のように、視界が赤くはじける。
意識が赤から闇へと落ちる、まさにその瞬間。
「――うわっ、な、何だ!?」
声の出せないリサの代わりに悲鳴を上げたのは、なぜか神父のほうだった。
首を絞める手が離れ、急激に空気が肺に入り、リサは激しく咳き込む。
その傍らでは、異様な音が鳴り響いていた。
「や、やめろ! 離れろ、この化け物め!」
神父は手を激しく振って逃げ惑う。その頭を幾度も強く殴りつけているのは――
「ジャ、ジャック!?」
ずっとランタンのふりをしていたジャックが、神父に体当たりを食らわせていたのだ。
すると、すっかり取り乱している神父の服から、硬い音がして何かが床に転がり落ちた。
――鍵!
それはきっと、この地下室の鍵に違いない。ジャックが神父を追いかけている隙に、リサは素早く鍵を拾い上げ、扉に飛びついた。
思った通り、鍵は難なく開く。息苦しさはまだ残っていたが、リサは夢中で石の階段を駆け上がった。




