第4話:内帑
「どこに向かうんです……?」
「ここでは話せない。いいから黙ってついて来い」
ついて来いもなにも、腕を引っ張って連れていかれている。
しばらく後宮の片隅を歩いていくと、不意に茈瑛が立ち止まった。
「……ここだ」
「えぇと――」
彼がぴたりと立ち止まったのは、真新しい木造の倉庫だった。
御庫と比べると質素な作りだが、入り口には武装した兵士が二人。なんとも物々しい雰囲気である。
しかし、夕霖はそこで気が付いた。後宮に武装した兵士がいるのはおかしい。つまり――いつの間にか後宮を出ていたらしい。
「あのぅ、ここって……」
「ここは内帑だ」
「……ないど?」
聞いたことのない言葉に、夕霖ははてと首を傾げた。
すると、茈瑛はコホンと一度咳払いをし、入口の兵士たちに向かって右手を上げる。すると、そのうちの一人が入口に掛けられていた頑丈そうな鍵を開けた。
「入れ」
「失礼します……」
少しひんやりした倉庫の中に入ると、まだ新しい白木の匂いがした。
きょろきょろと周囲を見回すと、内部は御庫とあまり大差ない。
ギッと音がして扉が閉められると、夕霖は努めて声を小さくしながら、茈瑛の裾を引いた。
「茈瑛様……ないど、って何なのですか……?」
「皇帝陛下の私設宝物庫だ。ここには、帝が集めた古今東西の宝物が並ぶ」
「こっ……」
絞め殺される直前の鶏みたいな声を出して、夕霖はその場で凍り付いた。
そんな哀れな女史の様子を見て、茈瑛はクックと喉を鳴らした。
「出入りの許しは陛下から得ている。……内密でお前に頼みがあるんだ」
そう言うと、茈瑛は手近な椅子を二つ持ってきて、一つに掛けるようにと夕霖に命じた。
「実はな、陛下が見る目もないのに美術品を買いあさって困ってるんだ」
「……はぁ」
天子様になんてことを言うんだ。
ぽかんと口を開けた夕霖だったが、飛ぶ鳥を落とす勢いの茈家の人間は、皇帝陛下にも軽口がきけるのかもしれない。
恐ろしい、と内心震えあがりながら、そのまま話を聞いた。
「だが、ここはまがりなりにも皇帝陛下の内帑だ。贋作があると知れれば帝の沽券にかかわる」
「……でしょうね」
大規模な真贋鑑定をして、内帑に贋作があったとなればなおまずい。
そこで、手っ取り早く目利きができる夕霖の噂を聞きつけたのだという。
「お前が残していた、御庫の但し書きを読んだ。金の割に軽いとか、筆跡と落款が合わんとか、指摘はすべて的を射ていた」
「それだけで、私にお声を?」
「お前は商家の出だろう。商人は、条件さえ合えば契約を違えないものだ――給金は弾む。内密に鑑定をしてくれ」
そこまで言われて、夕霖の目がきらりと輝いた。
「いかほどでしょう」
「なに?」
「ですから、お給金はいかほど頂けるのでしょうか」
じっと茈瑛の目を見つめる夕霖の表情は、先ほどまでのおどおどとした少女のものではなかった。
茈瑛はゴクッと唾を飲んでから、顎に手を当てて首を傾げた。
「…1.5倍」
「5倍ではいかがでしょうか」
「バカ、そんなに出せるか! 2倍でどうだ?」
「こちらは私の命どころか一族の命も背負っているのです! 4倍!」
――と、まるで市場の競りのように声をかぶせていく。
「2.5!」
「あと一声!」
「っ……3倍だ! 3倍出してやる!」
指を三本突き立てた茈瑛だったが、夕霖は引かない。一番大事なところを攻め落とすべく、矢継ぎ早にまくしたてた。
「退職金は?」
「そこも――3倍だ!」
勝敗は決した。
片手で頭を抱える茈瑛とは対照的に、夕霖は天に向かってこぶしを突き出したい気分だった。
(これくらいもらっても、罰は当たらないでしょう)
なにせ、皇帝陛下の内帑である。
うっかりなにかに傷をつけたら、それこそ夕霖の首ひとつではあがなえない。
実家を取り潰されるか、一族郎党皆殺しか――それだけのものを賭けているのだから、給金と退職金三倍はもらわないとつり合いが取れない。
「……では早速、明日から真贋の鑑定に入れ」
「後宮から出るのは禁じられているんですが――」
「そこも上手くやっておく」
普通、後宮勤めの夕霖が外に出るのは叶わないはず。
茈家の人間はそこまで強い権力を持っているのか、と感心しながら、夕霖は明日から始まる仕事を考えて脳内で算盤を弾いた。




