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後宮宝物鑑定録~商家の娘、給金三倍で皇帝陛下の宝物庫に眠る嘘を暴きます~  作者: 千賀つづら


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第26話:五つ葉の銀杏(四)

「は、へ――?」


 阿呆みたいな声を出したあと、夕霖は崩れ落ちるように床にへたり込んだ。

 ぎょっとする茈瑛――いや、皇帝・何瑛寿は、何事かと声を上げる。


「こ、これまでのご無礼っ……ひらにっ……平にご容赦くださいませっ!」

「待て! こうなるから名乗りたくなかったんだ!」


 二人の叫び声は、ほとんど同時に小さな部屋に響き渡った。

 傍らで柳太師がクツクツと笑っている。


「いいから顔を上げろ! あと、俺のことを陛下と呼ぶな。いいか、茈瑛と呼べ」

「……なんでですかぁ」

「そっちの方が――お前にとっても楽だろう。俺も、お前に陛下と呼ばれるとこう……背中がぞわっとする」


 なんてことだ、と夕霖は内心で頭を抱えた。

 思い切り陛下の悪口を言ってしまった気がする。

 宮中市を切り上げさせられたことで、結構失礼な態度も取ってしまった。

 更に、彼を城下にある自分の家にまで招いて――いや、あれは茈瑛の用があったから、別に許されてもいいような気がするが。


 ともかく、これまで散々茈瑛にしてきたことが、すべてこの国の皇帝陛下にやらかしてしまったことだったのだ。


「その、俺にも事情があってだな……」

「事情があって、私にご自分の宝物庫を整理させたのですか」


 じと、と茈瑛の方を見ると、彼はなんともいえない表情を浮かべていた。

 あの雑然とした内帑の中身を思い出した夕霖は、どこかむすっとしたような表情の茈瑛を見て深く息を吐いた。


「それは……うん、すまない」

「いいですよ。物の良し悪しが判らないんですものね」

「……あぁ」


 わるい、と情けなく付け加えられた一言で、夕霖の緊張は一気にほぐれていった。

 心臓がじかに鷲掴みされているような心地だったので、かなり呼吸が楽になる――本来ならばこんな軽口を叩くのは許されないことだ。

 それもすべて、茈瑛がよしとしているから。そうでなければ、夕霖の首は完全に胴体と泣き別れだったろう。


「まったく、陛下も陛下でございます。あのような場所を勝手に作ったかと思えば、玩具入れのごとく物を買い漁るとは」

「……そうしなければならない理由があったんだ」


 柳太師も追撃といわんばかりに茈瑛を咎めたが、彼は椅子に座り直すと長い足を組み、軽く天井を仰いだ。

 皇帝陛下など、顔も知らなければ本当に自分と同じ人間かとも思っていたが――こうしていると本当にあまり兄たちと変わらない。


「俺はずっと、迅家ゆかりの品物を集めていた。その真贋まではわからなかったが――由縁があると聞いたものは片っ端から」

「迅家……ですか。それは、本来それらの品物が……王宮にあるべきものだからですか?」


 没落した迅家の当主、迅紅遠は、時の少府監だった。

 少府監とは、宮廷で使う道具や官服などの制作を手掛ける部署の長である。

 卓越した技能を持った職人集団を抱え、先祖には宮廷画家も輩出している。


 彼らの作った品物は御庫に収められることこそふさわしい――そう、彼が考えていたとしてもおかしくはない。

 だが、茈瑛の口から返ってきたのは予想に反した言葉だった。


「違う。俺が迅家の品を買い集めていたのは――返さねばならんと思っていたからだ。あれは、本来の持ち主の元へ戻した方がいい」

「……それは」

「族滅を免れ、生き残った人間がいる。俺は彼女に、先祖の宝を返さねばならないんだ」


 先の皇帝陛下の御代、迅家は滅ぼされた。

 一族の者は女であれ子どもであれ、名を捨てた者以外は皆殺されたという。

 その話を聞いていた夕霖は、自分が持っていた手鏡のことを思い出した。


「まさか、それが私なんですか?」

「そうだ」


 重々しく答えた茈瑛に、夕霖は軽く首を振った。


「……実感がないので、なんとも言えません。……茈瑛様もご覧になったでしょう、うちの家族」


 賑やかでやかましいが、仲のいい家族である。

 先日日帰りで実家に戻った際についてきた茈瑛は、あぁ、と気のない返事をした。


「親爺さんに紙と墨を買わされたな。兄御たちもとんでもなかった」

「でしょう。……あの人たちが、私にとっての家族なのです」

「わかっている。それに、俺は……ずっと見ていた。いや、この言い方は少しおかしいか。俺自身があの場所に行っていたわけではないからな」


 爺、と柳太師に呼び掛けた茈瑛は、硬い表情を浮かべたまま足を組みかえた。


「俺よりもあなたのほうが、あの時のことをよく知っている。この娘に――夕霖に話してやってくれないか」

「爺めは耄碌しているかもしれませぬよ」

「それでも、幼子のおぼろげな記憶よりはましだ。……俺はあの方がしたことの、すべてを知っているわけじゃない」


 少し困ったような茈瑛とは対照的に、柳太師は姿勢を正した。

 それを見た夕霖も、気持ち背筋を伸ばしてみる。茈瑛と軽口をたたき合うような次元の話ではないと、なんとなく理解はできた。


「よろしい。では……昔話をいたしましょう。二十年程前の出来事でございます」


 かつて、一人の男が恋をしたという。

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