第2話:ぼろきれの正体
そうして夕霖は、あっさりと宮勤めが決まった。
試問というから身構えたが、簡単な筆記の試験と面接があっただけ。
諸々の説明と準備を終えた夕霖は、尚功局の司珍――宝物の管理を担う女官のもとで、補佐役の女史として働くことになった。
「この宝物庫に収められているのは、歴代の帝や皇后がお使いになった品、諸国から献上された珍宝、そして前朝より受け継がれてきた古器です。市井では値のつけられぬ品も少なくありません」
夕霖にそう説明をしてくれたのは、長いことこの御庫で働いている先輩の女史だった。
御庫と一口にいっても、後宮の広い敷地には、収蔵する品ごとに数棟の宝物殿が並んでいる。
人手が足りていないのは本当のようで、中はやや埃っぽくて薄暗い。そこらへんの掃除をするのも夕霖の仕事だった。
「あなたの仕事は、目録と現物を照らし合わせ、品の出入りや傷みを記録すること。自分の判断で捨てることも、磨くことも、場所を移すことも許されません」
「ま、万が一紛失したり、破損したりすればどうなってしまうのでしょう……」
答えはわかりきっているが、念のために聞いてみた。
すると、女史はちらりとこちらを見てからすっと目を伏せる。
「あなた一人の斬首で済めば軽いものですね」
つまり、一族郎党皆殺しというわけだ。
(まぁ、記録だけなら……大丈夫かなぁ)
背筋に冷たいものが走り、夕霖は自分の両腕を軽く擦った。
とはいえ、ここで問題なく五年勤め上げれば、商売の元手として十分な額の退職金が支給される。
退職金と伝手を一気に手に入れられるなら両得だ。気合を入れて、死なないように働くしかない。
「この棟は、主に反物や衣装がしまわれているわ。時々布がダメになって落ちていることがあるのだけど、全て捨てずにとっておいて」
あぁいうの、と先輩女史が指した先には、古びた布切れが落ちていた。
回収された布は専門の部署で鑑定され、もとの品が特定できれば、所定の棚へ戻される。
万が一にも間違いがあってはいけないため、女史たちは見つけた布を集め、鑑定を担当する者へ引き渡すだけだ。
「これ……」
床に落ちていたのは、色あせた手のひら大の布切れである。
夕霖がじっとそれを見ていると、先輩女史がそっと右手で制してきた。
「あぁ、勝手に捨ててはだめよ」
「これは――この国の織物ではありませんね。糸の通し方が独特です。おそらく東方の青羅国から献上された品かと思われます」
身を屈め、布を汚さぬように手巾を使って拾い上げながら、夕霖はそう呟いた。
「色は……褪せていますが、もとは淡い青緑だったのでしょう。目録にも近い記載があるはずです」
「……あなた、詳しいのね」
「似たようなものを、実家で取り扱ったことがあったんです」
王都一の大店は、国外から珍しい反物を仕入れることも少なくはない。
特に夕霖の母は着道楽で、店で取り扱ったことがある反物はすべて試料として残していた。
「青緑色の布で、青羅国からの献上物ということであれば、すぐに目録で見つけることができると思います」
そこまで言った後、夕霖はしまったと顔をしかめた。
言い過ぎた。新入りが出しゃばっていいことはあんまりない。
折角いい職場に勤められても、目をつけられたら後が怖い――人と金は怖いのだと、実家でもしこたま教えこまれた。
「すみません、出過ぎたことを申しました……」
「知っていることを黙っていられても困るわ」
ぺこりと頭を下げると、先輩女史はそう言って目録を開いて見せてくれた。
「けれど、間違いはもっと困る。ちゃんと確認をして、問題がなければそれでいいのよ」
一度専門の部署を介すよりは、ここで見分けた方が早い。
夕霖は内心そう思っていたが、王宮では『間違う』ことの方が問題であるらしい。
(実家じゃ、手早く仕事を回す方が重宝されたからなぁ……)
先輩女史の話にうなずきながら、夕霖はそう心の中に深く刻みこんだ。
結局、先輩女史が目録を確認したところ、反物は青羅国からの朝貢品で間違いなかったようだ。
二百年以上前のもので、端が劣化してしまったらしい。布自体は非常に希少ということで、専門の部署で修繕の作業が行われることになった。
(母様から、反物の試料を借りてくればよかったなぁ)
その夜、後宮内の宿舎に戻った夕霖はそんなことを考えた。
後宮の中なら、あの試料に使われている反物の八割七分くらいはすぐ用意することができるだろう。
残った一割三分は実家からいい値段で買い付けてもらうのがいい。
それで、わかりやすく試料をどこかにまとめておけば、反物に詳しくない女史や女官でも多少の見分けがつくようになるかもしれない。
(そうすれば、間違いも手間も減って一挙両得なのに)
とはいえ、新入りの自分がそんなことをするのは出しゃばりすぎだ。
薄い布団で身をくるみ、夕霖は頭の中で算盤をはじいた。
そうして、栢夕霖の後宮での一日が過ぎ去っていった。
だが――彼女のささやかな思い付きや知識が、とある高貴な人物の耳に入ったことを、夕霖は知らなかった。




