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後宮宝物鑑定録~商家の娘、給金三倍で皇帝陛下の宝物庫に眠る嘘を暴きます~  作者: 千賀つづら


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第1話:拾われ娘、後宮へ行く

「喜べ夕霖《ゆうりん》! 禁城での仕事が決まったぞ!」

「え、父様お城で働くんですか」


 ――と、王都一の大店・栢《はく》家の長女である夕霖は目を瞬かせた。

 王都の大通りに面した店はいつでも人で賑わっており、二人の兄は在庫の整理と備品の確認に追われている。

 古参の使用人と共に算盤をはじいて売り上げの計算をしていた夕霖は、やけに上機嫌な父を見て嫌な予感がした。


「なに言っとるんだバカ娘。お前だよ、お前が城で働くんだ」

「……は?」


 パチン、と算盤を弾くと、在庫の整理をしていた長兄がひょっこりと顔を出す。


「後宮入りかい? 母様が前からかなり乗り気だったろ」


 そう言うと、今度は備品の確認をしていた次兄が興味津々と言った風に近づいてきた。


「夕霖ならいい線行けるんじゃないか? 万が一帝のお手付きになったら儲けもんだぞ!」


 明朗快活と明朗会計を大信条とする栢家の人々は、皆こんな感じであっけらかんとしていた。

 少し年の離れた兄二人は妹を大層可愛がっており、やれ後宮入りだやれ将来の皇后だとまくし立ててくる。


「何言ってんだ、お前たち。商売の基礎をなんにもわかっとらんようだな!」


 だが、父はそんな兄たちを一喝し、それから夕霖の弾いていた算盤を奪い取った。

 太く乾いた指でパチパチと珠を弾いた父が、フンッとふんぞり返る。


「万が一に帝に見初められでもしたら大儲けだが、そうでなけりゃ大損だ。しかしな、女官勤めは違う! 尚功局で五年も勤め上げれば、縁談ががっぽがっぽだ」

「おぉ、さすが親父殿!」

「王宮勤めで箔がつけば、豪商から嫁入りの打診が来るかもなぁ」


 なるほど、父が浮足立つわけだ。

 王宮勤めといえど、帝の寵愛を求めて後宮へ入るのと、尚功局の女官として実務を担うのとでは話が違う。

 聡い女を嫌う男もいるが、商家の娘としては十分すぎる――いや、身に余るほどの光栄だろう。


 嫁入り前の数年を仕事に捧げることにはなるが、それを終えれば多額の退職金と名誉が手に入る。そうなれば、多少嫁き遅れても良縁など向こうから歩いてやってくるはず。


(父様が考えそうなことだなぁ……)


 父・栢《はく》児由《こゆう》は、見た目こそ恰幅と羽振りのいい陽気な親爺だ。

 だが、娘である夕霖からすれば、がめついという言葉が服を着て歩いている――それが父である。


「禁城のどこで働くっていうんです」

「それがな、御庫《みくら》で宝物の管理をしてほしいんだと。ちょうど人手が足りなくて、ほら――香月楼《こうげつろう》の旦那のところで聞いたんだよ」


 香月楼とは、王都でも有名な高級妓楼だ。

 そこの旦那と父は昔馴染みで、なにかと店を贔屓にしてくれている。


「旦那のとこに出入りしてる客が、尚功局で働く女官の身内なんだと。それで、そこで人を探してるって話が出たらしい」

「夕霖が名指しで指名されたのか? 妓楼で?」


 そう眉をしかめたのは、明るいが真面目な長兄だ。

 すると、父はゆっくりと首を横に振る。


「読み書きと算術ができて、ある程度宝物を見る目を持っているってのが条件だったそうだ」


 読み書き算術だけならばまだしも、最後の『宝物を見る目』というのが重要らしい。

 御庫には、ぼろきれにしか見えない布が、前朝から伝わる遺物として収められていることもある。価値の分からぬ品を粗末に扱わず、帳簿と現物を正確に照らし合わせられる者が欲しいということだった。

 そこで、夕霖に白羽の矢が立ったらしい。


「夕霖、お前――自分で商売をやりたいと言っていただろう。宮中の人間と顔見知りになっておけば、後々なにかと便利だぞ」

「あー、そういう……伝手を作って来いってことですね」


 夕霖がそう言うと、父はニヤッと意地の悪い笑みを浮かべた。

 娘にそんな伝手を作らせようとする程度には、父は夕霖の将来を本気で考えている。

 夕霖は、栢家と血のつながった娘ではないにもかかわらず――だ。


 ――夕霖は、拾われ子である。

 父とも母とも、二人の兄たちとも血は繋がっていない。

 父はよく「橋の下で拾った」とか「川上から流れてきた」とか適当なことを言うが、ともかく赤子の頃にどこかから貰われてきたらしい。

 別に、それ自体はこの国ではよくあることだ。

 両親は分け隔てなく子どもたちを愛してくれたし、時には分け隔てなく拳骨もくれた。


(厄介払いじゃないことはわかるけど――王宮か……)


 物心ついた時から、夕霖は父の商売を間近で見ていた。

 そして、自分もいつか商売でもしてみたい――そう思っていたのだ。

 そこそこの家に嫁ぎ、旦那には口うるさく言われず、そこそこの商売を営みたい。

 娘に甘い父は、その夢を知って香月楼の旦那と話をつけてきてくれたのだろう。


「そういうことだ。ついでにウチの店の宣伝もしてこいよ」

「承知。……で、勤務っていつから?」

「明日、尚功局《しょうこうきょく》で試問があるんだ」

「……決まってないじゃないですか!」


 ガッハッハ、と大声で笑った父と裏腹に、夕霖はがっくりと肩を落とした。

 試問に落ちれば当然この話はなかったことになる。『仕事を決めてきた』なんていうから期待したのに、これじゃ皮算用もいいところだ。


「なーに、お前なら受かる!」

「はぁ、調子いいんだから……で、父様。給金はいかほどなんですか?」


 ――そう、夕霖は父とそっくりな表情で笑ったのだった。

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