第19話:紫檀螺鈿鏡箱(中)
「螺鈿か、これは美しいな……って、いいか、螺鈿くらいはわかるからな!」
「まだ何も言ってないじゃないですか……」
流石の茈瑛も、螺鈿はすぐに見て分かったようだ。
艶やかな乳白色の螺鈿が七色の光を跳ね返す様は見事の一言で、夕霖でも思わず息を飲んでしまうほどだ。
「こういうの、普通は外側に施すと思ってたんですが……作った人間が敢えてここに入れたんだとしたら――」
「随分奥ゆかしい飾り方だ」
「そうですよね。ってことは、元々誰かに売るとかが目的じゃないような気もするんです」
高く売りたいのなら、螺鈿の装飾を箱の外側につけ、目を引くような造りにするだろう。
だが、今回はその飾り付けが箱の内側に施されている。
「孔雀の意匠は、繁栄……いや、魔除け……」
孔雀は瑞鳥として知られており、魔除けの意味で用いられることがある。毒虫や毒蛇などを食べるという性質から、邪気払いができる鳥とされていた。
あるいは、その見た目の豪華さから富を呼び込む鳥とも呼ばれている。
「間違いなく名品でしょうね。さっきの、片手で開けられるような遊びを計算して入れたとすれば、作り手の技量は一級品です」
「だろうな――俺もそろそろわかってきたぞ。由来が不明でも、ここまで美しさと機能を両立させていると価値が高いんだろう」
「えぇ、そうです。例えば、嫁入り道具として作られたとか、妻への贈り物とか――誰かに献上したり、高値で売りさばくのが目的で作られたわけではなさそうです」
たとえば、職人が自分の妻に送った品だというのなら納得がいく。
しかし、そうなると今度は由来を証明するのが大変だった。
私的な贈り物として作られたのならば価値は高くなりにくい。この前の絵のように落款があるわけでもないので、品物自体の価値で見るしかなくなってしまう。
「……ただの螺鈿の鏡箱と言えば、それまでになってしまいます。例えば、紫檀に螺鈿を組み合わせた箱などは、御庫にもたくさんあるでしょう?」
「そうだな……似たようなものは見たことがある」
茈瑛の母も似たような鏡箱を持っていたというから、上流階級の女性の間ではそれほど珍しいものではないだろう。
それでは、皇帝の収蔵品として特筆できることがない。
もうちょっと、明確に特別な仕掛けでもあればいいのだが、一見するとただの鏡箱でしかない。
「……あの、この引き出しとかも……すべて開けていいですか?」
「構わないが、壊すなよ」
「ありがとうございます。……ん-、中も……たまに職人が焼き印を入れていたりするんですが……」
箱をひっくり返して裏面を見てみたりもしたが、それらしきものは見当たらない。
だが、夕霖はそこで一つの違和感に気が付いた。
「……ん?」
「どうした、なにか手掛かりがあったのか?」
「いえ――茈瑛様、ちょっと見ていただきたいのですが……」
落としてしまわないように、そっと鏡箱を持ち上げる。
身を屈めてくれた茈瑛の目の前にそれを差し出すが、彼は特に違和感には気が付いていないようだった。
「なにがおかしいんだ? ……光るのか」
「光りません」
「では……んん?」
じっと鏡箱を眺めていた茈瑛だが、しばらくして両手を肩の高さまで上げた。文字通りお手上げらしい。
「わからん! 説明しろ」
「えーと、ちょっとこれを開けてみますね……」
違いがわからんと唇を尖らせる茈瑛に、夕霖は鏡箱の一番下についていた引き出しをゆっくりと引いた。
中身は空っぽだったが、夕霖は底板を軽く指で押してみる。
「見た目よりも底が浅いんです。多分、開けるための仕掛けがあります」
引き出しの手前の方から、指先でコンコンと底板を叩いてみる。
すると、奥の方に音がこもる場所があった。
「音が変わったぞ……この下になにかあるか?」
「恐らく、ここを指で押していくと……」
音が変わった場所を指でぐっと押すと、底板の手前の方がわずかに浮き上がった。
引き出しの中は二重底になっていたらしい。梃子の要領で、指で強く押すと開く仕組みになっていた。
「おぉっ……!」
「やっぱり、こうなってたんだ……!」
二人は顔を見合わせて、それからほとんど同時に鏡箱へと視線を向けた。
丁寧に上の底板を外すと、小物くらいなら入りそうな小さな空間が現れる。
「中にも彫刻が……? いえ、これは違うかな……元から、ここになにか入ってた……?」
下の底板には、丸いものをぴったりと収められるような、浅い窪みが作られていた。
「……彫刻? いや、それにしては質素な――」
「これ、なにかを隠していたんじゃないか?」
「茈瑛様も、そう思いますか?」
「あぁ。ここになにかを隠したいから、わざわざ二重底になどしたんだろう。それで――恐らく、この場所になにかがぴったり当てはまる……とか」
茈瑛の考えは、およそ夕霖の考えと同じだった。
(へそくり入れ……ってわけじゃないよね……)
くぼみの形は丸い。へそくり入れならわざわざそんな形にはしないだろう。
腕を組んで、夕霖はしばらく考え込んだ。これまでの知識を総動員しても、この鏡箱にどんな意図が隠されているのかがわからない。
「夕霖。……これを見てくれ」
頭の中がぐるぐるして息苦しくなってきたころ、茈瑛がそう声をかけてきた。
なにか分かったのか、と顔を上げると、茈瑛が先ほど外した底板を手に持っている。
「この底板の裏に、これが」
薄い板をひっくり返した茈瑛が、指先で中心を指し示す。
そこには、五つ葉の銀杏が焼き付けられていた。




