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後宮宝物鑑定録~商家の娘、給金三倍で皇帝陛下の宝物庫に眠る嘘を暴きます~  作者: 千賀つづら


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第18話:紫檀螺鈿鏡箱(上)

 賑やかな宮中市から遠ざかっていくにつれ、夕霖の足取りはどんどん重たくなっていった。

 とぼとぼと、悲嘆を隠そうともせずに内帑を訪れた夕霖を見て、茈瑛はなにかあったのかと目を丸くした。


「……宮中市が立っていたんです。今日が最終日で――せっかく楽しく買い物してたのに」

「あぁ、それは悪かったな。なにか目当てのものでもあったのか」

「目当てがなくても、見るだけでも楽しいじゃないですか……」


 久々に市場の活気を見て、お金が活きる使い方を考えていた。それだけでも楽しかったのに、この呼び出しで台無しだ。

 とはいえ、いつまでもぶすくれてはいられない。

 茈瑛が自分を呼んだということは、なにか鑑定してもらいたいものがあったのだろう。


「使いの方まで走らせて、なにかあったんですか?」

「あぁ。……実は、宮中市の中で皇帝陛下のお眼鏡にかなうものがあってな。それで、その」

「……また買われたんですね」


 呆れたような声を出してしまったが、一歩間違ったら不敬罪で断じられていただろう。

 しかし、相手が茈瑛だとこういう態度にもなってしまう。夕霖はもう何度も、彼に対して皇帝が美術品を買い漁るのを止めてくれと言っているのだ。


「その、お前が大変だとはわかっていたんだ。だが……」

「止められなかった、と」

「……あぁ」


 高位の官吏が、若い女――それも後宮勤めの女史に向かってがっくりと頭を下げているところは異様だろう。

 ここが内帑で、人の出入りがないから許される。これが外だったら、多分夕霖の方がひっ捕らえられていたはずだ。


「市は珍しいものが並びますからね……あぁ、でも――商品を見たってことは、皇帝陛下が後宮にいらっしゃったんですか?」

「いや、違う。先に商人がいくつか陛下に品物を見せたんだ。古今東西の美術品を買い漁っていることを知っていたんだろうな。持ち込まれたのは皆珍しい品物ばかりだったよ」


 一国の皇帝が買い付けたとなれば、その店にも箔がつく。

 商人たちが噂を聞きつけ、自分の店で売っている美術品を持ち込んだのも納得がいった。


(で、陛下はそれで買ってしまったと……)


 もしかして、皇帝陛下もちょっとお祭り気分だったのかもしれない。


「……わかりました。では、品物を拝見してよろしいですか?」

「あぁ――この鏡箱なのだが」

「え、鏡箱?」


 鏡箱は、女性が化粧をする時に使うものだ。

 皇帝が化粧をするのかと思って茈瑛の方を見ると、彼はゆっくり首を横に振った。


「これ、女性物ですよね」

「男物だろうが女物だろうが、由緒がありそうなものだと買い漁る。……まったく、節操のないことだ」


 ――と、茈瑛もほとほと呆れかえっていた。

 しかし、と目を落とすと、夕霖にも、一見しただけで品の良さがわかった。


(赤い木肌に、黒い縞模様……紫檀《したん》の鏡箱かぁ……)


 堅い木で、加工をするのが少し難しい。しかし、丁寧に磨き上げればひときわ美しい艶が出るため、愛好家が多い木材だ。


「これはまたお高そうな……」

「紫檀の鏡箱だ。モノ自体はそれなりの値段がしそうだな」

「あ、茈瑛様……紫檀ご存じなんですか」

「流石にそれくらいはわかる! 特徴的だろう、その色合いは」


 茈瑛はあまり美術品に詳しくないと言っていたから、木材の名を言い当てるとは思わなかった。

 驚いたように顔を上げる夕霖に、茈瑛は軽く頭を掻き、鏡箱に視線を落とした。


「似たような風合いの鏡台を……母が持っていた」

「あぁ、なるほど」


 確かに、上流階級の女性たちに紫檀は特に人気がある。木肌の色合いと艶めきに気品を感じ、買い求めるご婦人が多いらしい。


「仰る通り、これは紫檀の鏡箱ですね。なので、物としての価値は高いかと。……それで、謂れは?」

「特になにも。並べられた品の中で、陛下がこれがいいと仰っていた――古い品かどうか、本当に価値があるものかを調べてほしい」


 茈瑛からの命令に、夕霖はそっと頷いた。

 先ほど夕霖が話したように、紫檀というだけで素材の価値そのものは高い。


(留め金は――結構今時の流行じゃないかな……)


 まず夕霖が調べたのは、取っ手や留め金などの、ぱっと目に入る装飾品だ。

 こういうものは流行があって、年代が分かりやすい。

 鏡箱の外についている留め金には金鍍金が施されており、見た限りではわりと最近――ここ二十年ほどで流行している造形をしていた。


「これ、開いてみてもいいですか?」

「いいぞ」


 念のために尋ねてみると、すぐに許可が下りた。

 壊さないようにそっと箱を開けると、それだけで造りの良さがわかってしまう。


「……一切の引っかかりがないですね。なんというか、噛み合わせに、すこし遊びが設けられているといいますか」

「あそび?」

「はい。……こう、蓋を持ち上げやすいというか――片手でも十分広げられるようになっていますね」

「片手で? 何故そんな工夫を……」

「なぜでしょう……怪我をしても使いやすいように、ってことではないですよね……」


 粗雑な造りのものだと、蝶番が引っかかったり、内側が干渉して木材同士傷をつけ合ってしまうことがある。

 この鏡箱は、それが一切ない。

 そしてさらに、夕霖が驚いたのは箱の中身だった。


「わ……これ、螺鈿《らでん》ですよ! すごいなぁ、外じゃなくて内側に……」


 蓋の裏側には、美しい羽根を持つ孔雀が描かれていた。

 そして、その羽の色どりに使われているのは――精緻な技巧で嵌め込まれた螺鈿であった。

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