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後宮宝物鑑定録~商家の娘、給金三倍で皇帝陛下の宝物庫に眠る嘘を暴きます~  作者: 千賀つづら


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第14話:月下銀杏図(四)

「これは――」

「迅《じん》華遼《かりょう》――百年前、宮廷に仕えていた絵師ですね」


 そっと夕霖が指したのは、梅の花の傍らに『華遼』と彫られた印影だった。

 添えられていた名は迅華遼。

 かつて王宮に仕えていた宮廷絵師の、更に筆頭であったようだ。


「……やはり、迅家の者か」

「え? 知っているんですか?」

「古い家柄だ。今はもう、家門の者はほぼ残っていないが――芸術に秀で、先の帝の時代までは職人集団を抱えていた」


 貴族の家のことについて、夕霖は然程詳しくはない。

 そこに関しては、実際に貴族社会で生きている茈瑛の方が詳しいだろう。


「没落したんですか」

「あぁ。先帝の御代にな……しかし、迅家の人間が描いた作品自体は多く残っている。だが……」


 あの絵は見たことがなかった、と呟いた茈瑛に、夕霖は小さく頷いた。

 実は、収蔵簿に記されていた印影と絵に捺されていた印は細部が異なっている。


「白梅《しらうめ》でしたよね、あの絵に捺されていた印は……梅の形が白くくりぬかれていました。こっちの方は輪郭だけを彫っている。つまり紅梅《こうばい》です」

「そうだな……では、偽物ということか」

「いいえ。いくらなんでも違いが分かりやすすぎます。……おそらく、あちらの絵に捺されていたものは私的な用途で使用していた落款なのでは?」


 画人の中には、名義を隠したり遊びを入れる目的で複数の印を持っている人もいる。

 公的に登録されている迅華遼の落款がこの印影だとするなら、その絵師が私的な作品に捺したものであるかもしれない。


「もう一度、内帑に戻ってあの絵を確認したいです」

「わかった。……今度は平たんな道を通るようにするよ」


 小さく笑った茈瑛に頷いた夕霖は、じっと迅華遼の印を見つめた。その目に焼き付けるように細部まで確認した後、図書庫を出て再び内帑に戻ってきた。


「……あ、やっぱり。見てください、茈瑛様」


 無事に整備された道を通って内帑へ戻ってきた二人は、再び月下銀杏図を広げてその印を確認する。

 捺された印は、先ほどの紅梅のものと対を成す――花の部分を彫りくぼめ、朱の中に白梅の形を抜いた印だ。


「華遼、って書いてます。やっぱり、私的な作品なのかな」

「添え書きには何も書いていないな……」


 恐らく、この作品が迅華遼のものだというのは間違いないだろう。

 だが、決定打に欠ける。

 この作品が宮廷筆頭画家の描いたものであり、白梅の印が私的に使用されているものであるという証拠が欲しい。


「……迅家の人って、今ほとんどいないんですよね?」

「あぁ、そうだな」

「王宮の中にいたら、茈瑛様に連れてきてもらおうと思ったんですが――うーん……」

「だが――一つ、知っていることがある」


 さしもの茈瑛であっても、いない人間を連れてくるのは不可能だ。

 さてどうしたものか、と首をひねる夕霖だったが、そこで茈瑛がぽつりと呟いた。


「知ってること?」

「……迅家の紋章は、『五つ葉の銀杏』だ」

「銀杏、って――な、なんでそれ先に言ってくれなかったんですか!」

「すまん、今思い出した」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた茈瑛に、夕霖は内心で「そんなわけがあるか」と溜息を吐いた。

 そう――最初からそれを知っていれば、あの印影を見た時点である程度の推測はついていたかもしれない。


「それなら、この女性は……恐らく迅家の人なのでは? 家の紋章になっている木と共に描かれているなら……恐らくは本家筋の女性。多分……迅華遼の奥様、とか」


 夕霖の頭の中で、バラバラに散らばっていた要素が一つずつまとまり始める。

 ここに描かれているのが、絵師の妻なのか母なのかはわからない。

 だが、これだけ高級な顔料を惜しみなく使い、迅家にとっては特別な銀杏の木と共に描かれているなら――迅華遼の真作と見て、まず間違いないだろう。


 それも、筆頭宮廷画家が私的に描いた傑作である。売りに出された前例はほとんどない。

 仮にこの絵を市場に出せば、値をつけるのが難しい逸品となるのは間違いない。


「来歴、使われている顔料、更に作品としての価値……これらすべてを総合し、私は……この絵を、迅華遼の真作であると判断します」

「おぉ……」


 ――重たい。

 正直、真作と断じるよりも贋作を見抜く方がよっぽど気が楽だ。

 じっとりとした汗を体にかきながら夕霖は深く息を吐いた。次兄はいつも、こんなことをしているのか。


(小兄様……次に会ったら、もう少しお話を聞いておこう……)


 仕事中はまだいいが、部屋に遊びに行ったら半刻は絵の話から逃れられない。

 それを覚悟してでも、一度彼の話はきっちり聞いた方がいいかもしれない。


「わかった、陛下には俺から伝えておく。……その、苦労をかけた」

「いえ……ただ、すごく――判断に迷いました。絶対的な指針があるならまだしも、世に出ていない作品となると……」


 ふーっと息を吐いて、夕霖は近くの椅子に腰を下ろした。

 立っている茈瑛の前でこんな風に座るのは不敬だが、どうにも頭がくらくらしてきてしまう。


「申し訳ありません、茈瑛様……立っていられなくなって……」

「だ、大丈夫か……冷たい水でも飲むか?」

「いえ、平気です。少し休めば動けるようになります」


 審美眼と呼べるほどの目を、夕霖は持っていない。

 全て父や兄、母からの受け売りで真贋鑑定をしてきたが――今日初めて、自分自身の考えと推察でその判断を行った。


「あと……陛下にも、あんまりぽいぽい物を増やさないように、進言していただけませんか……命が持ちません……」

「……あぁ」


 向こうにしてみれば夕霖一人の命なんて物の数にも入らないかもしれないが、こんなことを毎回していたら本当に寿命が尽きてしまう。

 ぐったりしたまま呟いた夕霖に、茈瑛は柔らかな笑みをこぼして頷いた。


「しっかり――陛下に伝えておくよ」


 尊大な若様の声とは思えないほど穏やかな言葉を聞いて、夕霖はもう一度深く息をついたのだった。

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