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後宮宝物鑑定録~商家の娘、給金三倍で皇帝陛下の宝物庫に眠る嘘を暴きます~  作者: 千賀つづら


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第11話:月下銀杏図(一)

「しかし、趣味嗜好はともかく――お前の兄はそこまで書画に詳しいのか……それなら、お前も多少絵は見たことがあるんだな?」

「は、はい」

「では――少し見てもらいたいものがある」


 椅子から立ち上がった茈瑛が、奥の方の棚にしまいこまれていた細い木箱を持ってきてくれた。

 箱の見た目からして、中身は絵画か書のどちらかだろう。


「これを……陛下がまた買い足した」

「……止めなかったんですか、茈瑛様。今こんなになってるのに」

「……すまん」


 短く、けれど誠意に満ちた謝罪だった。

 普段は皇帝陛下にこれでもかと我儘を通せる権力を持っているのに、どうして道楽の買い物を止められないんだろう。

 いや――いつも言うことを聞かせているから、こういうところは逆に強く出られないのかもしれない。


(それにしたって、また……)


 紫色の紐で閉じられたそれを開いてもいいか、視線で茈瑛に問いかける。

 すると、彼は何も言わずに小さく頷いただけだった。どうやら、彼なりに皇帝を止められなかった罪悪感はあるらしい。


「……わ、綺麗」


 はらりと封を解いて、中に入っていた掛け軸を開く。

 すると、そこには流麗な筆致で描かれた美人画が収められていた。


「月下銀杏図《げっかいちょうず》……出所は不明だが、百年以上前の宮廷画家が描いたものだと言われている」

「わぁ……すごいですね。百年も前のものなのに、虫食いひとつない。保存状態は極めていいです」


 出自不明の絵画は、ともすればぞんざいに扱われてボロボロになってしまうことも多い。

 しかし、この絵は虫食いもほころびも、シミ一つ見当たらない。


(小兄様が見たら、『お嫁さん』にしちゃうかも……)


 今のところ彼の『妻』は一枚だけだが、もしかするともしかするかも――涼しげに目を伏せた女性の立ち姿は、そう思わせるだけの品格と、どこか艶めかしさを感じさせた。


「どうだ、それは本当に価値のあるものなのか」

「……使われている顔料――特に、この女性の衣に使われている青ですね。これはすごいですよ……」


 月に照らされた薄暗がりの中、絵の中の女性は鮮やかな青い布を身にまとっている。

 まるで、空を切り取ってそのまま閉じ込めたかのような色合い。

 これを出せる顔料はごく限られており、非常に高価なことで知られている。


「この青い色がそんなにすごいのか」

「はい。これは瑠璃青――西方から運ばれてくる、瑠璃という石から作られた顔料だと思います」


 そう言って、夕霖はごくりと唾を飲んだ。


「石を細かく砕いて、不純物を取り除き、鮮やかな青い粒だけを選り分けるんです。産地も限られていますし、こーんなに少ない量でも、信じられないくらい高いんですよ」


 夕霖は小指の先ほどの大きさを示したが、茈瑛はあまり驚いていないらしい。


「そんなにか」

「はい。……そうだなぁ、少し待ってくださいね」


 やや興奮気味に話す夕霖とは対照的に、茈瑛は絵を見つめたまま首をかしげていた。

 あの深く澄んだ青がどれほど希少なのか、彼はまだその価値に気づいていないらしい。


(これなんてどうかな……)


 夕霖は、綺麗に整理した棚の中から一幅の掛け軸を取り出し、それを今の絵の隣に広げてみせた。


「こちらの絵に使われている青は、石青《せきせい》といいます。青い鉱石を砕いて作る顔料で――これだって庶民には到底手が出ない高級品です。……少し色が違うでしょう?」

「あ、あぁ。どちらも美しいが――こちらの方が、少し緑がかって見えるな」

「そうです。それに対して、この女性の衣に使われている青は、もっと深くて澄んでいる。おそらく瑠璃青です。値段も、こちらとは比べものになりません」


 瑠璃青をここまでふんだんに使った絵画を見るのは、実は夕霖も初めてだ。

 だが、並べてみると石青とはまるで違う。


「正直に言うと、変な汗をかいてきました。値段を想像したくありません」

「な……では、やはり相当価値のある……」


 それはまだわからない、と夕霖は首を横に振った。

 希少な顔料を使っているからと言って、絵そのものの価値が高いかと言われれば否である。


「今のところ、私が価値を見出しているのは、絵画そのものではなく絵具に対してです」


 たとえば、画仙が草の汁を使って描いた絵に価値が出ることもある。

 だが、その逆で――いかに高級な顔料を使っていようと、駄作であれば価値はつかない。


(小兄様に直接話を聞ければ、すぐにわかりそうなのに……)


 次兄は絵のことに関しては家族で随一の審美眼を持つ。

 舶来の絵画の真贋をごっそり言い当てて、父からぼったくろうとした輸入商人をこてんぱんにしたこともあった。

 だが、今はその次兄を頼ることもできない。


(今内帑にいて、皇帝陛下のお宝を見てる……なんて、手紙を書けるわけでもないし……)


 この仕事は内密のものだ。

 兄に頼ることもできない状況で、夕霖はなんとかこの絵画の真贋を見定めなければならない。

 ――やけにじっとりとした汗が、背中を伝っていった。

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