(六)完成しない世界
◆ 完成しない世界
ロアンは本の終盤を開いた。
小さな精霊たちは、世界を完全には作れませんでした。
山は崩れることがあります。
森は燃えることがあります。
川はあふれることがあります。
風は嵐になることがあります。
それでも、精霊たちはそのたびに補い合いました。
火が強すぎれば、水が冷ましました。
水が多すぎれば、土が受けました。
土が固すぎれば、風が種を運びました。
風が荒れれば、森が受け止めました。
世界は、一度で完成するものではありません。
少しずつ崩れ、少しずつ直されるものなのです。
ロアンは最後のページを見た。
そこには、四つの小さな精霊が描かれていた。
完成していない世界を見て、並んで笑っている。
山は少し歪んでいる。
川は曲がりすぎている。
森はところどころ薄い。
空には雲が多すぎる。
それでも、精霊たちは笑っていた。
ロアンが言った。
「完成しないんだ」
エナが本を覗き込む。
「子どもの頃は、そこが不思議でした」
ミルカが言う。
「完成した世界じゃなくて、直し続ける世界なんだ」
ロアンは本を閉じた。
「そっちの方が、本当っぽい」
「本当っぽい?」
エナが聞く。
ロアンは少し考えた。
「洞窟が開いても、すぐ全部戻ったわけじゃなかった。道も、荷も、人も、少しずつ戻る。昨日の神殿の屋根も、直さないとまた崩れる。俺の靴も」
ミルカが言う。
「靴は早めに直して」
「そこは完成させたい」
「完成というより修理」
「俺の旅、修理が多いな」
エナが言う。
「世界も修理が多いので、似ています」
ロアンは笑った。
「世界と俺の靴を並べていいのかな」
ミルカは真顔で言う。
「どちらも放置すると困る」
「並んだ」
エナも真面目に頷く。
「足元は大事です」
「また足元の真理だ」
三人は笑った。
けれど、ロアンの中で、笑いながらも何かが残っていた。
一度で完成しない。
足りないものがある。
崩れる。
直す。
補う。
それは、失敗ではなく、世界のあり方なのかもしれない。
ロアンは本を膝の上に置いた。
「俺たちが全部できなくても、できる人に届けばいいのかも」
ミルカが聞く。
「何を?」
「知らせとか、道とか、頼みごととか。俺たちが倒せなくても、倒せる人がいるかもしれない。俺たちが癒やせなくても、エナさんみたいな人がいる。俺たちが知らない道も、誰かが知ってるかもしれない」
エナが言う。
「それを探すんですか?」
ロアンは少し考える。
「探すというか、つなげる?」
ミルカは目を細めた。
「ずいぶん大きな話になってきた」
ロアンは慌てた。
「いや、今すぐ世界をつなげるとかじゃなくて」
「分かってる。でも、ロアンはそういう方向に行きそう」
エナは柔らかく笑う。
「向いていると思います」
ロアンは困る。
「そうかな」
ミルカとエナが同時に言う。
「たぶん」
ロアンは二人を見る。
「やっぱり、そのたぶん、強いのか弱いのか分からない」
ミルカが言う。
「ロアンが分からない時は、だいたい進む前に確認」
「今は?」
「本を返す」
「急に小さい」
エナが手を差し出した。
「では、確認としてお預かりします」
ロアンは本を返した。
「ありがとうございました」
エナは本を受け取り、少しだけ大事そうに抱えた。
「こちらこそ、久しぶりにちゃんと読みました」
「昔から知ってる話でも?」
「はい。知ってるつもりだったかもしれません」
ミルカが静かに言う。
「そういう本、ありますよね」
エナはうなずいた。
神殿の中に、朝の光が差し込んでいた。
白い柱はない。
大きな鐘もない。
けれど、古い本のページは、確かにそこで開かれていた。
※第21話「小さな精霊たちの話」は全七回です。
続きます。
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