(四)泥だらけの精霊
◆ 洞窟の時も
ロアンは本を閉じかけて、また開いた。
国境洞窟のことを思い出した。
自分たちは魔物を討ち倒した英雄ではない。
書状を運んだだけ。
けれど、両村の自警団が同じ時刻に動けた。
洞窟は開いた。
ロアンは言った。
「洞窟の時も、そうだったのかも」
ミルカはすぐには答えなかった。
少し考えてから、うなずく。
「私たちだけでは洞窟を開けられなかった」
「でも、自警団だけでも時刻を合わせられなかった」
「反対側の村も、こちら側の村も、どちらかだけでは無理だった」
エナは二人を見た。
「それで、開いたんですか?」
ロアンはうなずく。
「たぶん。みんなが少しずつやったから」
ミルカが補足する。
「ロアンは、少しずつを雑にまとめるのが得意かもしれない」
ロアンが顔を上げる。
「褒めてる?」
「半分」
「もう半分は?」
「雑」
「予想通りだった」
エナは小さく笑った。
「でも、少しずつを集めるのは、大事だと思います」
ロアンは本の絵を見る。
「俺は、火みたいに強く燃やせないし、水みたいに癒やせないし、風みたいに遠くへ飛べるわけでもないし、土みたいに支えられるわけでもないけど」
ミルカが言う。
「比べ方が少し変」
「そう?」
「火と水と風と土に並ぼうとしてる」
「そういうつもりじゃ」
「でも、続けて」
ロアンは少し照れくさそうに頬をかいた。
「洞窟の時、俺たちがやったのは、書状を運んだだけだった」
エナは静かに聞いていた。
「でも、それがなかったら、両側から入れなかったんですよね」
「はい。たぶん」
ミルカが言う。
「たぶんじゃなくて、そこはそう」
ロアンは少し驚いてミルカを見た。
「言い切るんだ」
「書状を運んだのは事実だから」
「でも、洞窟を開けたのは自警団だろ」
「それも事実」
エナが本の絵を見ながら言う。
「どちらも、必要だったんですね」
ロアンは少し黙った。
それから、うなずいた。
「そうか。どっちかだけじゃ、だめだったんだ」
ミルカが言う。
「少しずつ、役割が違った」
「俺たちは、間に合うように走った」
「自警団は、洞窟に入った」
「村長たちは、書状を書いた」
「老人は、薬草道を教えた」
エナが微笑む。
「精霊たちみたいですね」
ロアンは少し照れたように笑った。
「俺たち、かなり泥だらけの精霊だったけど」
ミルカが即座に言う。
「精霊に失礼」
「そこまで?」
エナは真面目に考えた。
「泥の精霊なら、少し近いかもしれません」
ロアンはミルカを見る。
「ほら、近いって」
「喜ぶところ?」
「泥が役に立つこともある」
「あるけど、今はたぶん違う」
エナは楽しそうに笑った。
会話は軽かった。
けれど、ロアンの中に残ったものは、軽くなかった。
自分だけで足りないなら、誰かの力がいる。
誰かだけで足りないなら、自分が少しだけ間に入れることもある。
そのくらいのことなら、できるかもしれない。
そう思った。
※第21話「小さな精霊たちの話」は全七回です。
続きます。
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