(二)全員、足りないんだ
◆ 足りない精霊たち
本を開くと、紙は少し波打っていた。
何度も読まれたのだろう。
角は丸まり、ところどころ指の跡が残っている。
絵は古く、色は薄い。
けれど、小さな精霊たちの表情は、まだ分かった。
火の精霊は、少し得意げな顔をしている。
水の精霊は、眠そうに見える。
風の精霊は、どこかへ飛んでいきそうだ。
土の精霊は、動く気がなさそうにどっしりしている。
ロアンは声に出して読み始めた。
昔、世界がまだ形になっていなかった頃。
小さな火の精霊は、寒いところを温めようとしました。
火の精霊が踊ると、凍った地面は温かくなりました。
けれど、火は嬉しくなって踊りすぎました。
草は燃え、木の芽は黒くなり、温めるはずの場所は灰になってしまいました。
ロアンは少し止まった。
「いきなり失敗してる」
エナは懐かしそうに言う。
「火の精霊は、いつも張り切りすぎます」
ミルカが絵を見る。
「ロアンみたい」
「俺、燃やしてないけど」
「張り切りすぎるところ」
「そこだけ?」
「今のところ」
「今後増えそうで怖い」
ロアンは続きを読んだ。
小さな水の精霊は、乾いたところを潤そうとしました。
水の精霊が歌うと、雨が降り、地面はしっとりしました。
けれど、水は嬉しくなって歌いすぎました。
土は流れ、種は浮かび、潤すはずの場所は川になってしまいました。
ロアンは水の精霊の絵を見た。
「水もだめか」
ミルカが言う。
「だめというより、加減が難しい」
エナが頷く。
「水の精霊は、やさしいけど止まりにくいです」
「誰かに似てる?」
ロアンが言うと、ミルカは即座に返した。
「ロアン」
「俺、火も水も?」
「勢いが止まりにくい」
「属性が増えた」
エナが真剣に言う。
「二属性ですね」
ロアンは少し困った。
「強そうなのに、あまり嬉しくない」
ミルカは言う。
「制御できない二属性」
「弱点が見えた」
ロアンは続きを読んだ。
小さな風の精霊は、遠くへ種を運ぼうとしました。
風の精霊が走ると、種は遠くまで飛びました。
けれど、風は嬉しくなって走りすぎました。
種はどこかへ行ってしまい、どこに落ちたのか、風にも分からなくなりました。
ミルカが小さく笑った。
「これは少し好き」
ロアンが見る。
「どこが?」
「運べるけど、留められないところ」
「好きなの?」
「分かる、に近い」
エナが頷く。
「風の精霊は、よく忘れます」
「忘れるんだ」
「飛んでいるうちに楽しくなるので」
ロアンが言う。
「それも俺っぽい?」
ミルカは少し考えた。
「少し」
「増えた」
エナも少し考える。
「ロアンさんは、楽しそうに道を外れそうです」
「そこまで?」
ミルカが言う。
「地図がなければ」
「地図があっても、少し怪しい」
「エナさんまで」
エナはにこにこしている。
悪気はない。
悪気がない分、少し刺さる。
ロアンは咳払いして続きを読んだ。
小さな土の精霊は、すべてを支えようとしました。
土の精霊が眠ると、大きな山ができました。
けれど、土は眠りすぎました。
山は硬く、草は根を張れず、水は染み込まず、誰も動けなくなりました。
ロアンは本を少し下ろした。
「全員、足りないんだ」
エナがうなずいた。
「そういうお話です」
ミルカは土の精霊の絵を見る。
「精霊なのに、万能じゃないんだね」
エナは少し笑った。
「ここの精霊様は、けっこう不器用です」
ロアンは本を見つめた。
火も、水も、風も、土も。
どれも力はある。
でも、一つだけではうまくいかない。
強いから成功するのではない。
強いまま使うと、むしろ失敗する。
ロアンはぽつりと言った。
「ちょっと分かるな」
ミルカが見る。
「ロアンが?」
「俺、剣も中途半端だし、魔法も中途半端だし、旅もまだ下手だし」
ミルカは少し考えた。
「自覚はあったんだ」
「あるよ」
「じゃあ、少し安心した」
「安心するところ?」
「自覚がないと、こっちの仕事が増えるから」
「俺は仕事を増やしていたのか」
「かなり」
エナがくすっと笑った。
ロアンは少し肩を落としたが、不思議と嫌ではなかった。
足りないことを口にしても、誰もそれを責めなかったからだ。
※第21話「小さな精霊たちの話」は全七回です。
続きます。
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