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勇者の条件  作者: KEI
第20話 寂れた神殿の見習い

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(五)少しだけ倒れるって何

◆ 少しだけ倒れる


同じ夜、ミルカもエナと話した。


祈りの間の灯りを落とし、火の皿を整えた後だった。


エナは薬草の束を並べている。


ミルカはその手元を見ていた。


「癒やしって、疲れないの?」


エナは薬草を束ねながら答える。


「疲れます」


「どのくらい?」


「たくさん使うと、体の奥が空っぽになる感じがします」


ミルカの表情が真面目になる。


「それ、危ない。使いすぎたら倒れるんじゃない?」


エナは困ったように笑った。


「倒れたことは、少しだけ」


ミルカは動きを止めた。


「少しだけ倒れるって何」


エナは首をかしげる。


「短めに?」


ミルカは額を押さえた。


「倒れるに短い長いをつけないで」


「でも、すぐ起きました」


「起きたからいいわけじゃない」


「父さんにもそう言われました」


「なら聞いて」


「聞いています」


「守っては?」


エナは少し目をそらした。


ミルカは深く息を吐いた。


「ロアンと別方向に危ない」


エナは驚いた。


「ロアンさんも危ないんですか」


「危ない」


「でも、優しそうです」


「優しいから危ない」


「なるほど」


「納得しないで」


「ミルカさんも、少し危ないです」


今度はミルカが驚く。


「私?」


「はい。危ない人を放っておけないので」


ミルカは言葉に詰まった。


エナは薬草を整えながら、穏やかに言う。


「ロアンさんを見ている時のミルカさん、かなり忙しそうです」


「それはロアンが忙しくさせてる」


「でも、嫌ではなさそうです」


ミルカは少し黙った。


「……嫌ではないけど、疲れる」


「それは分かります」


「エナも?」


「はい。困っている人を見ると、手が出ます。あとで疲れます。でも、出ます」


ミルカはエナを見た。


おっとりしている。


天然にも見える。


けれど、この子は危うい。


自分の力の大きさも、消耗も、たぶん正確には分かっていない。


「エナ」


「はい」


「倒れる前に、言った方がいい」


「誰にですか」


「近くにいる人に」


「父さんに言うと心配します」


「言わなくても心配してると思う」


エナは少しだけ寂しそうに笑った。


「そうですね」


ミルカは言葉を選んだ。


「隠すことが全部悪いとは言わない。でも、隠したまま倒れると、助ける側が困る」


エナは薬草の束を見た。


「良いことでも、困ることはありますね」


「それ、ロアンにも言った?」


「言いました」


「ロアン、何て?」


「困ったらミルカさんに相談すると」


ミルカは目を閉じた。


「あいつ」


エナは楽しそうに笑った。


「近道だそうです」


「あとで説教」


「短めに?」


「長めに」


エナはまた笑った。


祈りの間の小さな火が、静かに揺れていた。


◆ 父と娘


その夜遅く。


エナの父は、祈りの間に一人でいた。


神像の前。


その横には、木彫りの精霊像が並んでいる。


水の皿に、雨音がかすかに響く。


火の灯りは小さい。


土の小鉢は、昼にエナが整えたばかりだった。


風鈴のような飾りが、窓の隙間から入る風で小さく鳴る。


エナが入ってきた。


父の背中を見て、少し足を止める。


「父さん」


神官は振り返らないまま言った。


「今日、旅人の傷を診たのか」


エナは少し身構える。


「はい。薬を塗りました」


「それだけか」


エナは答えなかった。


雨音が、二人の間に落ちる。


神官はゆっくり振り返った。


「責めているわけではない」


エナは小さく言う。


「でも、言ったら困るでしょう」


「何が」


「中央に報告しなきゃいけなくなるかもしれません」


神官は黙った。


その沈黙は、否定ではなかった。


エナもそれを分かっていた。


「私は、ここで手伝えればいいです」


神官は娘を見る。


掃除をして、湯を沸かし、薬草を干し、老人の手を取り、子どもを止める。


この神殿には、エナが必要だった。


村人たちも、それを知っている。


だが、それだけでよいのか。


神官は静かに問うた。


「本当に、それだけでいいのか」


エナはすぐには答えなかった。


火の皿の小さな灯りが、彼女の横顔を照らす。


「分かりません」


「そうか」


「父さんは、私を中央へ行かせたいですか」


神官は長く黙った。


中央へ送れば、エナの力は多くの人を助けるかもしれない。


だが、中央は力を見つければ、力として扱う。


娘として扱ってくれるとは限らない。


ここに留めれば、エナは隠し続けることになる。


自分の力を、どう扱えばいいのか分からないまま。


「分からない」


神官は正直に答えた。


エナは少し驚いた。


「父さんでも?」


「父でも、神官でも、分からないことはある」


「それ、ロアンさんみたいです」


「そうか」


「ロアンさんは、分からないってよく言います」


「悪いことではない」


エナは少し微笑んだ。


神官は祈りの間の入口を見た。


灰色の外套が二枚、雨を避けて干されている。


若い旅人たち。


危なっかしい。


しかし、無理なら戻ることを知っている。


困った人を放っておけないが、目立つために動くわけではない。


娘が外を見るなら、ああいう者たちとなら。


そこまで考えて、神官は目を伏せた。


まだ結論ではない。


ただ、迷いが形を持ち始めただけだった。



※第20話「寂れた神殿の見習い」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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