(二)薪と米は祈っても増えません
◆ 薪と米
エナの父は、この神殿の神官だった。
痩せた男で、年齢より少し疲れて見える。
しかし目は穏やかで、声は落ち着いていた。
彼は二人の紹介状を見て、すぐにうなずいた。
「国境の村から来たのか。洞窟の件は聞いている」
ロアンは少し驚いた。
「もう話が?」
「街道の話は、風より遅く、荷馬車より早い時がある」
ロアンは一瞬考えた。
「それは速いんですか、遅いんですか」
神官は少し笑った。
「その時による」
ミルカが横で言う。
「旅と同じですね」
「そうだな」
神官は二人を祈りの間の横にある小部屋へ案内した。
狭い部屋だった。
床には藁を詰めた寝台が二つ。
壁には古い棚。
窓は小さいが、雨はしのげそうだった。
エナが誇らしげに言う。
「豪華ではないですけど、屋根はあります」
ロアンは天井を見た。
「床よりずっといいです」
ミルカがすぐに言う。
「床を基準にしないで」
エナは首をかしげる。
「床で寝る予定だったんですか?」
「ロアンが」
「俺だけ?」
「私は反対した」
エナは真剣な顔でロアンを見る。
「床は冷えます」
「はい」
「朝、体が硬くなります」
「はい」
「旅人の方は、足腰が大事です」
「はい」
ミルカが満足そうにうなずく。
「ほら」
ロアンは小声で言った。
「今日会った人にまで説教されてる」
「正しいことは、いろんな人が言うの」
「それ、前にも聞いた」
「何度でも聞いて」
神官はそんな二人を見て、少しだけ笑った。
「食事は粗末だが、よければ一緒に」
ミルカはすぐに財布袋を出した。
「食事と寝床分を」
神官は手を上げる。
「決まった額はない。払える分でいい」
ミルカは表情を引き締めた。
「では、薪と米の分を」
エナが横から言う。
「あと豆です」
神官が娘を見る。
「エナ」
「豆も減ります」
「それはそうだが」
ロアンは財布を開きながら笑った。
「豆代も払います」
エナは嬉しそうにうなずいた。
「ありがとうございます。豆は大事です」
ミルカが言う。
「ここ、本当に現実的な神殿ですね」
神官は少し苦笑した。
「中央の神殿から見れば、ここは神殿というより村の寄り合い所に近いのだろう」
ロアンは祈りの間を見る。
神像の横には、小さな精霊像が並んでいる。
「でも、村の人は来てますよね」
「それで十分だ」
神官は静かに答えた。
「ここでは、祈りは生活の一部だ。病の時も、雨が続く時も、子が生まれた時も、旅人が道に迷った時も、人はここへ来る。立派な柱がなくとも、来る者がいるなら神殿は神殿だ」
エナは豆の袋を棚から取り出していた。
「父さん、豆、増やしますか?」
「客人がいるからな」
「祈ったら増えませんか?」
「増えない」
「ですよね」
ロアンは笑った。
「エナさん、それ分かってて聞いてます?」
エナは真面目に答えた。
「時々、確認したくなります」
ミルカが言った。
「分かるような、分からないような」
「ミルカにも分からないことが」
「あるよ」
「安心した」
「安心するところ?」
「ミルカが全部分かったら、俺の立場がない」
「今もそんなにないと思う」
「豆より軽い?」
「豆は大事」
「負けた」
エナは豆を鍋に入れながら、楽しそうに笑っていた。
※第20話「寂れた神殿の見習い」は全六回です。
続きます。
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