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勇者の条件  作者: KEI
第20話 寂れた神殿の見習い

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(一)灰色の旅人です

◆ 道が開いたあと


国境洞窟が開いたあとも、街道がすぐ元通りになったわけではなかった。


荷馬車は動き始めた。


塩も鉄も薬草も、少しずつ流れ始めた。


けれど、止まっていた時間は残る。


遅れた荷は、遅れたまま次の村へ届く。


不足していたものは、届いた瞬間に足りるわけではない。


痛んだ車輪は直さなければならない。


濡れた袋は干さなければならない。


魔物が消えたわけでもない。


洞窟は開いた。


しかし、世界がきれいに整ったわけではなかった。


ロアンとミルカは、灰色の作業外套を羽織って街道を歩いていた。


外套は地味だった。


よく言えば丈夫。


悪く言えば、どこにでもある。


泥がついても目立たない。


煤がついても、もともとそういう色に見える。


旅人というより、荷運びの手伝いか、薬草採りの帰りのようだった。


ロアンは外套の袖を見ながら言った。


「これ、思ったより便利だな」


ミルカは地図を見ながら答える。


「汚れても目立たないから?」


「それもある」


「他には?」


「着てると、ちょっと旅人っぽい」


ミルカはちらりと見る。


「旅人っぽさって、外套で決まるの?」


「半分くらい」


「残り半分は?」


「靴の疲れ具合」


「じゃあ今のロアンは、かなり旅人」


ロアンは自分の靴を見た。


洞窟の件で、片方の縫い目が少し開いている。


「喜んでいいのか?」


「修理した方がいい」


「現実が早い」


「旅は現実だから」


「旅も村も帳簿?」


「そう。外套も帳簿」


「外套まで?」


「汚れが目立たない分、洗う回数が少し減る」


「それは帳簿だ」


ロアンは納得した。


灰色の外套は、英雄らしい装備ではない。


ただ、旅には役に立つ。


それで十分だった。


街道沿いの宿場へ着いたのは、日が傾き始めた頃だった。


しかし、宿はすでに満室だった。


国境洞窟が開いたことで、止まっていた商人や荷運びが一気に動き出していたのだ。


宿屋の主人は、申し訳なさそうに肩をすくめた。


「悪いね。今夜は倉庫も馬小屋も埋まってる」


ロアンは宿の中をのぞく。


人の声。


湯気。


荷物。


疲れた商人たち。


確かに、入り込む余地はなさそうだった。


「床でもいいんですけど」


ミルカが即座に言う。


「よくない」


「まだ何も」


「床でもいいと言った」


「言ったけど」


「床は寝床じゃない」


宿屋の主人は苦笑した。


「若いの、連れの子の方が正しいよ」


ロアンは少し肩を落とす。


「最近、どこへ行ってもミルカが正しい」


「最近だけじゃない」


「本人が言うと強いな」


主人は少し考え、村の外れを指した。


「小高い場所に神殿がある。立派な神殿じゃないが、旅人を泊めてくれることがある。寝床くらいならあるかもしれん」


ミルカが確認する。


「宿代は?」


「決まってないと思う。寄進か、手伝いか、その時次第だな」


ロアンが言う。


「神殿って、泊まれるんだ」


「場所による」


ミルカはすでに地図を畳んでいた。


「行こう。野宿よりはいい」


ロアンは空を見た。


雲が薄く広がっている。


「雨、降るかな」


ミルカも空を見る。


「すぐではないと思うけど、夜は分からない」


「じゃあ、神殿か」


「床より神殿」


「床も屋根があれば」


「しつこい」


「はい」


二人は村外れの坂道を上った。


灰色の外套が、夕方の風に揺れた。


◆ 小高い場所の神殿


神殿は、村外れの小高い場所にあった。


ロアンが想像していた神殿とは、だいぶ違っていた。


白くない。


大きくない。


柱も太くない。


石段はところどころ欠けている。


鐘は小さく、屋根には修理の跡がいくつもあった。


壁の石は古く、雨に濡れた跡がまだらになっている。


それでも、庭は掃かれていた。


石段の脇には小さな花が植えられている。


水瓶には新しい水が満たされている。


貧しいが、放っておかれてはいない。


そんな神殿だった。


祈りの間をのぞくと、中央には神像がある。


しかし、その横には木彫りの小さな像がいくつも並んでいた。


水の皿。


火の灯り。


土の小鉢。


風鈴のような小さな飾り。


ミルカは少し興味深そうにそれを見た。


「神殿って、もっと白くて大きいものだと思ってた」


ロアンもうなずく。


「俺も。なんか、家みたいだ」


その言葉に、奥から声がした。


「家みたいなのは、たぶん合ってます」


二人は振り向いた。


奥から出てきたのは、見習い神官の服を着た少女だった。


年はロアンたちと大きく変わらない。


袖をまくり、手には雑巾を持っている。


もう片方の腕には薬草の籠を抱えていた。


神官というより、掃除の途中の人に見える。


少女はにこりと笑った。


「泊まりですか? お祈りですか? それとも、雨宿り予定ですか?」


ロアンは思わず空を見た。


「雨、降ります?」


少女は空を見ずに答えた。


「たぶん、降ります」


ミルカが窓の外を見る。


雲はあるが、まだ薄い。


「どうして?」


少女は首をかしげた。


「なんとなくです」


ロアンはミルカを見た。


「なんとなく、だって」


ミルカは小声で返す。


「ロアンのなんとなくよりは当たりそう」


「まだ会ったばかりなのに?」


「第一印象」


「俺の第一印象、そんなに弱い?」


「雑」


「一文字で済ませないで」


少女は二人のやり取りを見て、少し楽しそうにしていた。


「仲がいいんですね」


ロアンとミルカは同時に答える。


「まあ」


「普通です」


ロアンがミルカを見る。


「そこ、合わせよう」


「普通でしょ」


「まあ普通だけど」


少女はくすりと笑った。


「私はエナです。この神殿の見習いです」


「ロアンです」


「ミルカです」


エナは二人の灰色の外套を見た。


「旅の方ですね」


ロアンは少し外套を引っ張る。


「旅人っぽいですか」


「泥がついてます」


「そこ?」


「旅の方は、だいたいどこかに泥がついています」


ミルカが小さくうなずく。


「正しい」


「またミルカ側が増えた」


「泥は事実」


「事実は強い」


エナは薬草の籠を置き、雑巾を手桶に入れた。


「泊まりでしたら、父に聞いてみます。豪華ではないですけど、雨はしのげます」


ロアンは即座に言った。


「助かります」


ミルカが横から付け足す。


「食事と寝床の分は払います」


ロアンは小声で言う。


「ミルカ、神殿だよ」


ミルカも小声で返す。


「神殿でも薪と米は必要」


エナがにこにこして言った。


「そうです。薪と米は祈っても勝手には増えません」


ロアンは少し笑った。


「神殿って、もっと祈りで何とかする場所かと」


エナは真面目に考えた。


「祈りで気持ちは整います」


「米は?」


「炊かないと食べられません」


ミルカが小さく言う。


「かなり現実的な神殿」


ロアンもうなずく。


「泊まりやすそう」


「それはいいことなの?」


「たぶん」


エナは奥へ向かって声をかけた。


「父さん、旅の方が二人です。灰色です」


奥から低い声が返る。


「灰色?」


エナはロアンたちをもう一度見た。


「はい。かなり灰色です」


ロアンは外套を見下ろす。


「名前みたいに言われた」


ミルカは言う。


「否定はできない」


「灰色の旅人です、って名乗る?」


「やめて」



※第20話「寂れた神殿の見習い」は全六回です。

続きます。


作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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