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勇者の条件  作者: KEI
第19話 向こう側へ知らせる者

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(五)角笛三度

◆ 挟撃準備


それから、村は動き始めた。


止まっていた時間が、急に流れ出したようだった。


自警団は槍を手入れする。


盾の革紐を締め直す。


松明の数を確認する。


負傷者を運ぶための布を用意する。


水袋を入口近くに置く。


角笛の合図を確認する。


三度。


夜明けに進む合図。


長く一度。


撤退の合図。


ロアンは洞窟入口の地形を見ていた。


負傷者をどこへ運ぶか。


荷馬車をどこまで下げるか。


入口前の水たまりをどう避けるか。


ミルカは煙の流れを確認していた。


火を使う場所。


使ってはいけない場所。


風を通すなら、どちらからどちらへ流すか。


自警団長が近づいてきた。


「お前たちは入るな」


ロアンは顔を上げる。


「でも」


「連絡役が倒れたら、次に何かあった時に困る。今回は俺たちが入る」


ロアンは言葉を飲み込んだ。


洞窟へ入れば、何かできるかもしれない。


スライムを避けることも、小鬼を誘導することも、負傷者を助けることもできるかもしれない。


だが、自警団長の言葉は正しい。


今回、洞窟の中で槍を構えるのは村の大人たちだ。


道を開く主力は、彼らだ。


ミルカがロアンを見る。


ロアンは少し悔しかった。


それでも、うなずいた。


「分かりました。入口で負傷者を見ます」


自警団長はうなずいた。


「それでいい」


ミルカも言う。


「私は入口付近の煙を見ます。大きな風は使いません」


「使えるのか」


「小さくなら」


「それで十分だ。洞窟の中は、少しの煙でも厄介だからな」


ロアンは洞窟の奥を見た。


自分たちが中へ入らない戦い。


それでも、自分たちの仕事はある。


道をつなぐ仕事は、書状を届けて終わりではなかった。


◆ 角笛三度


夜明け前。


村は静かだった。


静かすぎて、洞窟の奥の音がよく聞こえた。


石を引っかく音。


低い唸り声。


水が落ちる音。


自警団は入口に並ぶ。


槍。


盾。


松明。


顔には緊張があった。


だが、昨日までとは違う。


今日は、反対側も動く。


ロアンは入口脇で布を用意していた。


負傷者を運ぶための布だ。


水袋もある。


薬草もある。


ミルカは少し離れた場所で、風の流れを確かめていた。


「風は外へ流れてる」


「煙は?」


「今なら抜ける。でも火を増やしすぎたら無理」


「分かった」


自警団長がうなずく。


やがて、山の向こうから角笛が聞こえた。


一度。


二度。


三度。


反対側だ。


こちらの自警団長が角笛を持ち上げる。


一度。


二度。


三度。


音が洞窟に吸い込まれていく。


「行くぞ!」


自警団が洞窟へ入った。


ロアンは入口に残る。


ミルカも残る。


中へ入る足音が反響する。


槍が石を打つ音。


小鬼の声。


スライムを叩く湿った音。


低級魔獣の吠え声。


音だけでは、どちらが押しているのか分からない。


やがて、洞窟の奥から別の声が響いた。


「こっちも入った!」


反対側の自警団だ。


ロアンは思わず息を止めた。


片側からでは押し返された空洞。


そこへ、今度は両側から人が入っている。


魔物の声が乱れた。


一方向へ集まれない。


逃げようとしても、反対側にも人がいる。


分断される。


それでも、戦いは楽ではなかった。


すぐに負傷者が出た。


若い自警団員が一人、肩を押さえて入口へ戻ってくる。


ロアンは走った。


「こっち!」


彼を支え、入口脇へ運ぶ。


薬師がすぐに傷を見る。


次に、足を滑らせた男が運ばれてくる。


ロアンは布を使い、二人で引きずるように運んだ。


洞窟内に煙がこもり始める。


ミルカが小さく風を動かした。


大きな風ではない。


炎を煽らない。


埃を巻き上げない。


ただ、煙の薄い層を外へ押し出す。


「このくらいなら」


ミルカは額に汗を浮かべながら言った。


ロアンは負傷者を運びながら叫ぶ。


「無理するなよ!」


「それはこっちの台詞!」


「俺は入口にいる!」


「入口でも転ぶでしょ!」


「今それ言う?」


「今だから言う!」


戦闘音の中で、ロアンは少し笑ってしまった。


怖さは消えない。


だが、声があると足が動く。


洞窟の奥で、自警団長の声が響く。


「押せ!」


反対側からも声が返る。


「こっちも押してる!」


魔物の声がさらに乱れた。


やがて、一際大きな低級魔獣の吠え声が洞窟内に響く。


それが途切れる。


静かにはならない。


まだ戦っている。


だが、流れが変わったことは入口からでも分かった。


◆ 洞窟が開く


戦いは長く感じられた。


実際には、それほど長い時間ではなかったのかもしれない。


けれど、入口で待つ時間は重い。


負傷者を運ぶ。


水を渡す。


松明を足す。


煙を逃がす。


奥の声を聞く。


撤退の角笛が鳴らないことを確認する。


それだけで、手も足も頭も忙しかった。


やがて、洞窟の中から歓声が上がった。


最初は遠く。


それから、反響して広がる。


「抜けたぞ!」


「反対側だ!」


「合流した!」


村人たちが息を呑む。


自警団長が、洞窟の奥から戻ってきた。


顔は煤で汚れ、腕には小さな傷がある。


だが、立っている。


「開いた」


その一言で、入口にいた人々が声を上げた。


反対側の自警団も、中央の空洞で合流していた。


完全に安全になったわけではない。


細かい確認はまだ必要だ。


崩れた石も片づけなければならない。


スライムの粘液も掃除する必要がある。


それでも、荷馬車道は戻ってきた。


ロアンは入口近くの石に腰を下ろした。


足が急に重くなった。


ミルカも隣に座る。


顔色は少し白い。


「開いた」


ロアンが言った。


ミルカもうなずく。


「開いたね」


「俺たち、中ではあんまり戦ってないけど」


「それでいいんじゃない」


「いいのかな」


ミルカは疲れた顔で、けれどはっきり言った。


「今日の目的は、洞窟を開くこと。私たちが目立つことじゃない」


ロアンは洞窟を見る。


自警団の男たちが、中から魔物の死骸を運び出している。


盾が並ぶ。


槍が動く。


村の大人たちが汗を流している。


確かに、洞窟を取り戻したのは彼らだった。


「そうだな」


ロアンはうなずいた。


「目立つと、疲れそうだし」


ミルカは横目で見る。


「今も十分疲れてる」


「じゃあ目立たなくてよかった」


「そういう問題かな」


「たぶん」


二人は少し笑った。


笑う力が残っていることが、少し嬉しかった。



※第19話「向こう側へ知らせる者」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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