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勇者の条件  作者: KEI
第19話 向こう側へ知らせる者

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(四)明後日の夜明け

◆ 明後日の夜明け


反対側の村の集会所で、返書が書かれた。


作戦時刻は、明後日の夜明け。


合図は、洞窟へ入る前に角笛三度。


反対側の自警団は十二名。


負傷者が多いため、突入は一度きり。


無理なら撤退。


ミルカが確認する。


「撤退の合図も決めてください」


反対側の自警団長が顔を上げた。


「撤退の合図?」


「進む合図だけだと、失敗した時に混乱します」


ロアンが補足する。


「戻る理由も決めてから進めって教わりました」


自警団長は、少し黙った。


洞窟で押し返された時のことを思い出しているようだった。


逃げる声。


反響する悲鳴。


前か後ろか分からない魔物の声。


負傷者を抱えて詰まる背中。


「……撤退は、角笛を長く一度」


ミルカが書き留める。


「長く一度」


「向こう側にもそれで伝えろ」


「はい」


ロアンは地図を見る。


「帰り道は、別にありますか。沢を渡らない道がいいです」


村の猟師が呼ばれた。


彼は古い山道を指した。


「こちら側からなら、尾根を少し回る道がある。遠いが沢を渡らずに済む。ただし崖が狭い」


ミルカが聞く。


「小鬼は?」


「出ることはある。だが、沢沿いよりは少ない」


ロアンはミルカを見る。


ミルカは少し考えてからうなずいた。


「明日の朝、その道で戻る」


ロアンは息を吐いた。


「今日は泊まりか」


反対側の村長が言う。


「宿を用意する。大したものは出せんが」


ミルカは即座に頭を下げた。


「助かります」


ロアンも遅れて頭を下げる。


「ありがとうございます」


宿へ案内される途中、ロアンは小声で言った。


「野宿じゃなくてよかった」


ミルカが言う。


「宿代は?」


「払うべき?」


「交渉しよう」


「こういう時も帳簿か」


「こういう時ほど帳簿」


結局、宿代は取られなかった。


その代わり、ミルカは村の薬師に傷薬の使い方を少し手伝い、ロアンは水運びをした。


ただ泊まるだけでは落ち着かなかったのだ。


夜、二人は小さな部屋で荷を並べた。


ロアンの靴は泥で重い。


ミルカの外套も草の種だらけだった。


ロアンが床に座り込む。


「向こう側、遠かったな」


ミルカは手帳を開く。


「でも着いた」


「うん」


「明日は戻る」


「うん」


「帰るまでが連絡役」


ロアンは少し笑った。


「遠足みたいに言うな」


「遠足って何」


「分からない。今思いついた」


「じゃあ使わないで」


「はい」


◆ 返書を持って


翌朝、二人は尾根を回る道へ入った。


反対側の猟師が、村の外れまで案内してくれた。


「崖の手前で風を見ろ。強ければ戻れ。小鬼の足跡が新しければ、左の低い道へ下りろ。ただし、そっちは遠い」


ミルカが復唱する。


「崖の風。小鬼の足跡。左の低い道」


ロアンも復唱した。


「崖の風。小鬼の足跡。左の低い道」


猟師はうなずいた。


「お前たち、復唱するんだな」


ロアンは答える。


「忘れるので」


ミルカが言う。


「忘れないためです」


「同じことじゃないのか」


「入口が違います」


猟師はよく分からない顔をしたが、最後に笑った。


「無事に戻れ」


「はい」


帰路は、往路ほど静かではなかった。


疲れが残っている。


ロアンの手は少し痛む。


ミルカの魔力も昨日より軽くはない。


水袋は補充したが、足は重い。


二人は急がなかった。


急ぐ理由はある。


返書を届けなければならない。


だが、急いで転べば、返書は届かない。


崖道へ出る前、ロアンは足元の土を見た。


小さな足跡がある。


小鬼のものだ。


まだ新しい。


ロアンは指で示した。


「これ、新しいよな」


ミルカはしゃがんで見る。


「新しい」


「左の低い道?」


「うん」


「遠くなる」


「でも、こっちだと会うかもしれない」


ロアンは少しだけ崖の方を見た。


早く戻りたい。


だが、戦う理由はない。


「左へ行こう」


「うん」


低い道は遠かった。


草が深く、足元が見えにくい。


途中で一度、ミルカの荷が枝に引っかかる。


ロアンが外そうとして、自分の荷も引っかけた。


二人はしばらく動けなくなった。


ミルカが静かに言う。


「まず私の荷」


「分かってる」


「ロアンの荷を動かすと、私の地図が枝に当たる」


「見えてる」


「本当に?」


「……今見えた」


「正直でよろしい」


時間はかかった。


だが、地図も書状も無事だった。


昼を過ぎる頃、二人は元の村へ続く尾根道へ出た。


空は少し曇っている。


雨はまだない。


日没までは間に合う。


ロアンは息を吐いた。


「戻れそうだ」


ミルカがすぐに言う。


「まだ戻ってない」


「分かってる」


「言い方が浮かれてた」


「昨日も言われたな」


「今日も言う」


「たぶん明日も言う」


「必要なら」


二人は歩いた。


日が傾く前に、元の村の屋根が見えた。


村の門の前には、人が集まっていた。


待っていたのだ。


ロアンとミルカが姿を見せると、誰かが声を上げた。


「戻った!」


村長が駆け寄ってくる。


「戻ったか」


ロアンは返書を差し出した。


「明後日の夜明け。角笛三度。撤退の合図もあります」


自警団長が返書を受け取り、すぐに読む。


目が鋭くなる。


「やれる」


その一言で、村の空気が変わった。


止まっていた荷馬車のそばで、商人が顔を上げる。


薬師が手を止める。


鍛冶屋が腕を組み直す。


宿屋の女将が、小さく息を吐いた。


ロアンはその場に座り込んだ。


ミルカも隣に腰を下ろす。


「これ、報酬もらっていい仕事だと思う」


ミルカが言った。


ロアンは苦笑する。


「まだ早くない?」


「早くない。靴が一足だめになりかけてる」


ロアンは自分の靴を見た。


確かに、縫い目が少し開きかけていた。


「帳簿だな」


「帳簿」


二人は疲れていた。


だが、書状は届いた。


道は、少しだけつながった。



※第19話「向こう側へ知らせる者」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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