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勇者の条件  作者: KEI
第19話 向こう側へ知らせる者

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(三)戻る道を聞く

◆ 沢を渡る


薬草道は、やがて沢へ出た。


老人が言っていた危険地点だ。


沢が濁っていたら戻れ。


水量が多ければ戻れ。


二人は水辺にしゃがみ込む。


水は少し増えている。


だが、強く濁ってはいない。


流れは速いが、渡れないほどではない。


空には雲がある。


低い。


しかし、今すぐ降る色ではない。


ロアンは沢の流れを見ていた。


「どう思う?」


ミルカは上流を見た。


「雨はまだ遠いと思う。でも、長居は危ない」


「渡る?」


ミルカはすぐには答えなかった。


水の音。


風。


空。


地図。


足元。


それらを順に見てから言う。


「渡るなら、戻る時は別の道を考えた方がいい。午後には増えるかもしれない」


ロアンは黙る。


ここで進めば、同じ道で戻るのは危険かもしれない。


だが、目的地は近い可能性がある。


今戻れば、安全だ。


しかし、書状は届かない。


進む理由。


戻る理由。


どちらもある。


ロアンはしばらく考えた。


「渡る。ただし、向こうに着いたらまず帰り道を聞く。こっちを戻る前提にしない」


ミルカは少しだけ笑った。


「だいぶ旅人っぽい」


「褒めた?」


「少し」


「少しでもありがたい」


「でも、渡るまでは油断しないで」


「はい」


二人は縄を使った。


先にロアンが渡る。


流れの浅い場所を探し、石を踏む。


一歩。


次の石。


足元が揺れる。


ロアンは体を低くした。


水が靴の横を打つ。


対岸へ着き、縄を木の根に回す。


ミルカが続く。


荷を高く持ち、書状の入った革袋を胸に抱える。


途中で足が滑った。


ロアンが縄を引く。


ミルカは踏みとどまった。


「大丈夫か」


「地図は濡れてない」


「ミルカは?」


「少し濡れた」


「そこも大事だろ」


「分かってる」


ミルカは対岸に着き、息を吐いた。


二人はしばらくその場で休んだ。


沢の音は、渡る前より大きく聞こえた。


ロアンは振り返る。


「これ、帰りに渡るのはやめた方がいいな」


ミルカはうなずいた。


「帰り道を聞く、採用」


「採用された」


「内容によるから」


「内容がよかったんだな」


「調子に乗らなければね」


ロアンは笑いかけて、足を踏み出した。


その瞬間、濡れた石に少し滑った。


片手を地面につく。


手のひらが擦れた。


「痛っ」


ミルカの表情が変わった。


「確認」


「浅い」


「見せて」


ロアンは手を見せる。


手のひらの皮が少しむけ、血がにじんでいる。


大怪我ではない。


だが、戻る条件に怪我は入っている。


ミルカは薬草を取り出し、手早く傷を拭いた。


「剣は握れる?」


ロアンは握る。


少し痛む。


「握れる」


「痛みで判断が遅れる?」


「たぶん、大丈夫」


ミルカが目を細める。


ロアンは言い直した。


「大丈夫。痛いけど、動きは変わらない」


「次に足元が悪い場所が出たら戻る」


「分かった」


「今のは続行。でも、条件は軽くしない」


ロアンはうなずいた。


「うん」


傷は浅い。


だが、確認した。


それだけで、無理をしていないと思えた。


進むために、戻る条件を見る。


それは面倒だ。


けれど、面倒だから役に立つ。


◆ 向こう側の村


山腹を越えた先で、木々の間が少し開けた。


遠くに煙が見える。


家の煙突から上がる、細い煙だった。


ロアンが小さく息を吐く。


「見えた」


ミルカも、少し表情を緩めた。


「まだ着いてない」


「分かってる」


「言い方が浮かれてた」


「ちょっとだけ」


「ちょっとなら、歩いて」


「はい」


最後の坂を下る。


足は疲れている。


荷は軽いはずなのに、肩に食い込む。


ロアンの手のひらは少し痛い。


ミルカの靴も泥を吸って重くなっていた。


それでも、二人は村の外れへ着いた。


見張りがすぐに槍を構える。


「誰だ!」


ロアンは両手を上げた。


「国境の向こうの村から来ました。村長の書状があります」


見張りは目を細める。


「洞窟は塞がれているはずだ」


ロアンは疲れた顔で答えた。


「塞がってるので、山を回ってきました」


ミルカが小さく言う。


「とても疲れました」


見張りは一瞬、どう返していいか分からない顔をした。


それから、別の村人を呼びに走らせた。


ロアンとミルカは、槍を向けられたまま待つ。


ミルカが小声で言った。


「両手を上げたままだと疲れる」


ロアンも小声で返す。


「下ろしていいかな」


「槍が下がってから」


「旅って、肩が痛いこと多いな」


「今日は腕も追加」


やがて、村長が現れた。


反対側の村長は、こちら側の村長より少し若い。


だが、疲れた顔は似ていた。


「書状を」


ミルカが革袋から油布を取り出す。


濡れていない。


破れてもいない。


村長は書状を受け取り、印を確認した。


読み進めるうちに、顔が変わっていく。


警戒。


驚き。


迷い。


そして、理解。


「本物だ」


近くにいた自警団長が書状を覗き込む。


「両側から入る、か」


反対側の村も、洞窟封鎖で困っていた。


こちらでは塩が足りない。


向こうから来るはずの薬草も止まっている。


鉄の小物を待つ荷馬車が足止めされ、宿屋の食料も減っている。


状況は、山のこちら側と同じだった。


反対側の自警団長が言った。


「こちらも二度押し返された。片側では無理だ」


ミルカは地図を広げた。


「夜明けに同時に入る案です。こちらの準備は間に合いますか」


反対側の村長は考え込む。


「明日の夜明けは無理だ。負傷者が多い。明後日の夜明けなら」


ロアンは少し焦った。


明後日の夜明け。


その変更を、元の村へ伝えなければならない。


だが、沢は午後に増えるかもしれない。


同じ道をすぐ戻るのは危ない。


ミルカが言った。


「今日戻るのは危険です」


ロアンも分かっていた。


戻る理由はある。


だが、今は戻らない理由もある。


ロアンは村長に向き直った。


「今日は戻りません。別の帰り道を確認してから、明日の朝に出ます」


反対側の村長が眉をひそめる。


「戻らなければ、向こうは時刻を知らんぞ」


ミルカが落ち着いて答える。


「仮の時刻は書状にあります。変更があるなら、こちらから返書を出してください。私たちが戻れなければ、向こうは突入しないはずです」


ロアンもうなずいた。


「戻れない時も、報告です」


反対側の村長は、しばらく二人を見ていた。


それから、書状を折り直した。


「分かった。返書を書く」



※第19話「向こう側へ知らせる者」は全六回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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