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勇者の条件  作者: KEI
第18話 塞がれた洞窟

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(五)ただの連絡役

◆ 書状


村長は書状を書いた。


洞窟封鎖の状況。


こちら側の自警団の人数。


洞窟内の魔物の種類。


提案する作戦時刻。


夜明けに両側から入ること。


合図の方法。


準備が整わない場合は、無理に突入しないこと。


ロアンは横で見ていた。


「書くこと、多いですね」


村長は筆を止めない。


「足りないと、人が死ぬ」


ロアンは黙った。


ミルカが内容を確認する。


「もし向こうの準備が間に合わなかったら?」


村長は少し考えた。


「無理はしない。向こうから返事をもらってこい」


ロアンが言う。


「往復ですか」


村長は顔を上げる。


「できるなら。無理なら、向こうに残って次の手を考えろ」


ミルカが地図を見ながら言った。


「往復前提にすると危険です。まずは到達。返事は、向こうの状況を見て判断します」


村長はうなずいた。


「それでいい」


書状は二通作られた。


一通は村長の印付き。


もう一通は、濡れても読めるように要点だけを別紙に写したもの。


ミルカが油布に包み、さらに革袋へ入れる。


ロアンはそれを見て言った。


「手紙は荷物より軽いけど、包むと少し重いな」


ミルカは紐を結びながら答える。


「濡れて読めなくなったら、ただの軽い紙になる」


「それは困る」


「だから包む」


「手紙も旅支度がいるんだな」


「人も手紙も、濡れると困る」


「俺は乾く」


「地図の時と同じこと言ってる」


「俺は自力で乾く」


「風邪も引く」


「そこは乾かない」


「だから宿に泊まる」


「帳簿だな」


「帳簿だよ」


村長は、そのやり取りを聞きながら、少しだけ表情を緩めた。


若すぎる。


未熟だ。


しかし、無謀一辺倒ではない。


そして、緊張しすぎてもいない。


連絡役には、足だけでなく、戻る頭も必要だった。


◆ 戻る条件


その夜、二人は宿屋の小部屋で準備をした。


荷を減らす。


食料を分ける。


水を確認する。


縄を取り出しやすい位置へ移す。


余分な鍋は置いていく。


余分な布も減らす。


ロアンは剣を磨く。


ミルカは書状の防水を確認する。


外では、洞窟の方から時折、魔物の鳴き声が聞こえた。


ロアンが言った。


「洞窟を抜けるより、山を回る方が怖いかも」


ミルカは書状を革袋に戻しながら答える。


「怖いならいい」


「いいの?」


「怖くないって言われる方が困る」


ロアンは笑った。


「母さんと同じこと言う」


「正しいことは、いろんな人が言うの」


「じゃあ、俺も正しいことを言う」


「どうぞ」


「腹が減った」


「今じゃない」


「正しいと思うんだけど」


「状況が違う」


ロアンは干し肉を見た。


ミルカがすばやく取り上げる。


「明日の分」


「少しだけ」


「少しが積もると、帰りの分がなくなる」


「帳簿だ」


「帳簿」


ロアンは諦めて剣に布を当てた。


ミルカは紙を出す。


「戻る条件、もう一回言って」


ロアンは指を折る。


「雨」


「うん」


「沢の増水」


「うん」


「どっちかが怪我」


「うん」


「日没までに第一目印へ行けない」


「うん」


「小鬼が三匹以上まとまってたら避ける。避けられなければ戻る」


「うん」


「ミルカがだめって言ったら戻る」


ミルカは少しだけ手を止めた。


「本当にそれでいいの?」


ロアンは剣を鞘へ戻す。


「ミルカのだめは結構当たる」


「全部じゃないよ」


「全部当たったら怖いって」


「それ、褒めてる?」


「かなり」


「雑な褒め方」


「精度の高い褒め方って何?」


「今の判断は妥当です、とか」


「今のミルカは妥当です」


「人に言うと変」


ロアンは笑った。


ミルカも少し笑う。


それから、二人はしばらく黙って荷を整えた。


明日、二人は洞窟へ入らない。


魔物を倒しに行くのではない。


反対側へ知らせに行く。


それでも危険はある。


沢。


崖。


小鬼。


雨。


道に迷うこと。


戻れなくなること。


ロアンは、革袋に入った書状を見た。


「軽いのに、重いな」


ミルカはうなずく。


「うん」


「届けられなかったら」


「戻る」


「戻れなかったら」


ミルカはロアンを見た。


「戻るために、戻る条件を決めたんでしょ」


ロアンは少し黙って、それから頷いた。


「そうだった」


◆ 塞がれた洞窟の前で


翌朝。


洞窟の入口には、村人たちが集まっていた。


自警団。


商人。


薬師。


宿屋の女将。


鍛冶屋。


村長。


老人も杖をついて来ていた。


ロアンとミルカは、洞窟には向かわない。


洞窟の横、山腹へ続く細い道を見る。


草に半分隠れた道だった。


荷馬車は通れない。


馬も無理だ。


槍を持った大人たちが隊列を組んで進むこともできない。


だが、身軽な二人なら、通れるかもしれない。


村長が書状を渡した。


「頼む」


ロアンは両手で受け取る。


「届けます。無理なら戻ります」


村長はうなずいた。


「戻ることも、報告だ」


ミルカが地図を折りたたむ。


「では、行きます」


老人が言う。


「第一目印は、割れた大岩だ。そこまでに沢の音が大きすぎたら戻れ。岩の先で風が強ければ崖へ出るな」


ロアンは頷く。


「割れた大岩。沢の音。風」


ミルカが確認する。


「雨なら戻ります」


「そうだ。山は、昨日の道と今日の道が違う」


ロアンは小さく息を吸った。


洞窟の奥から、魔物の声が反響している。


剣を持つ者なら、そちらへ向かいたくなる。


魔法を使える者なら、洞窟ごと焼き払う方法を考えるかもしれない。


けれど、今の二人の役目はそこではなかった。


ロアンはミルカを見る。


「行こう」


ミルカはうなずく。


「戻る条件、忘れないで」


「忘れたら?」


「戻す」


「力強い」


「物理的に」


「忘れない」


二人は、塞がれた洞窟の前を通り過ぎた。


その横の、誰も使わなくなった細い薬草道へ入っていく。


洞窟は塞がれていた。


けれど、道がすべて消えたわけではない。


剣で開く道ではない。


炎で焼く道でもない。


知らせを届けるための、細い道だった。


片側だけでは押し返される。


両側からなら、勝てるかもしれない。


なら必要なのは、今すぐ洞窟へ飛び込む勇気ではなかった。


塞がれた道の向こうへ、知らせを届けることだった。


ロアンとミルカは、洞窟には入らなかった。


その横の、細い薬草道へ入った。


進む理由はあった。


戻る理由も決めていた。


だから二人は、まだ勇者ではなく、ただの連絡役として歩き出した。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/yuusha-no-jouken-top/

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